プリンが冷えませんっ
「……冷えてない」
鷹子は箱を傾けると、プリン液が動くのを見て、ガックリ来ていた。
「これ以上、陰陽寮に長居したら不審がられるわね」
どうしようかしら、と鷹子は迷う。
「此処に、もう少し置いておいたら固まるというのなら、このままにしておくのだけど」
だが、此処の温度は冷蔵庫というより、ちょっと涼しめのパントリーくらいの感じだった。
困る鷹子に晴明が溜息をついて言う。
「わかりました。
では、あやかしを呼び出して冷やしましょう」
は? と鷹子たちは晴明を見上げた。
晴明は雪女っぽいあやかしを呼び出すと、硯箱に向かって息を吹きかけるよう命じる。
あっさりプリンは固まった。
いや、固まりすぎだ。
凍っている。
まあ、内裏に戻る頃には程よく溶けているだろうが。
そんなプリンを命婦たちと覗き込みながら、鷹子は呟した。
「……だったら、此処まで移動しなくてよかったんじゃ」
まあ、陰陽寮をこの目で見られたのはよかったが、と思う鷹子に晴明が、しれっとした顔で言ってきた。
「私はみなに、私用であやかしや式神を使うことを禁じております。
その手前、できるだけこういう方法はとりたくなかったのですが」
だが、後ろに控える青龍が、主人のその言葉に苦笑いをもらす。
「いや、どの道、こんなこと晴明様にしかできませんからね~」
ともかく、プリンは固まった。
別れを惜しんでくれる……
いや、同じ大内裏内に住んではいるのだが、
盛大に別れを惜しんでくれる陰陽寮の人々に見送られ、鷹子は内裏に帰っていった。
「ではっ。
カラメルを作りましょうっ」
と鷹子が言うと、うむうむ、と吉房が頷く。
日中に二度も御渡りになるとは。
余程、斎宮女御をご寵愛されているのだろうと噂され、さらに左大臣の怒りを買いながらも、吉房は鷹子の許を訪れていた。
鷹子への御渡りが多いのは、ご寵愛なせいもあるのだが、今回は、プリンのせいだった。
「お前の望む器も用意したぞ。
同じ物はそろえられなかったので、バラバラだが」
吉房は、細長い銀の器や金箔が貼り付けてある水色のガラスの器などを運ばせていた。
「いよいよ、プリンをぷっちんするのだな」
わくわくした感じに言った吉房に、鷹子は、ん? と思う。
「……帝。
帝にぷっちんの話にしましたっけ?」
吉房が、ん? という顔をする番だった。
「どうした?
プリンとは、ぷっちんするものだろうが」
いや、そうなんですけどね、と思いながら、鷹子は訊いてみる。
「帝、プリンの夢は見られましたか?」
だが、吉房は、いいや、と言う。
うーん。
誰かから聞いたんだろうかな。
まあ、そこ此処に間者が居そうだからな、と結論づけ、とりあえず、鷹子は火鉢にかけた鍋でカラメルソースを作ることにした。
高価な砂糖をすみません、と思いながら入れて水と混ぜ、触らずに、いい焦げ色になるまで待つ。
「これはっ。
なんという芳香だ!」
吉房が感嘆の声を上げ、女房たちも、
「甘く苦い感じの香りが鼻腔をくすぐりますわ」
「こんなお香はないかしら」
と口々にカラメルの香りを褒めそやす。
いや、こんな匂いさせて歩いてたら、アリとかカブトムシとかにたかられそうなんだけど、と思いながら、鷹子はみなに言った。
「危ないから、離れてっ」
別に沸かしてあったお湯をカラメルに落とす。
ジュッと飛び散ったお湯に、ひっ、と怯えながらも、命婦は鷹子を扇でかばおうとした。
「女御様っ。
こんな危険なこと、ご自分でされないでくださいっ。
お手やお顔に飛んだらどうするのですっ」
「いや、危ないから、自分でやろうかと……」
みんなに怪我させちゃ悪いから、と思ったのだが、なんのために我らがいるのですかっ、と女房たちに文句を言われてしまった。
「そうですよ、女御様。
第一、女御様がお怪我されたら、我々、帝に打首にされるやもしれませんっ」
当の帝を前に、命婦はそう言い放つ。
いや、さすがに打首にはしない……という顔で、吉房が青ざめていた。
「まあまあ、じゃあ、手早く混ぜて」
これでカラメルが固まらなくなるから、と鷹子は女房たちに命じた。
みんなカラメルソースができるのをわくわくして待つ。