ヤバイ、ひねりがない……
「なにが籠の鳥だ。
籠の中から命じては、周りを自由に動かしているではないか」
夜。
来るように言われて尋ねた清涼殿で、鷹子は吉房にそんなことを言われる。
「その、びーる、というのは、酒の一種なのか」
それはちょっと呑んでみたいな、と吉房は言った。
「帝、ビールと聞いて、なにか思い浮かぶことはありますか?」
と鷹子は訊いてみた。
「枝豆とか、野球とか、扇風機とか。
クーラーとか、提灯がいっぱい下がったビアガーデンとか」
「一気に不思議な言葉を言うな」
と吉房は眉をひそめた。
プリンのときのように、吉房には、なにかの情景が思い浮かぶかと思ったが、浮かばないようだった。
あれはたまたまだったのか。
それとも、この人があちらの世界では、まだ子どもで、ビールを呑んだことがなく。
晴明のように、
「とりあえず、ビールとか言う感性が許せない」
とか、めんどくさいことを言う大人ではなかっただけなのか。
まあ、ともかく、吉房もビールを呑んでみたいようだった。
「帝、協力してくださいますか?」
「まあ、しないこともないが……」
と言いかけ、吉房は気づいたように言う。
「ほら、お前は私さえも手足のように使おうとするではないか」
そんな恨み言はスルーして鷹子は言った。
「とりあえず、野生のホップを探してるんですけどね」
「ほっぷ?」
「ビールに必要なのは、麦芽、水、酵母、そして、ホップです。
ホップというのは植物なんですが。
ビールに苦味と香りを与えてくれ。
殺菌効果もあり、泡を長持ちさせてくれたりもするので。
ビール作りに必要な万能薬なんですが……」
鷹子はそこで眉をひそめた。
「たぶん、求めているようなホップは、今、この国にはないんですよね」
探せば何処かにあるかもしれないが。
そう簡単には見つからないだろう。
涼しいところに生えるものなので、鷹子の時代でも、栽培されていたのは、北海道や東北だ。
「ホップに似た物なら、たぶん、あるんですけどね。
ホップは別名、セイヨウカラハナソウ。
でも、日本のカラハナソウならあると思うんですよ。
それも、そこそこ寒いとこにしかないかもしれませんが」
「カラハナソウか。
聞いたことはあるが、見たことはないな」
「そうですね~。
カラハナソウに似た、カナムグラはよく生い茂ってたりしますけどね」
「カナムグラ?」
「えーと、よく歌に詠まれるヤエムグラのことです」
この時代のヤエムグラは、鷹子の時代のヤエムグラとは違う。
どうやら、カナムグラをヤエムグラと呼んでいたようなのだ。
「なるほど、ヤエムグラか。
そうだ。
お前もひとつ、ヤエムグラで詠んでみよ。
上手く詠めたら、ホップとやらを探すの、手伝ってやろう」
そんなことを吉房は言ってくる。
心地よい夜風が吹き、辺りに吉房が焚きしめている良い香りが漂う。
そんな風情ある夏の夜――。
鷹子は歌を詠んでみた。
「や、八重葎……
ああ、八重葎、八重葎」
しまった。
月草のときと同じになってしまった……、
と思う鷹子の目の前を、帝が出してくれた菓子を手に、とととととと、と神様が横切っていった。




