○△×……
酒粕の発酵具合を確認した鷹子が、表にして、○とか△とかつけていると、命婦が、
「その印はなんですか? 女御様」
と訊いてきた。
「○は、いい感じに発酵している。
△は、ちょっと勢いがない感じに発酵している。
×は、駄目、だけど。
今のところ駄目なのはなさそう」
そう言いながら、鷹子は気がついた。
そういえば、この世界のこの時代には、○△×で評価するとかなかったな、と。
命婦に○△×の意味を説明すると、なるほど、なるほど、と命婦は頷いた。
「それは便利なしるしですね」
と言ったあとで、命婦は若い女房たちを見る。
「……○、○、△、○……」
その視線は女房たちの仕事ぶりを追っているようだった。
鋭い命婦の眼光に、今にもこちらを見て、「×」と言い出しそうで怖い、と鷹子は怯える。
だが、そのとき、籠を手にした伊予が是頼を連れて現れた。
是頼も手に大きな籠を持っており、その中にはたんぽぽの根がたくさんあった。
「ただいま戻りました~」
出世頭のイケメンを連れ、ヘラヘラ機嫌よく現れた伊予を見て、命婦はカッと目を見開き、
「バツ!」
と叫ぶ。
「こんなにたくさん。
ありがとう、是頼」
伊予と一緒にたんぽぽの根を持ち帰った是頼を鷹子がねぎらうと、是頼は、いえいえ、と言う。
「こちらの女房殿が清涼殿の庭先でおかしな動きをしておりましたので、注意したところ。
女御様の指示で布知奈の根を集めていると言うので、お手伝いさせていただいただけで」
伊予は夢中でとっているうちに、清涼殿まで行ってしまったようだった。
意外に作業に熱中する性格のようだ。
「みんなも助かったわ、ありがとう。
よし、じゃあ、さっそく珈琲を作ってみましょう。
できたら、是頼にもご馳走するわね。
……美味しいかどうかはわからないんだけど」
でも、ただ苦いだけのものが出来上がりそうな気もするな。
本物のコーヒーじゃないし。
そもそも、私、コーヒー好きじゃないから、出来上がりが悪くてもよくわからないし。
晴明に判定してもらうかな、と鷹子は思った。