女御様は中宮様に呪詛をかけておいでです
鷹子が無事に寿子の許を出て、居室に戻ったあと、伊予は用事をするフリをして、外に出、左大臣、実朝と庭の隅で落ち合った。
表向き、普通の挨拶をしながら、伊予は実朝に告げる。
「斎宮女御様は中宮様に死に至る呪詛をかけておられます」
実はこの伊予は、実朝が情報を得るため、鷹子の許に潜入させた女房であった。
「なんとっ、斎宮女御が中宮に呪詛をっ」
一度は驚いた実朝だったが、納得いかないような顔をする。
「……かけるか?
あの中宮の座よりも甘いものに興味のある女御が」
自由にできる今の立場が気に入っておるようだが……と実朝は呟く。
「ですが、わたくし、確かに聞いたのです。
女御様が中宮様に呪詛をかけていらっしゃるのを。
女御様はおっしゃられました。
いつか、不老不死のコッコーの実を中宮様に召し上がっていただきたいとっ」
「……コッコーの実?
そんなものがあったのか。
というか、何故、不老不死の実を中宮に勧めるのが呪詛なのだ」
不本意だが、良い話ではないか、と実朝は言ったが、伊予は、いいえ、と首を振る。
「左大臣様はご存知ないのですか。
あのような言葉を言ったり言われたりしたものは必ず、それを成し遂げる前に死んでしまうのですっ」
そういう呪いですっ、と伊予は主張した。
「いつか、この願いが叶ったら、とか。
これが終わったら結婚しよう、とか、大変危険な言葉ですっ」
伊予は最早、周りに勘づかれまいとすることを諦めたように身を乗り出す。
「女御様と中宮様のすっかり打ち解け、楽しげな様子と。
そのあとにつづく未来への希望の言葉」
間違いありません、と伊予は言った。
「あれは『死亡フラグ』です」
「……死亡ふらぐとはなんだ」
「わかりません。
でも、お二人の言葉を聞いていた私の心に、そう響いてきたのですっ。
……いつ、何処で聞いた呪いの言葉なのかは思い出せませんが。
大変危険なものであると、私の心が告げています」
わかった、わかった、と伊予の語りを話半分に聞いて、実朝はさっさと行こうとする。
「お待ちください、左大臣様っ」
「大きな声を出すなっ。
みなに知れるであろうがっ、私がお前を女御の許に潜ませておることがっ」
そう小声で叫びながら、実朝は戻ってくる。
周囲を気にして、顔だけ笑顔を取り繕いながら。
彼に付き従う者たちは苦笑いして、二人のやりとりを聞いていた。
そして、離れた場所で、晴明も聞いていた。
なんの話をしてるんだ……という顔をして。




