役に立つ、いいあやかしは居ませんか?
「何処かに役に立つ、いいあやかしは居ませんかね?」
「何故、私にきくのよ」
としどけなく脇息に寄りかかり、花朧殿の女御が言う。
「いや、顔が広そうだからです」
と鷹子は言うと、
「あやかしに知り合いは居ないわよ……」
と美しい眉をひそめて女御は言う。
花朧殿の女御は、鷹子が持参したキャラメルではなく、包み紙の方を、綺麗ねえ、と言って眺めている。
やはり、変わった人だ、と思いながら鷹子は言った。
「ずっと雨が降って、鬱々とした感じですよね。
宮中もあちこちじっとりしてて。
いろんなものが湧いて出てきてるんですよ。
東宮様もなにかにとり憑かれてるし」
「……あやかしがあやかしにとり憑かれるの?」
なんかたまにとり囲まれてて、晴明に助けられてますよ、と鷹子は教える。
「役に立つあやかしか~」
鷹子は自分でその話を振っておいて、溜息をつく。
「あずき洗いもこの時代にはまだ居なさそうですしね~」
雨の中、庭先とか簀子縁の隅とかで、しゃこしゃこあずきを洗っていそうな雰囲気はあるのだが。
ま、どっちみち、今、あずき使わないしな、と思いながら、女御とともに降り止まない雨を眺めた。
「平安時代といえば、付喪神。
オーブンやなにかが百年くらい前からあれば、オーブンの付喪神とか。
電子レンジの付喪神とか居たでしょうにね」
鷹子は青龍を連れ、訪れた晴明に向かい、そう言った。
青龍は庭先で、さっきから何故かずっと両頬をこすっている。
それを見ながら晴明が言う。
「オーブンや電子レンジがある世界なら、付喪神になるのを待たずとも、オーブンやレンジをそのまま使えば良いのではないですか?」
ごもっともですよ。
本末転倒してましたよ……。
「それより、焼いたり蒸らしたりなどするのなら。
付喪神や普通のあやかしより、人間の幽霊にやらせた方がいいです。
確実に人間並に動けますので」
晴明の視線は清涼殿の方を向いていた。
東宮様、狙われてますっ、と鷹子は怯える。
「そ、そういえば、マリトッツォを作る前にですね。
もうひとつ作っておきたいものがあるのですよ」
いや、マリトッツォがちゃんと作れるあてもないのだが、鷹子はそう言った。
「マリトッツォといえば、カプチーノだと聞いた気がします。
珈琲が合うとか」
「珈琲ですか」
相変わらず、淡々とした口調だが、晴明は興味を惹かれているようだった。
前の世界で、好きだったのかもしれない。
珈琲か。
大人ってイメージだから、晴明とか、花朧殿の女御とか似合いそうだ、と思っていると、晴明が訊いてきた。
「女御は珈琲がお好きだったのですか?」
「いや、苦いのはちょっと……」
じゃあ、何故、作るんだ、という顔をされる。
「でも、コーヒー味のものは好きなのよ。
カプチーノ味のかき氷とかも好きだったし」
砂糖とミルクをたっぷり入れて飲みたいわ、と言う鷹子の頭の中では、吉房と自分が並んで庭を見ながら、ミルクたっぷりのカフェオレを飲んでいた。
いや、吉房は珈琲も飲むかもしれないが。
晴明よりは子どもなイメージだからだ。
「まあ、珈琲を作るのに協力できることがあったら言ってください」
いや、マリトッツォは? と見つめた視線が届いたようで、
「そういえば、マリトッツォのパンはどうされるんですか?」
と訊いてきた。
「それなんだけど。
パンを作るには酵母菌よね?
利宇古宇、林檎とかから作ってもいいんだけど。
でも、そういえば、いい菌があるじゃない」
と鷹子は笑った。