23◇いざお肉刈り
ダンジョンは層ごとに、表現しようとする環境に特色がある。
それを指して表現世界と呼ぶ。
第一階層には森林や草原が広がり、そこに凶暴な動植物が生息しているのだ。
先日の授業で捕らえた一角イノシシなども、その一種である。
「ここは、いつも晴れなんですねぇ」
声の調子はのんきだが、アレテーの表情には緊張が滲んでいる。
ダンジョン内では平静を保つことが大事、という基本だが、それを彼女なりに実践しようとしているのかもしれない。
「まぁな。年に何回か『夜』になるが、そういう日は探索を諦めた方がいい」
「よく見えず危険だから、でしょうか?」
「それもあるが、どういうわけか普段に増してモンスターが凶暴になるんだよ」
「なるほど、分かりました……!」
ごくり、とつばを飲んで真剣な表情になるアレテーだった。
第一階層・暴食領域に降り立った三人は、草原の中を進む。
「取り敢えず、牛・豚が三頭ずつあればいいかしら……。鳥はサイズからして、もう少しあるといいわよね」
「何人で食う気だ?」
「食べざかりの子供を舐めてはいけないわ」
「限度があるだろ。巨人のガキでも混ざってるのか?」
「さすがに巨人はいないわね。でもオーガとかオークとか、狼の亜人とか、みんな沢山食べるのよ」
「あー……」
人間の考える『大食い』のレベルを遥かに超える大食漢も、他種族には多くいたりする。
「ディル、案内頼める?」
「あっちだ」
ディルが先導する形で、一行は進む。
「あの……先生は今、探索才覚を使われているのですか?」
「どう思う?」
「その、わたしが聞いた話だと、先生の探索才覚は『比較的安全な経路が分かる能力』だとか……」
「まぁ間違ってないな」
そういう使い方も出来る。
「ですが……その……」
「なんだ? ……あぁ、モネとの話を盗み聞きしてたんだってな」
モネをジロリと睨むと「人が隠れてるって気づいたのは、その話のあとなのよ」と言い訳が返ってきた。
そもそもアレテーを隠したのはディルなので、モネを責めるのは筋違いなのだが。
ディルもすぐにそれを悟ったのか、視線を前方に戻した。
「手の内を明かすのを気にしないやつもいれば、気にするやつもいる。俺は気にするタイプなんだ、詮索するな」
「はい……」
返事とは裏腹に、彼女の顔には納得がいかないと書いてある。
「レティは、『モネは知ってるのに』って思ってるのよね」
「うっ……そ、そんなことはっ」
「はぁ?」
「それとディル、そろそろ名前で呼んであげなさいよ」
「なんだ急に」
「あわわっ、モネさんいいですからっ」
「レティ、落ち込んでたわよ? いつまでも子うさぎ呼びだって。でも一回――」
「モネさんっ!」
顔を真っ赤にしたアレテーの叫びに、モネが慈しむような笑みを浮かべている。
「お前ら、ピクニックか何かだと思ってないか?」
モネの方は雑談しつつも警戒を怠っていないが、アレテーはそのへんまだ未熟。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、いい。今のうちに失敗しとけ。今ならモネがカバーしてくれるからな」
渋々とはいえ教官を引き受けたのだ。
能力の使い方だけでなく、精神面でも彼女を鍛える必要があった。
「センセイも助けてくれるわよね?」
「俺の探索才覚はサポート系だ」
「はいはい」
「お二人は仲が良いのですね……」
「お前さっきから変だぞ」
「な、仲が良いって……そ、そう見える?」
「モネ、お前も変だ」
話をしている内に、三人は草原から森林エリアへと移ろうとしていた。
「子うさぎ、俺が指示したらモネと一緒に動け。お前に働いてもらうのは少し後になる」
「は、はいっ」
「普通の木と、樹木タイプのモンスターがいるが、見分ける方法は一つ。実がなってればモンスターだ。俺らも注意するが、気づいても近づくな」
