たんぽぽの根を掘っています
伊予は他の女房達と庭に下り、たんぽぽを探していた。
上がっている御簾の向こうから鷹子に、
「欲しいのはたんぽぽの根なの。
土を掘るのは大変だから、ちょっと水かけて地面をやわらかくしてから、引っ張ってみたら?
そしたら、根が千切れずに抜けるかも。
雨の次の日とか、雑草、力入れなくても、綺麗に抜けるものね」
と言われたが。
「大丈夫ですよ。
こういうの慣れてるんで」
と伊予は言う。
幼い頃は自宅の屋敷の庭を駆け回っていた伊予は、よく草花を引っこ抜いて遊んでいた。
自分たちの手が汚れないよう気を使ってくれる鷹子に感謝しながらも、この人、いつ、雑草抜いたりしてたんだ、とちょっと思う。
高貴な生まれな上に、この世のものとも思えないほど美しく、博識で。
神に仕える斎王となったあと、入内し、帝の寵愛を一身に受けているという、まさに雲の上の人なのに。
この人、いつ、地べたにしゃがんで草引っこ抜いてたんだろうな?
伊勢でかな。
鄙びたところだから、暇だったろうしな、と伊予は勝手なイメージで思う。
みんなとたんぽぽの根が千切れないよう抜きながら、
それにしても、こんな泥臭いものがあの洗練されて美しい晴明様が好む飲み物になるとか、不思議だなと思っていた。
晴明様に、青龍様。
陰陽寮はいい場所だ。
まさにイケメンの宝庫っ、と思ったあとで、伊予は、ん? と気がつく。
……『イケメン』。
今、『死亡フラグ』のときと同じ感じに、ふと頭に浮かんだが。
なんだかわからないが、ドキドキする言葉だ、と伊予は思う。
「大丈夫?
手伝いましょうか?」
発酵中の酒粕を他の女房達と確認しながら、鷹子が訊いてくる。
「大丈夫ですよ。
お気遣いなく。
ちょっと他の場所も探してみます」
そう言いながら、伊予は籠に入れたたんぽぽの根を先輩の女房に渡した。
新しい籠を手に、ちらと鷹子の方を見る。
深窓の姫君なのに、全然奥に閉じこもってないし。
この女御様といると、次々いろんなことがあるので楽しい。
でも、私は左大臣様の手先……。
……だけど、中宮様と斎宮女御様は最近、親しくしておられるし。
左大臣様と女御様が仲良くしてくだされば、私、別に女御様の敵じゃなくなるよな。
いや、待てよ。
そうなれば、私のようなものを送り込んでいたと左大臣様はバレたくないだろうから。
口封じに殺されるかもっ。
死亡フラグがっ、と伊予は苦悩していたが。
左大臣は、そこまで伊予のことを気にしてはいなかった。
そして、万が一にも、鷹子と和解しようとも。
いざというときの情報収集に余念のない左大臣は、伊予を始末するつもりもなかった。
そんなこととは知らない伊予は、悩みながら、黙々とたんぽぽの根を掘り出し、移動して行く。
下ばかり見ていたので、うっかり清涼殿の近くまで行っていて。
通りかかった是頼に、わっ、と驚かれてしまった。