いよいよ、焼きますっ
「じゃあ、そっちとその火鉢にも火を入れてくれる?」
鷹子にそう命じられた命婦は、また火鉢か、と渋い顔をする。
一体、何個火鉢を使う気だ。
まあ、此処は天下の斎宮女御様のお住まい。
火鉢の数が足らないなどということはありえませんけどね、と誇りを持って思う。
だが、この季節にガンガン火鉢で火を焚いていると、さすがに暑いし。
周囲に知れたら、うちの女御様が奇人扱いされるのでは、と命婦は今更手遅れな心配をしていた。
だが、斎宮女御の忠実なる部下である命婦は、なんだかんだで女御に従う。
「新しい炭を……」
と命婦が女房たちに言いかけたとき、消えていた青龍が現れた。
子どもの方だ。
手には、ちょうどいい感じに熾火となった炭の入った桶を持っている。
命婦に手渡してくる愛らしい青龍に、
「あら、ありがとう」
と微笑んだ。
照れた様子の青龍を見ながら、命婦は思う。
子どもの姿も可愛らしくていいわね。
まあ、美しい殿方の姿のときの方がもっといいけど……。
晴明が青龍になにか耳打ちすると、青龍は、こくりと頷き、また出ていった。
鷹子は土器や使い込まれた鉄の鍋にパン生地を入れ、上から皿などで蓋をしている。
だが、そこで渋い顔をした。
「上からも温めたいんだけど。
この上に炭置いて大丈夫かな。
ダッチオーブンじゃないしな~」
そんなまた謎な言葉を呟いて、鷹子は青龍が用意してくれた炭を見る。
そのとき、青龍が戻ってきた。
また桶を手にしている。
中には幾つもの石が入っていた。
これは……と手を伸ばしかけた命婦に晴明が言う。
「命婦殿、お気をつけを。
それは温めてある石です」
命婦は慌てて伸ばしかけた手を引いた。
「女御様、これを」
と晴明に言われた鷹子は、
「ありがとう、晴明」
と礼を言ったあと、まず、火鉢の中に壺や鍋を入れる。
灰で熱さを調節した炭の真ん中が開けてあり、そこに置いたようだった。
それから鷹子は、銀の火箸で壺や鍋の蓋の上に石を置く。
うーん、と鷹子は唸った。
「やっぱり、下にも炭を置いた方がいいかな。
鉄輪を使って壺や鍋との距離を出したら、焦げないかな?」
すると、晴明が言う。
「蓋の上の石はもうちょっと多くてもいいと思います」
鷹子と晴明が話し合っていているのを、話題に入れない吉房が寂しそうに眺めている。
庭では若い女房たちが青龍を褒めそやしていた。
「すごいわね。
いつの間に、炭や石を温めてたの?
偉いわねー」
そう伊予が言うと、青龍は笑顔で、
「はい、今、裏山でボーッとやってきました」
と答えている。
ボーッと……。
「幾つか石が爆発しましたけど、距離があったので大丈夫でした」
そんな言葉が耳に入ったらしい鷹子は苦笑いしながら、女房たちに頭を撫でられている青龍を見ていた。
「火にくべると爆発する石もあるものね。
まあ、青龍なら距離を持って焼けるから」
あの姿になって、ボーッと口から炎を出して焼いたのだろうな……。
鷹子が吉房を振り向き言った。
「帝、では、火力が強くなりすぎないか。
見ていていただけますか?
是頼、帝が火が強くなりすぎていると言ったら、灰を炭にかけて調節して」
いや、なに帝に頼んでんですか、と思ったが。
吉房は、尻尾を振る犬の如く喜んで。
「わかった。
これを見ておればよいのだなっ」
と言う。
輪の中に入りたかったようだ……。
帝、なんだかんだで女御様の手のひらで転がされてますね。
まあ、これはこれでいい夫婦なのかな、と思いながら、命婦は、ウキウキしながら火鉢の前にいる吉房を眺めていた。




