発酵してますっ
「は、発酵してますよっ」
二日後、鷹子は吉房たちと、玻璃のグラスの中を覗いてみていた。
水の量や置いている場所の違いのせいか、それぞれ発酵具合は違っていたが。
今のところ、どれもいい感じに発酵している。
皿で蓋をしているだけなので、密封している瓶を開けたときに聞こえるシュポッとかいう音は聞こえないのだが、大丈夫そうだった。
「なんだか可愛くなってきましたね」
「そうだな」
甘酒のようないい香りのする酵母菌を見ながら、鷹子と吉房は微笑み合う。
「植物育ててるみたいというか。
生き物飼ってるみたいというか」
時折、空気を入れるために揺すってみるのが、なんだか、犬や猫を撫でて可愛がるのにも似ている感じだ。
「それぞれ名前とかつけたくなりましたね~。
発酵太郎とか。
発酵次郎とか」
「……発酵、苗字なのか?」
「この時代風に言うなら、『はっこうのたろう』ですかね?」
『ふじわらのさねとも』みたいに、とか言いながら、二人でニコニコ覗いていたが、庭先に立っていた晴明は冷静に言ってくる。
「生き物みたいに可愛がるのはいいですが。
発酵失敗したら、ドロドロになったり、臭くなったりしますよ」
鷹子の頭の中で、しつけを間違った飼い犬が駆け回って洗わせてくれず、ドロドロに汚れて、臭くなっていた。
うーん、と渋い顔をしたとき気がついた。
「あら? 青龍は?」
いつも晴明について来ている青龍がいない。
「それがちょっと連れてこられる状態ではなくて。
一応、なにかの役に立つかと、その辺にいたあやかしを連れてきましたが」
と晴明は後ろにぼんやり立っている影を手で示す。
「人型のあやかしなので、なにかに使えることでしょう」
人型のあやかしって、それ、霊か、怨霊ではっ!?
と思ったが、吉房も鷹子も突っ込まなかった。
「清涼殿の辺りにいたのですがね」
結構身分高い人の霊ではっ!?
と思ったが、やはり突っ込まなかった。
「それより、青龍は大丈夫なの?」
「大丈夫でしょう。
朝見たら、何故か巨大な卵になっていましたが」
卵っ!? とみんな身を乗り出す。
「なにも大丈夫でない感じがするのは私だけであろうか……」
と吉房が言い、
「すみません。
私、うっかり、巨大な卵か。
パン生地に加えたいとか思ってしまいました……」
中身、青龍でしたよね、と鷹子が言う。
「青龍は式神ではないと言ってませんでしたか? 晴明」
「式神ではありません。
が、人間でもありません。
山で拾ってきたんです」
と自分の使いを晴明は犬猫のように言う。
「……あやかしの類いか?」
そう訊いた吉房に、
「あやかしというか。
……まあ、割れてみればわかりますよ」
といつもの淡々とした調子で晴明は言う。