「わかりましたっ」
「モンスターの肉狙いで探索する場合、気をつけておくことが幾つかある。まず一匹ずつ狙うこと。よほどの実力者じゃない限り、囲まれるときつい。仮になんとか出来ても、肉の状態を気にして戦えるもんじゃない。稼ぎの効率と安全面両方から考えて、一匹ずつにしておくのが常道だ」
「はいっ、覚えていますっ」
授業のおさらいのようなものだ、アレテーも知識としては備えている。
「次、習性だ。お前が水のクマを出した時、イノシシは逃げたな」
「はい」
「あいつらにも生存本能がある。凶暴なくせに、微妙に知恵もあるわけだ。強い探索者だと、これが獲物探しの妨げになる」
「あっ……モンスターを倒したくても、逃げられてしまうということでしょうか」
「そうだ。お前が出したうさぎは食われたが、クマだと逃げ出した。あれは、使い手のお前自体は脅威と見ていなかったモンスターが、探索才覚の使い方を見てクマを脅威と思ったわけだ」
そういう意味でもアレテーの能力は便利だ。
弱い生き物でモンスターを釣り、強い生き物で倒せばいい。
彼女の性格からして、そのような使い方はしないだろうが。
「だが、探索者本人が脅威だと思われるくらいに強かった場合、面倒くさいことになる」
「近づくだけで逃げられてしまう、ということでしょうか?」
「あぁ。通り過ぎる分には便利だが、ここは一番稼ぎやすい階層でもある。獲物に逃げられるのは困るわけだ。これにも対処法がある。分かるか?」
「えと……その、合っているか分からないのですが」
「言ってみろ」
「初めて探索才覚を使った授業の際……その、教官がたがいたのに、イノシシさんはわたしに襲いかかってきました」
ディルはニヤりと笑った。
やはり、天然なだけで鈍くはない。
「そうだ。暴食領域のモンスターは『微妙に』知恵が回ると言ったろ? 集団の中に脅威とならない個体を発見すると、あいつらは襲いかかってくる。あの時はお前や、他の生徒だな」
「な、なるほど……でも、どうしてでしょう?」
「モンスターは、純粋な動物じゃないと言われてる。あいつらには『生物らしい行動』よりも優先される何かがある。この領域のモンスターで言うと、侵入者の排除だ」
「はいじょ……」
「自分の能力で手に負えない敵からは逃げる。目的を達せないからだ。だが集団の中に『こいつだけは殺せるかも』という獲物がいれば、そのあとで自分を殺されることも気にせずに襲いかかってくるわけだ」
アレテーは難しい顔をした。
「そう、なのですね……」
何故ダンジョンが出来たのか。ここは一体なんなのか。モンスターの肉を食っても大丈夫なのか。アイテムの使用に代償はないのか。
そういった議論はダンジョン発生の初期段階に散々行われた。
今でも議論の的ではあるが、大きな恩恵が得られるという事実を前に、多くの人間が気にしないでいるのが現状だ。
どういうものかを理解できなくても、どう利用できるかは分かっている。
モンスターの習性も同じだ。
モンスターがどのような目的で何者によって生み出されたかは不明だが、行動パターンを把握することは可能。
それを利用すれば、狩りをする上で役立つ。
「あ、一応言っておくと、モンスターの肉の安全性は証明されているからね? 毎日でもいいくらい美味しいのに、中毒性はないし。怪しげなものを子供には食べさせないから、安心して」
「いえっ、そんなふうに思っているわけでは」
「でも不安になったろ? 純粋な動物じゃないなら、食べても大丈夫なのかって」
「うっ……」
ディルの指摘に、アレテーは言葉に詰まる。
「いいのよ、正常な反応だわ」
「別に、お前に食えとか倒せとか言わないから安心しろ」
「は、はい……。それで、あの、先生」
「なんだ」
「それらを踏まえた上で、先生の指示も考えると……その」
「そうだ。俺が囮になる」




