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あやかし斎王  ~斎宮女御はお飾りの妃となって、おいしいものを食べて暮らしたい~  作者: 菱沼あゆ
第三章 あやかしは清涼殿を呪いたい

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ひんやり削り氷


「帝が熱を出してしまわれたではないですか。

 なにかをどうにかしてくれたのではなかったのですか、晴明」


 晴明を呼び出し、鷹子は言ったが。


 晴明は相変わらず淡々とした調子で言ってくる。


「なにかをどうにかではなく。

 東宮様が帝に祟れないようにしたのです」


「それで、なんで帝が倒れるのですか」


「此処のところ、東宮様の気配が強くなったので、みなに見えるようになっただけで、東宮様はずっと帝に祟っておられました」


 祟る……違いますね、と晴明は自らの言葉を訂正する。


「『うらやましいなあ、いいなあ』と思って見ておられました」


 そういうゆるい感じなのですね……。


「ですが、なんだかんだで東宮として生まれついたお方、霊になっても魂が強いのです。


 帝の周りをウロウロされている東宮が、知らぬうちに他の霊やあやかしをはねのけていらっしゃったのですが。


 それを封じてしまったので」


「晴明」

「はい」


「それわかっててやったの?」


「左大臣様が、やれ、とおっしゃられたので」


 なにが起きても知りませんよ、と言いましたよ、と晴明は言う。


「……ともかく、帝を守って」


「わかりました」


「ねえ、ちょっと訊いてみるんだけど。

 もし、私が今、帝を守ってと頼まなかったら、あなたは帝を守らないの?」


「そうかもしれませんね」


 命令が来なければ動かないのか。

 どんなお役所仕事だ、と思ったが。


 貴族たちに、よくしょうもない用事を頼まれるようなので、もう、頼まれない限り動かない、くらいにやさぐれているのかもしれない陰陽師……。


「そんなことより、クリームソーダを作られてるんですよね? どうなりました?」


 帝よりクリームソーダか……と思いながらも彼の助けは必要なので、鷹子は兼ねてより頼もうと思っていた用事を頼むことにした。


「実は晴明にやってほしいことがあるのですが」


 なんなりと、とすぐに晴明は頷く。


 怨霊退治を頼んだときより、よほど協力的だった。




「帝、大丈夫ですか?」


 様子をうかがうために歌と文を送るとお召しがあったので、鷹子は夜、清涼殿を覗いていた。


 帝はもう寝てはいなかったが、少ししんどそうだった。


「帝、これを。

 季節には少し早いですが」


 鷹子は(けず)()を用意させていた。

 枕草子などにも登場する、氷を薄く削った元祖かき氷だ。


 清少納言は金属の器が良い、と言っていたようだが、今回はガラスの器に入れてみた。


 この時代、病気といえば加持祈禱だが。


 熱がある吉房には、ひんやりして気分が良くなる削り氷の方が即効性がありそうだと思い、持ってきたのだ。


「これをかけてお召し上がりください」


 鷹子は女房に用意した麦茶のシロップをかけさせる。


 この時代、麦茶は麦湯と呼ばれ、貴族たちが飲んでいた。


 大麦を煎って粉にしたものを湯で溶かして作るのだ。


 その麦湯を濃いめに作り、砂糖を混ぜて煮てシロップを作ってみた。


 それと、甘く煮られた大納言小豆を削り氷に添える。


 砂糖で煮た小豆は、この当時すでに菓子として天皇に献上されていた。


 小さな普通の小豆は煮ると皮が破れてしまうので、空海が唐より持ち帰った大きめの小豆が使われていたらしい。


 その大きめの小豆は煮ても皮が破れないところが、切腹しない公家を思わせる、ということで、大納言小豆と呼ばれていた。


「小豆の赤は魔除けになると言いますしね」


「女御よ。

 これを私のために……」


 感動する吉房に鷹子はすごい勢いで言った。


「急いでお召し上がりくださいっ。

 溶けますっ」


 なによりも、それこそが大事っ、という口調の鷹子に苦笑しながらも、帝は礼を言ってくる。


「わかった、ありがとう」


 一口銀の匙ですくって食べた吉房は、

「香ばしいなっ。

 そして、さっぱりしておるっ。


 ありがとう、女御」

と微笑んだ。


 だが、鷹子は、

「おいしいですか? よかったです。

 やはり、さっぱりした方がよろしいのですね」

と喜びながらも、ちょっと不満げだった。


「なんだ、どうしたのだ?」


「実はですね……。

 さっぱりした方がいいのなら、かけない方がいいのですが」


 そう言いながらも、鷹子は用意していたガラスの器を持ってこさせる。


 中には白い液体が入っていた。


「この、牛乳を砂糖で煮詰めたものをかけたら、甘くておいしいのです。


 練乳と言います。


 ()を砂糖で甘くして、さらに作る過程の途中で止めた感じのものです。


 でも、熱で、さっぱりした方が良いのなら、かけない方がいいですよね」


「……かけたいのであろう。

 かけるがよい」


 では、と鷹子は自ら、帝の麦茶かき氷に練乳をかけた。


 とろっとした練乳が甘く煮た小豆にもかかって、うっとりする色合いだ。


「どうですか、帝っ」

「これは美味いなっ」


 自分はもう作るときに食べてみたのだが。

 この美味しさを帝にも味わって欲しいと思ったのだ。


「ときに女御よ。

 晴明がやってきて、いろいろ祈祷した挙句、やはり、東宮の呪いを復活させた方が楽なのではと言ってきたのだが、どういうことだ」


「……帝、どれだけ呪われてるんですか」

と鷹子は呟く。


 恐らく、東宮の呪いを抑えつけたせいで、次から次へと違う呪いが出てきて。


 潰しても潰しても、手に負えない状態なのだろう。


 まるで、上の草が抜けるのを待って芽を出そうと次々スタンバイしてる雑草みたいですね……と鷹子は思った。


 いっそ、性根の悪くない東宮様の呪いで全体を抑えつけた方が状態が良くなると晴明は言っているのだろう。


「……仕方ない。

 東宮様に、もう一度、呪ってもらいますか」


「いや、なんて頼むんだ。

 頼むから、呪ってください?

 それもなんかおかしくないか?」


 二人は、ひそひそと話し合う。


 成仏させられたわけではないので、まだそこに居るのだろう東宮の姿を探すように庭先を見た。




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― 新着の感想 ―
[一言] 東宮を呼ぶには、柚子蜂蜜の飴が要りますね。
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