いいから、近う寄れ
「それにしても、一体、誰がうちの女御様を狙ったのでしょうねっ」
怒りながら、鷹子の居室を整える命婦の顔には、また刺客が現れたら、今度は、あばらの一本や二本、へし折ってくれるわっ、と書いてあった。
先程、命婦は、あれえ~、という感じに楚々として座り込んで見せていた。
晴明がいたからだろう。
いなかったら、矢に向かって突進していって、暗殺者の胸ぐらを掴み上げていたに違いない。
「では、失礼致します」
命婦は帝と鷹子を見て、にやりと笑い、几帳の向こうに消えていった。
いやまあ、すぐそこに控えているのだろうが。
だが、一応、隠れましたよ、という体をとったせいか。
「女御よ。
恐ろしくはなかったか」
と言いながら、吉房は鷹子の手を握ってきた。
その話、さっきしましたよ、と思いながらも、鷹子は、
「はい」
と素直に答える。
なんだかんだで帝だからだ。
「近こう寄れ、鷹子。
我々はもう夫婦なのだから」
「いいえ。
私の夫はまだ伊勢の神です」
帝を拒絶しても不敬とならないよう、鷹子は、より大きな権力にすがろうとする。
だが、吉房は、
「……だんだん、伊勢の神に腹が立ってきたのだが」
などと言い出した。
「伊勢の神は帝とこの国をお守りくださっている神様ですよ」
「だが、お前を独り占めしている」
と拗ねたように吉房は言う。
「そもそも伊勢の神は伊勢にいらっしゃるのであろう。
ここにいるわけではないから、構わぬではないか」
神様ってそういうものだっけな? と思いながら、迫る吉房を押し返しつつ、
「おられます」
と鷹子は言った。
「あなたの後ろに……」
「いつも神は我々を見守っているとでも言うのかっ」
「いえ、そこに」
と鷹子は吉房の後ろを指さした。
なにっ? と吉房は振り向いたが、
「おらぬではないかっ」
と叫ぶ。
「いや~、いたんですけどね~、さっきまで」
と鷹子は右を見て、左を見た。
素直な吉房も同じように首を動かしていたが、やはり、なにも見えなかったらしい。
「もうよいっ」
と立ち上がる。
「そうまでして私を拒みたいのだな。
覚えておれっ。
そのうち、力づくでもお前を手に入れるからなっ」
と捨て台詞を吐いて去っていった。
「……そのうち、なんだ」
そう鷹子が呟くと、几帳の陰から現れた命婦たちが笑って言う。
「ああ見えて、純な方ですからね、帝」
と。
いや、純な方が力づくでもとか言いますかね?
まあ、そう言いながら帰っていくところは、嫌いじゃない気もしますけどね、と鷹子は思っていた。