とりあえず、発酵させてみよう
「いい菌?」
と晴明が訊き返してきた。
「お酒作りに使う麹から作る酵母菌はどうかしら?
あんぱんで有名なお店とか、酒種酵母で作ってたんじゃない?
でも、麹を手に入れるとなると、頼むのは……造酒司?」
造酒司は宮中で用いられる酒を醸造したりする部署だ。
「でも、なんでそんなものがいるんですかとか言われそうよね。
そういえば、酵母菌、酒粕からも作れるって聞いた気がするんだけど」
「酒粕ですか。
糟湯酒などは女御様のような方が口にされるものではありませんが。
酒粕自体は料理にも使われておりますから。
まあ、簡単に調達はできますね」
当時、酒をざるや絹の袋で濾し。
澄んだ部分は儀式に使ったり、貴族たちが呑んだりしていた。
そして、その残った粕を現在の酒粕の甘酒のようにお湯に溶かし。
糟湯酒として、下級役人や庶民たちが呑んでいたのだ。
山上憶良も、この糟湯酒を、
風雑へ 雨降る夜の 雨雑へ 雪降る夜は 術もなく 寒くしあえば 堅塩を 取りつづろい糟湯酒 うち啜ろひて 咳かい 鼻びしびしに
と歌にも詠んでいる。
何故か塩を舐めながら呑んでいたようだが。
……なんで、塩舐めながらなんだろうな。
あまり甘くない西瓜に塩かけるみたいなものかな? と鷹子は思っていた。
「じゃあ、とりあえず、酒粕で自家製酵母を作ってみましょうか。
それでパンっぽいものを作って、生クリームというか、カイマクを挟む、と。
果物とか入れたり。
抹茶クリームにしてみたり。
抹茶クリームに小豆を入れてみてもいいわよね。
きっと、インスタ映え……」
言いかけて、インスタなかったな、と鷹子は気がついた。
「女御は、インスタをされていたのですか?」
さして興味もなさそうな顔で、晴明が問うてくるが。
いや、
『女御は、インスタをされてたのですか?』
って問いかけ、ものすごい違和感なんだけど、と鷹子は思う。
「そういえば、現代でもやってなかったわ、インスタ」
と呟くと、ふう、と晴明は溜息をついたようだった。
完全に駄目な生徒を見る教師の目だった。
もし、本当にあの白い光のせいで、私が此処に飛んできたのなら。
何故、この人も一緒に飛んで来ているのか。
同じ場所に居たからか。
ならば、あの辺りに居た人みんな、この異世界に飛んだのか。
別にそう親しくもない先生だったはずだしな、と晴明を見たとき、
「まあ、とりあえず、酒粕を手に入れて参りましょう」
青龍、と晴明は庭に居る青龍に呼びかけた。
青龍はまだ頬をこすっている。
「どうかしたのか?」
と晴明に訊かれ、
「なにかこう、むずむずするのです」
と青龍は師を見上げ、答えている。
なんだかわからないが、両の頬をこする姿が可愛らしく。
その右の頬を親指でこするように触ってみている晴明が親のようにも見えて、ちょっと微笑ましく、笑ってしまった。