左大臣の一刻クッキング
伊予たちがせっせと他の材料を運んできて、帝の目の前で左大臣が料理をはじめた。
だが、材料を見ただけで、左大臣はうるさい。
「また牛乳をこんなに使ってっ」
「砂糖は貴重な薬ですぞっ。
何処からこんなに持ってきたのですかっ」
……あなたの娘さんがお好きなものも、それらの物で作られているのですが。
「卵が使えたら、もっと美味しく仕上がると思うのですけどね」
鷹子は、ぼそりと、そうもらして、
それをやったら、私が地獄の業火を作り出しますぞっ、という目で左大臣に見られる。
バターはノンホモ牛乳を振りまくって作るのだが。
途中で挫折しそうになった左大臣の手から、例の鬼が振っている瓶を受け取り、振り始める。
左大臣が疲れたら、少し交代するよう、言ってあったのだ。
左大臣は、ぬっと出てきた鬼の手に瓶をとられた瞬間、ひっ、という顔をしてはいたが。
背に腹は変えられぬとばかりに、二人、交代で振っていた。
ボウル代わりの器で、砂糖やバターを混ぜたあと、小麦粉を入れる。
「で、ここで毒水を投入します」
鷹子の言葉に、左大臣の手がびくりと震える。
「入れてください。
中宮様、大好きですよ、毒水」
と脅し、入れさせる。
鉄の器に流し込んだあと、
「さ、すぐに焼かねば」
と鬼を振り向き、持たせた。
今度は鬼がビクビクする番だった。
鬼が歩き出す前に、愛らしい青龍がやってきて、それを手渡せと手を差し出したからだ。
焼かれるっ、と思ったのか、目を閉じて、鬼はそれを渡す。
だが、青龍は鬼には興味ないようで、その器を持って、何処かに行った。
やがて、焼けて、いい匂いのするケーキを持ち、戻ってきた。
ベーキングパウダーの代わりに炭酸水を使ったケーキだ。
卵が入っていないせいか。
料理の腕のせいか。
いまいち膨らんではいないのだが。
なにはともあれ、青龍は吐き出す炎を調節できるようになったようだった。
ところどころ、ケーキが焦げてはいたのだが……。
「よしっ。
切ってみんなで食べましょうっ」
「あんなに苦労したのに、こんな、ちょっとずつしかないのですかっ」
と左大臣が切り分けて小さくなったケーキを見て言う。
「……あんまり牛乳や砂糖を使うなと、ご自分がおっしゃったんじゃないですか。
一個しか作れませんよ。
でも、一口でも、中宮様は喜ばれると思いますよ。
温かいうちにお二人でお召し上がりください。
なにか季節の果物でも載せたら、より美味しいとは思いますが。
とりあえず、お早めに」
左大臣は、……うむ、と渋い顔をして頷いたあとで、なにか言いかけ、やめた。
「では、失礼」
といなくなる。
「やっぱり、卵がないと物足りないですね」
と鷹子が呟くと、吉房がじっとこちらを見ていた。
「なんですか……?」
と訊くと、
「いや、お前がこの国では卵を食べられぬからと、何処か異国へ旅立ってしまうのではないかと、ふと、不安になってな」
と吉房は言う。
「……さすがにそこまではしませんよ」
鬼は不思議そうな顔をしながら、手のひらに載せられたケーキを指でつまむ。
しばらく眺めたあと、食べていた。
その後、鷹子は左大臣のあとをついて歩く鬼を見た。
「懐かれてるじゃないですか。
共同制作のせいですかね?」
と鷹子が声をかけると、
「いや、懐かれても困りますっ。
鬼ですよっ!?」
と左大臣は叫ぶ。
「そこは悪役らしく、ふふふ、この手中におさめた鬼で、斎宮女御を、とかやらないんですか」
「誰が悪役ですか」
と左大臣が言い、
そうだな。
向こうから見たら、こちらが悪役かも、と鷹子は思う。
視点を変えると、物語の状況が一変するようなものだ。
「晴明殿に聞いたのですが。
この鬼、ツノを折られているうえに。
簡単にあの青龍とかいう小僧にやられる程度の鬼なんでしょうっ?」
青龍、一応、ドラゴンなんで……、と思いながら、鷹子は言った。
「でも、その程度の鬼の方が扱いやすいでしょう?
そういえば、中宮様がこの鬼、手に入れたがってましたよ」
「飼うのは猫だけで充分です!」
鬼を連れたまま、左大臣は行ってしまう。
そんなことをやっている間にも、ビール作りの方は進んでいた。