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あやかし斎王  ~斎宮女御はお飾りの妃となって、おいしいものを食べて暮らしたい~  作者: 菱沼あゆ
第三章 あやかしは清涼殿を呪いたい

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恋に落ちてしまうではないですか


 清涼殿に行く途中、鷹子は庭で公達ふたりがヒソヒソと話しているのを見た。


「帝のご様子はどうなのでしょう」

「一体、誰の呪いで……」


 いや、何故、呪い限定。


 まあ、この時代の人たち、病気も呪いのせいとか思ってそうだからな、と思いながら、鷹子はそのちょうど良い感じの若者たちの側で足を止める。


 扇で顔を隠した鷹子が、


「あの」

と声をかけようとしたとき、ずいっ、と命婦が前に出た。


「女御様。

 わたくしが女御様のお言葉をお伝えいたします。


 女御様が直接、お声などかけられて、相手が恋に落ちたらどうするのですか」


 いや……何故、声をかけただけで、恋に落ちるのですか、と思ったが、いつの間にか側に来ていた晴明が、


「私が伝えましょう。

 直接声をかけて、あの者どもが恋に落ちたらどうするのですか」

と同じことを言ってくる。


 ……いや、私が声をかけても、あなた、恋に落ちてないじゃないですか。


 っていうか、祈祷はいいんですか、と思いながらも、とりあえず、二人に従った。


「実は彼らに、この鞠を蹴って欲しいのです」


「ほう。

 なにか細工がしてありますな」


 一度解いて縫い留めた鞠を見ながら晴明が言う。


「これを蹴ると……」


 なんて伝えようかな、と迷ったあとで鷹子は言った。


「なんだかんだで帝の病が治るとあの者たちに伝えてください」


 晴明はそのまま、まるっと彼らに伝えた。


「なんと、蹴鞠をすれば帝の病が治ると」


「それは不思議なっ」


「だが、斎宮女御様のおっしゃることだぞ。

 ほんとうに違いないっ」


 いや、何故ですか……と思う鷹子たちが見守る前で、彼らはその鞠を蹴り始めた。


 蹴鞠はサッカーと違い、落とさず続けて蹴る遊びだ。


 いろいろ細かい決まりごともあるようだが。


 全然のどかでなくとも、のどかな感じに蹴らないといけないらしい。


 今は揺さぶってくれればそれでいいんたが、と思いながら、鷹子は彼らが優雅に鞠を蹴り上げるのを眺めていた。



 十分くらいして、鷹子は、

「ありがとうございます。

 そろそろ良さそうです」

と言った。


 それを晴明が彼らに伝える。


「女御様っ、これで帝は元気になられるでしょうか」

と彼らは勢い込んで訊いてくる。


 わんこっぽい美しい公達たちは、ほんとうに今の帝を慕っているようだった。


「ええ、必ずや。

 ありがとうございます。


 助かりました」


 鷹子の声は直接聞こえているのだろうに、意味があるのかわからないが、晴明が横で繰り返す。


「ええ、必ずや。

 ありがとうございます。


 助かりました」


 ありがたき幸せ、と公達たちはひれ伏した。




 ほんとうに助かった。


 感謝しながら、鷹子はそれを手に吉房の見舞いに行った。


 ちょうど祈祷も一段落したところのようだった。


「おお、女御よ。

 見舞いに来てくれたのか」


「はい。

 これを持ってまいりました」

と鷹子は吉房に蹴鞠の鞠を見せる。


「……これは?」


「帝に蹴鞠ができるくらい元気になって欲しいとの思いを込めて持ってまいりました」


 などと鷹子が適当なことを言っている間に、命婦や是頼が周りに几帳をたくさん持ってきて、他の者たちからこちらが見えないようにする。


「器を」


 はい、と命婦が器と匙を出してきた。


 若い女房に鞠を開けてもらうと、中からキンキンに冷えた金属の球体が出てきた。


 ほう、と吉房が身を起こして覗き見る。


 鷹子が球体を縛ってある紐を解くと、器はふたつに分かれ、冷たいミルクアイスが覗く。


「キャンプのときとか、こうやってアイス作って遊ぶんですよ」


「キャンプとはなんだ」


 みんなで外で寝泊まりすることです、と鷹子は吉房に教えた。


「で、これがクリームソーダに浮かべると言っていたアイスです。


 帝が地獄の業火に焼かれてはいけないので、卵を入れていません。


 ですから、かなりさっぱりした味になってると思いますけどね」


 鷹子はアイスの半分を用意してきた別の金属の器に入れて帝に渡した。


 帝が匙ですくって食べる。


「うむっ。

 なんというっ、冷たくて甘い食べ物だっ。


 みるみる熱が引いていくぞっ」


 いや、気のせいですよ、と思いはしたが、気分がよくなると、抵抗力も上がるだろうとは思う。


「美味しくできてたのなら、よかったです」

と言って、鷹子は残りの半分をまた紐で縛って、氷の残る鞠に戻した。


 此処に入るとき、鞠を持ってきた、と言ってしまったので、用意していた別の鞠を吉房の許に残す。


 吉房が残ったアイスの入った鞠を見、訊いてきた。


「それは何処に持っていくのだ?

 お前たちで食べるのか?」


「いえ、ちょっと差し上げたい人がいるのです。

 美味しくできていて良かったです」


「……お前、今、私に毒見をさせたか」


 鷹子は、さっさと帰ろうとしながら、


「いえいえ、とんでもない。

 味見ですよ」

と言って、


「似たようなものであろうが」

と吉房に呆れられる。


 鷹子は足を止め、振り返り言った。


「少し元気になられたようでよかったです。

 運が良ければ、もう少ししたら、熱も下がるかもしれませんよ」


 では、と鷹子が去ると、では、と晴明もついて出ようとする。


 いや、何故、お前もついていくっ、という目で吉房は晴明を見ていた。


 晴明以外のメンツでまた祈祷がはじまる。




 祈祷の声を聞きながら、清涼殿から出た鷹子は、自分の居室には戻らなかった。


 途中で足を止める。


 閉まったまま、静かな御簾に向かい、呼びかけた。


「中宮様。

 良いものをお持ちしましたよ。


 ……どうか御簾をお上げください」




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