お前が食べたい甘いものとやらを詳しく教えろ
懐かしい夢を見ていたせいだろうか。
翌日訪ねてきた吉房に、
「女御よ。
お前が食べたい甘いものとやらを詳しく教えろ」
と言われたとき、鷹子はぼんやりと、
「甘いものもなんですけど。
その甘いものを素敵な場所で食べたいんですよね~。
オープンカフェとかで」
と呟いてしまっていた。
郷愁にまみれたその言葉を吉房は眉をひそめて聞いている。
「……おーぷんかぇとはなんだ?」
「すみません。
えっと……
食べたり話して楽しめる景色のいい場所のことです」
なんか違う気もするが、そんな風に語ると、吉房は、
「なるほど。
野外での宴のことか」
と頷いた。
……野外での宴。
鷹子の頭の中では、野点になり、次に野外での音楽フェスになった。
「ま、まあ、そんな感じですかね」
と曖昧に答えると、そうか、と呟いた吉房は、
「わかった」
と出て行ってしまう。
なにもわかってないと思いますよっ、と思った鷹子は思わず、扇も持たずに吉房を追って行こうとして、止められる。
「女御様っ。
おとなしくお待ちくださいませ。
帝はおそらく、女御様の望みを叶えるべく、動いてくださるんですよ。
女御様はそれを見て、ただ喜べばいいのです。
帝もそれを望まれています」
「きっと、素敵な宴を用意してくださいますわ、帝ですもの」
と命婦や女房たちは盛り上がっている。
「ついには甘いものだけではなく、景色まで要求されはじめたのですねえ」
という声がした。
晴明が今跳ね上げかけた御簾の向こうに現れる。
女房たちが赤くなり、慌てて居住まいを正していた。
晴明が現れると、独特ないい香りがする。
彼独自の香なのか、陰陽寮で使っている香なのか。
甘い中に、ピリリとした物を感じる。
「この間の刺客、……左大臣が放ったものでした。
まあ、大きな声では言えませんが」
言ってます。
「大方の予想通りでしょう」
姿なき中宮の父、左大臣。
「帝の前にも姿を現さぬ妃を寵愛しようもないのに。
斎宮女御様に帝がご執心なのがお気に召さないのでしょうな。
左大臣を締め上げると厄介なことになる、と是頼殿が申しておりましたので。
わざと隙を作って刺客を逃し、左大臣の許に報告に言ったところで、のたうち回って苦しむよう、呪っておきました」
「えっ?」
晴明は酷薄そうな笑顔で言う。
「呪っておきました」
直接左大臣がそれを目にすることはないかもしれないが、目の前で呪いにのたうち回るのを見た左大臣の部下は怯えて左大臣に報告するだろう。
そして、このまま斎宮女御を狙えば、次は自分の番だと思い、少し控えるに違いない。
「大丈夫です。
一時、苦しむだけです。
死にはしません。
左大臣を脅せばいいだけなので。
まあ、私は殺してもなんとも思わないのですが。
女御はそういうのお嫌いでしょうと思いまして。
斎王として、神に仕え、そして」
と晴明は鷹子の後ろを見て言う。
「……神にずいぶんと気に入られていらっしゃるようですから」
ところで、と晴明はそれ以上、その話題には触れずに言ってきた。
「あなたがお求めになっている甘いものとはなんですか?
陰陽寮にはいろいろと怪しげな物も届きます。
海に流れ着いた不思議な呪術的な果実なども」
いや、そんなのはいいです。
「なにかお望みのものがございましたら、おっしゃってください」
「ありがとう、晴明」
「帝がご寵愛されるあなた様に取り入ろうというのではないですよ。
私は権力には興味がないので。
ただ……あなたは少々面白い」
そういう言い方を晴明はした。
うん。
なんか、ただただ面白がってそうですね、と鷹子は思っていた。