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天皇 吉房の悩みごと


 鵺か。

 ちょうど良い。


 晴明も席を立ったようだし。


 今こそ、どさくさ紛れにあの女御を――。



 よからぬ(やから)がそんな策略を巡らせている頃、ちょうど鷹子は退出しようとしていた。



 立ち上がる鷹子に手を――


 貸さずともこの女御は、ひょいと立ち上がり、スタスタ歩いていくのだが、人目もあるので、命婦は鷹子に手を貸した。


 扇で顔を隠してはいるが、わずかな月の光に照らされ歩いていく鷹子の白く整った顔は高貴な気配が立ち昇っているかのように美しい。


 そして、すべての所作に余裕があって、(みやび)だ。


 新鮮で美味しいものがたくさん届く伊勢での暮らしも悪くはなかったが。


 この美しい斎王様が都から遠く離れた場所で生涯を終えてしまうのではないのかと、ずっとハラハラしていたのだ。


 よかった。

 我らの自慢の斎王様が帝に輿入れされて、と命婦をはじめ、伊勢からついて戻ってきた女房たちはみな満足していた。


 鷹子がなかなか帝を受け入れないのが心配事のひとつではあるが。


 まあ、男女の間にはそういう駆け引きも必要だ、と命婦は思っていた。


 みなが退屈しのぎのように恋をするこの宮中では、素直に男の言うことを聞く女など、すぐに飽きて捨てられてしまうものだし。


 これだけ美しい斎王様なのだから、少々焦らしても大丈夫。


 例え、相手が帝だろうと。


 そう思い、鷹子の母代わりのようなものではあるが、命婦は、そのことに関しては鷹子をたしなめるような真似はしなかった。




 その頃、天皇、吉房(よしふさ)はまんまとその流れに乗せられていた。


 鷹子が入内してから、ずっと彼女のことだけが気になっていた。


 いや、命婦たちの策略はともかくとして、鷹子自身には恋の駆け引きをしているつもりなどないのだが。


 ……なんだかんだで、鷹子は私の妃なのだ。


 無理やりにでも自分のものにしてしまうという手もあるのだが、後が怖いし。


 第一、鷹子は今もなお、神の宮にいるかのような気配をまとっていて、なんだか手を出しづらい。


 吉房はそんな風に、日々、思い悩んでいた。


『私にはまだ伊勢の神がついていらっしゃいますので、私には触れないでください』

という鷹子の言葉が戯言(ざれごと)ではなく、本当のように感じられるのだ。


 京都から伊勢へと向かう群行では、何度も禊を繰り返し、脱いだ衣を谷から捨てる。


 人を脱ぎ捨て、神へと近づいていくのだ。


 京都に戻るときもまた同じ。


 儀式を繰り返し、今度は俗世に近づいていく。


 斎王は禊を繰り返し、人に近づきながら戻って来るというが。


 ……あいつの場合、何個も儀式をすっ飛ばして帰ってきたのでは、と思うくらい人から遠い感じがするな、と吉房は思っていた。


 その近寄りがたい美貌のせいだけではなく。


 長く伊勢にいたせいで、世間というものからズレているだけなのかもしれないが。


 ふいに立ち上がろうとして、

「帝、どうされました?」

と近くに控えていた乳母の子、是頼(これより)に訊かれた。


「宴はもうお開きだ。

 妃たちが怯えておらぬか、ちょっと見てこよう」

と言うと、是頼は、ぷ、と笑いかけてこらえ、


「斎宮女御様なら、まだ戻ってはおられぬようですよ」

と教えてくれる。


 是頼とは、赤子の頃からずっと一緒に過ごしてきた。


 自分が帝になってからは口調は改めるようになったが、相変わらず遠慮がない。


 実際、是頼は兄のような存在だった。


 腹違いの実の兄よりも、兄らしい愛情も気遣いも見せてくれる。


 自分の腹の底を読んででもいるかのように、にまにましている是頼を見ながら、


 別に鷹子に会いたくて、そう言ったわけではないぞ、と思っていたが。


 中宮はここに来ていないし。


 もうひとりの妃である花朧殿(かろうでん)の女御は、来るわけもない。


 しかも、彼女はほんとうのところ、吉房の父の妃で。


 父が譲位した折に、

「出家するのは嫌だし、宮中に妃として留まりたいから。

 あなた、名目上、私を妃としなさいよ。

 そしたら、うちの息子を差し置いて、天皇になることも許してあげるわよ」

と脅され、引き受けただけの存在なのだ。


 ……いや、あなたの息子さんは、ひとりは(まつりごと)にも天皇の座にも興味がなく。


 もうひとりは赤子ですよ、と思ったのだが、怒らせたら怖い人物なので、吉房は、


「……はい」

と黙って従った。


 というわけで、花朧殿の女御は名目上の妃なので、ほぼ関わり合いがない。


 中宮は存在しているのだが、近年、見たこともない。


 鷹子は自分がいなくとも、他の妃がいるからいいだろうという感じで言ってくるが。


 実質、吉房の妃は鷹子ひとりだった。


 だが、その鷹子も、

「私にはまだ伊勢の神がついていらっしゃいますので」

とか言い出して指一本触らせない。


 ……なんだろう。

 女たちに振り回されているこの感じ。


 帝って、こういうものだっけな?


 祖父や父はもっと好き勝手やっていたような、と思う吉房は、すべての原因が自分が微妙に人がいいせいだとは気づいてはいなかった。


 とりあえず、夫としての義務だから、という風を装いながら、まだ退出を終えていないという、鷹子の許へと向かってみる。




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