あれさえあれば、この世界でも生きていけますっ!
帝がいそいそと鷹子の許に向かおうとしている頃、鷹子は帝のことなど思い出しもせずに、自室に向かっていた。
ここの暮らしも悪くないんだけど。
食事がちょっとなあ。
基本、味ついてないから、自分でつけるようになってるんだけど。
しょっぱいとか、すっぱいとか、単調な味付けしか、ほぼできないし。
せめて、あまいものでおいしいもの食べたいなあと思うんだけど。
この時代のあまいものって、現代の味覚を思い出した私には、いまいち……。
食事はダメでも、スイーツッ。
せめてスイーツっ。
スイーツさえあれば生きていけるっ。
と暇なことを考えているまさにその瞬間、鷹子は命を狙われていた。
渡殿を通っていた鷹子の頭に、ふいに、
弓道部っ、という言葉が浮かんだ。
「伏せてっ」
と鷹子が叫ぶと、反射神経の良い女房たちはみな、何故、と問うこともなく、さっとしゃがむ。
カン、と硬い物がなにかに当たる音がした。
顔を上げると、渡殿の横の地面に矢と扇が落ちている。
弓道部っ、と思ってしまったのは、矢の音がしたからのようだった。
誰かが扇を投げて、飛んできた矢を落としてくれたらしい。
背後から晴明の声がした。
「おや、どなたかが女御に呪いをかけ、亡き者にしようとしたようですね」
いや、呪いってか。
リアルに矢が飛んできたみたいなんですけど……。
晴明は渡殿から下りながら、九字を切り始める。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前……」
が、その手は刀を持ち、刺客を斬ろうとしていた。
「……九字、関係ないですよね」
と鷹子は呟く。
「晴明……。
お前、なんということを……。
いや、
……いや、すまない。
よくぞ、女御を助けてくれた」
少し遅れて現れた吉房は渋い顔で、そう言った。
「すみません。
余計なことを致しました」
男は晴明に生きたままひっ捕らえられていた。
晴明が笑い、吉房について来た是頼も何故か苦笑している。
私を助けたことがなんで余計なことなんだ?
と鷹子は扇で顔を隠すことも忘れ、晴明を見、帝を見た。
なんということだ。
あと一歩早ければ、私が女御に良いところを見せられていたかもしれないのに。
そう吉房は思っていた。
晴明が惚れ惚れするような活躍を見せ、敵を退治したことは、うっとりと彼を見ている女房たちを見ればわかる。
いやまあ、鷹子には晴明に見惚れている様子はなかったのだが。
どちらかと言うと、小首を傾げている。
「晴明、あとで褒美をとらせよう。
是頼、誰が女御を狙わせたのか吐かせよ。
女御よ、無事でなによりだ。
恐ろしくはなかったか?」
「はい、ご心配ありがとうございます」
「では、居室まで送ろう」
と吉房は鷹子に申し出た。