あいつは仕事してるのか?
「とあるスイーツをビールで作ろうと思ってたんですけどね。
とりあえず、違う物で作ってみようかなと思いまして。
ビール仕込むの手間かかるので」
ある日、鷹子は笑顔で吉房にそう言った。
「それはいいが……。
今、そこにいるのは、この間、陰陽寮で焼かれたという、例の鬼では?」
吉房は清涼殿の庭に立つあやかしを見ながら言う。
今日も籠を両手に捧げ持ち、あのあやかしは立っていた。
服は焼けてしまったらしく、また変わっている。
今度は白い狩衣を着せられていた。
……毛皮じゃなくなったから、涼しいかもしれないが。
ベストから、全身を覆う服に変わったから、かえって暑いかもしれないな、と鷹子は思う。
「このあやかしというか、鬼。
だんだん普通の人間にも見えるようになってきたみたいなんですよね。
前は見える人と見えない人がいたんですけど。
人間に近づいてきてるのかもしれませんねえ」
鷹子はそう言ったが、鬼の一番近くにいる是頼は、
どの辺がっ!?
という顔で怯えて振り返っている。
「焼かれたばかりなんで、今は言うこと、よく聞きますよー」
鷹子は是頼に、鬼の持つ籠を受け取らせた。
是頼は帝の手前、怯えたところは見せなかったが。
身体が少しのけぞっている。
「ヤチヤナギです。
これも寒い地方に自生しているので……」
そう言いかけ、鷹子は気づく。
おっと~。
『これも』とか言ってしまった。
昨日、是頼たちがカラハナソウを見つけてきたのだが。
実は、あれは、この鬼が見つけてきて、植えたものだとバレるところだった。
そう思いながら、鷹子はヤチヤナギを吉房に渡すよう、是頼に命じる。
ほう、と吉房は低木であるヤチヤナギの枝や葉を手に取り、眺めていた。
「寒いところの鬼に見つけてきてもらいました。
まだ果実がついているものは少ないのですが。
葉も枝も果実も、とても良い香りがしますよ」
枝を折ったり、実を砕いたりしてみてください、と言うと、吉房は言われた通りにしていた。
楕円のような葉をひとつつかんだ神様も、吉房の頭の上でそれを千切り、匂いを嗅いでみている。
「甘い香りがするのう」
と満足そうだ。
「ホップ――
セイヨウカラハナソウだけでなく、このヤチヤナギや月桂樹などでもビールを作れるのですよ。
配合がいろいろあって難しいようなのですが。
……ビール作りには興味がないと言っていたのに、晴明がハマってしまって」
今、いろいろやっています、と鷹子は苦笑する。
「……あいつはちゃんと自分の仕事はしてるのか」
と吉房は言うが。
量を微妙に調節しながら、完成に向けてデータを積み上げていくという行為に、晴明はすっかりハマっているようだった。
陰陽師って、学者みたいなもんだからな。
まあ、好きだろうな、そういうの。
他の陰陽師もハマって一緒にやっているようだが。
宮中のあやかしが野放しにならないといいのだが――。
「そんな感じにビール作りは手間がかかるので。
とりあえず、このあやかしに与えるお菓子を作ってみようと思います。
というわけで、来ていただきました」
と鷹子が手で示した先には、鬼より赤い顔の左大臣、実守がガラス瓶を両手に立っていた。
ガラス瓶の口には、コルク代わりの紙が詰められている。
「この私に毒水を運ばせるとはっ。
さすがは斎宮女御様ですねっ」
と嫌味を言われたが。
……いや、確かにあなたに頼みましたけどね。
誰も自分の手で運べなんて言ってないじゃないですか。
「左大臣様がたまたま、毒水が出るご領地に行かれてると聞いたから、頼んだだけですよ」
「それで?
これでまたなにを作るのです?」
左大臣は、珍しくぐいぐい訊いてくる。
「興味がおありですか?」
「……私もたまには作ってみたいと思いまして。
料理は男のたしなみですからな」
この時代、料理を趣味とする貴族の男たちもいた。
だがこれはもしや、中宮様が私の作るスイーツを見ると、身を乗り出してくるので。
自分も娘を喜ばしたいと思ってのことかな?
ほんとうに家族には優しい人だ。
……私や帝には容赦ないんだが。
「では、今回は、左大臣様に作っていただきましょうか。
れっつ くっきんぐ、ですね」
と言って、鷹子は笑う。




