『とりあえず、ビール』ですっ
「そういえば、ビールとやらはどうなった」
しばらくして、鷹子は吉房にそんなことを訊かれた。
「今、発酵させております」
「お前はいつもなにかを発酵させてるな」
と言われて、そういえば、と気づく。
「発酵って、人類の料理の基礎なんですかね?」
と鷹子は小首をかしげる。
「陰陽寮でいろいろやってくれてるんですよ。
あの人たち、統計とったり細かく調べたりとか好きだから」
なんかビール工場みたいになってます、と鷹子は言った。
「日本酒の酵母で発酵させてみたり。
空気中から酵母を取り入れて、自然発酵させてみたり」
「待て。
何故、陰陽寮が、造酒司みたいになっている」
「造酒司と協力してやってるみたいですよ。
帝や是頼たちが見つけてくださったカラハナソウなんかの研究もしてくれてて」
「あのカラハナソウ、そこの鬼が見つけてきて植えていたのだろう?
根元の土は掘り返したあとがあったと是頼が言っておったわ」
と吉房は静かに庭に立つ鬼を見ながら言う。
「……すっかりお前に懐いておるようだな」
「左大臣様にも懐いてますよ。
鬼って、酒好きのイメージなんで、辛党かなと思ってたんですけど。
甘いものにも目がなかったみたいで。
ここにいて従っていたら、美味しい物がもらえると思っているみたいです」
すっかりおとなしくなりました、と鷹子は言った。
「ただ、鬼がウロウロしているせいか、東宮様が怯えて逃げがちで。
東宮様にも鬼が懐いてくれるといいのですが」
「懐いて、後をついて歩かれたら、余計恐怖に慄かれるだろうよ」
と話している間にも、ビールは発酵していた。
会を開いて、歌を詠んだり。
花を愛でたりしている間にも、ビールは発酵していた。
「できました」
と鷹子と晴明は吉房の前に、何種類かのビールを持って参上した。
晴明が説明する。
「これが、カラハナソウを使ったビールです。
右から、日本酒の酵母を使ったビール。
パンを使って発酵させたビール。
自然発酵させたビール。
そして、こちらが、ヤチヤナギなどのハーブ……草木を使って香り付けをしたビールです。
あやかしたちが冷やしてくれました」
「なんとたくさん種類があるのだな」
「まだ続々、配合を変えながら、作っております」
と言う晴明に鷹子は苦笑いして言う。
「『とりあえず、ビール』は嫌いだと言っていたのに、すっかりハマってますね」
「作るのが好きなのです。
みなも、すっかり夢中になっております」
という晴明の言葉に、吉房は、
いや……、本来の仕事をしてくれ、という顔をしていた。
縦長のガラスの器に入ったビールが並んでいるのを見て、吉房は、ごくりと喉を鳴らす。
「とりあえず、飲んでみるか」
「蘇を持ってきましたよ。
チーズっぽいので、ツマミにいいかと思いまして。
あと、これこれ、これを作りたかったんですよ」
鷹子はこの間の丸い鉄の型で焼いたケーキを持ってこさせた。
手際が良くなったせいか、あのときのものより、ふわふわしている。
「炭酸水の代わりに、ビールを使ったケーキです。
酒には甘いスイーツも合うと聞いたので、作ってみました」
では、乾杯、とみんながガラスの器を手に取る。
近くにあったのを取ったので、それが好みに合うものかはわからなかったが。
ともかく、暑い中、冷たく苦く弾ける飲み物というだけで美味しい。
「く~っ。
これがビールの味っ」
喉が渇いていたこともあり、一気に半分呑んで、鷹子は言ったが、晴明は渋い顔で、
「いや、まだまだです」
とビールを見つめて言う。
「ホンモノのビールには及ばない。
やはり、交易により、セイヨウカラハナソウを手に入れるべきです」
そのうち、高原とかに、セイヨウカラハナソウの大農園でも作りそうだな……と思う鷹子の横で、吉房が渋い顔をしていた。
「美味しくなかったですか? 帝」
炭酸苦手でしたっけ?
と訊くと、吉房は、
「いや……なにかが頭に引っかかって」
と額に手をやる。
はっ、また現代の記憶がっ!?
と鷹子が思ったとき、吉房が言った。
「そうだっ。
私は知っているっ!」
「えっ?
なにをですかっ?」
鷹子は吉房が現代で何者だったか、知る手がかりになるかと身を乗り出した。
晴明も吉房を注視する中、吉房が叫ぶ。
「セイヨウカラハナソウの花言葉は、『希望』!
……なんだ、お前たちっ。
その、それはどうでもいい的な顔はっ」
そんな吉房の頭の上が気に入っているのか。
神様は吉房の冠の上で小さく切ってもらったケーキを頬張りながら笑う。
「美味いのう、このビールケーキとやらはっ」
ここにいる全員に神様が見えているわけではないのだが、神様が笑った雰囲気が伝わったかのように。
伊予たちもみな、一斉に微笑んだ。
「あやかしビールと簡易ふわふわケーキ」完