いよいよ、プリンを作りますっ
ついに陰陽寮を尋ねる日がやって来た。
「何故、私はついて行けぬのだ」
朝から訪ねてきた吉房が鷹子に向かい、そう愚図る。
だが、忙しい鷹子はつれなく言った。
「帝が軽々しく出歩いていいわけないではないですか。
あっ、とろみがついたら充分ですよっ。
煮立たせないようにしてくださいっ」
鷹子は、あまり人目につかないよう、几帳の陰に置いている火鉢を何度も振り返る。
そこには牛乳、砂糖、葛粉の入った鍋がかかっている。
「それを言うなら、お前も帝の妃であるぞ。
フラフラ出歩くとは何事だ」
「伊勢で神様に仕えている間、こちらに戻ったら、陰陽道についても詳しく学びたいと思っていたのです。
陰陽寮の視察できて、講義が聞けるなんてありがたいことでございます」
そう言いながら、鷹子の目は鍋を見ていた。
「その伊勢の神とやらは、お前の頭の上に乗って、一緒に鍋を覗いているようだが……」
ちんまりした神様は鷹子の髪の上に乗り、ふつふつと煮えている鍋をわくわくした顔で眺めている。
神様は、もう吉房に姿を隠す気はないようだった。
そのとき、ワントーン跳ね上がった声で、若い女房が告げてくる。
「晴明様がいらっしゃいました」
なにしに来た、という目で吉房は振り返り、御簾越しに晴明を睨んでいた。
「晴明、わざわざ迎えに来てくれて、ありがとう。
もう少し待っててくれるかしら」
そう言いながら、鷹子は葛粉を作るときに使ったのと同じ、目の細かい籠に麻を敷いたもので、温まった鍋の中の液体を濾させていた。
金属の大きな器にたっぷりと溜まる。
なんだかんだで興味津々な吉房が覗き込んできた。
「今回は量が多いな」
「結構な人に知れ渡っちゃいましたからね。
全員で一口ずつにしても、そこそこ量いるでしょう?」
そう言うと、吉房が鷹子をじっと見つめてくる。
な、なんですかっ、と思いながらも、一刻を争うので、鷹子は女房たちに小さめの金属の器に、その液体を匙で流し入れてもらうよう頼む。
「お前は女御であるぞ。
私の最愛の妃だ。
出来上がったプリンとやらを独り占めして食べても誰も恨まぬぞ」
「それじゃ美味しくないですよ。
みんなで、あっ、これ、上手くできたねっ。
次はこうしてみようね、とか言い合いながら食べるのが美味しいんじゃないですか」
「だが、前回もお前は一口しか食べていないのではないか?」
あんなに苦労したのに、と言ってくれる吉房の思いやりが嬉しく鷹子は笑って言った。
「おやさしいですね、帝は」
すると、吉房は何故か真っ赤になり、必死に否定する。
「そ、そのようなことはないっ。
そのようなことはないぞっ」
照れていろいろ言っている帝の前で、鷹子は幾つもの小さな器を見ながら唸る。
うーむ。
今ならまだ間に合うかもしれないんだが……。
カラメルを底に敷くのなら今だ。
カラメルを器に入れ、その上からプリン液を入れたのでは、混ざってしまう。
比重や表面張力の関係で、カラメルはプリン液で器を満たしたあと、そっと流し入れた方が混ざらないのだ。
「お前ばかりを寵愛すると左大臣に文句を言われても私は……っ」
「よーしっ、決めましたっ。
カラメルソースの濃度によっては上手くいかないこともあるみたいだから、今回はプリンを器から抜いてから、カラメルをかけることにしましょうっ」
失敗したくないですからねっ、と鷹子が言うと、一緒に作業をしている女房たちはカラの硯箱を用意しながら、そうですねっ、と頷く。
「……鷹子よ、私の話を聞いておるか?」
「聞いておりますともっ」
そう言いながら、鷹子は硯箱に女房たちが、そっとプリンの器を並べるのを息をつめて見つめていた。
「皆の者っ、私の話を聞いておるかっ?」
帝が話しかけているというのに、女房たちは硯箱を運ぶときに、こぼれてしまわないだろうかとそちらばかりに気を取られ、はい聞いておりますと機械的に頷いていた。
いつもは大好きな帝と女御の恋バナよりも、今は、初めて見る、いずれ、ぷるぷるしてくるだろう白い液体にみんな夢中だった。
「……なんでもいいから早くしてください」
早く来すぎたせいで、待たされている晴明が御簾の向こうから鷹子を急かしてきた。