ビールの材料を集めたいんですが
「『八重葎茂れる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり』とありましたね、百人一首で」
翌日、訪ねてきた晴明がそんな話をする。
そうだったな、と思いながら、鷹子が晴明の後ろの庭を眺めていると、伊予が籠にカナムグラを入れて持ってきた。
「この草、襲ってきますよ~」
と伊予は顔をしかめて、引っ掻いたらしい手の甲を見ている。
茎がトゲトゲしているからだろう。
カナムグラはあちこちで見られる雑草だが。
そのトゲトゲで他の草に巻きつくツル性植物なのだ。
上手くとらないと手や衣服を傷つけてしまう。
「大丈夫?
誰か手当てを――」
と鷹子は言いかけたが、伊予は、
「大丈夫です。
こんなの舐めときゃ治ります」
と言う。
その点、注意しておこうと思ったのに、伊予は話の途中で、
「じゃあ、それ、とってきたら、また美味しいものができるんですねっ」
と叫び、急ぎ足で出て行ってしまったのだ。
まだ庭にいる伊予の手から籠を受け取った晴明が、別の若い女房に渡し、その女房が命婦に渡し。
ようやく鷹子の許にカナムグラがやってきた。
……ベルトコンベヤか、と思いながら、鷹子は草の生育具合を見てみたが。
案の定、まだ花はついていない。
「ありがとう。
でも、もうちょっと待って、また収穫しましょうか」
花の時期は真夏。
まだ早い。
「もうちょっと待ったら、これでその、びーるとやらが作れるんですか?」
と期待に満ちた目で伊予は身を乗り出してくる。
「いや~、これでは作れないみたいなのよ。
でも、雌花がホップに似てるらしいから。
揚げて食べると、サクサク、カリカリして美味しいとか書いてあったわ」
書いてあったって、なににですか、という顔で命婦が見る。
いや、その工場見学のときに、理科の先生が配ったプリントですよ。
ホップやそれに似た種類の植物のことが書いてありましたよ、確か、と鷹子は思う。
「楽しみですっ」
と伊予は喜んでいたが、鷹子は、そうだ、と思い出して言う。
「カナムグラは花粉症の原因のひとつでもある草なんで。
花粉症の人はやめておいた方がいいみたいなんだけど。
……花粉症、あるのかしらね? この時代」
と前も思ったことをまた思う。
晴明が、
「あるにはあるでしょう。
でも、そんなに多くはいないと思いますけどね」
と言う。
せっかく採ってきたものが食べられず、残念そうな伊予が可哀想だったので、鷹子は言った。
「じゃあ、六月なんで、水無月っぽいものでも作ってみましょうか?」
「水無月?」
と伊予が訊き返してくる。




