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あやかし斎王  ~斎宮女御はお飾りの妃となって、おいしいものを食べて暮らしたい~  作者: 菱沼あゆ
第二章 姿なき中宮

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誰かが情報を流しているようだ


「そろそろ、プリンは作れそうですか」


 葛粉の完成を待つように晴明が現れた。


 ……誰かが情報を流してるんじゃないだろうなと鷹子は周囲を窺う。


 ひとりの可愛らしい女房が鷹子の視線から隠れるように逃げた。


 あいつがスパイか。


 まあ、スパイというより、晴明に話しかけるネタが欲しくて、つい言ってしまうのだろう。


 だが、今回ばかりは情報を流してくれてよかった、と鷹子は思っていた。


 ちょうど晴明と連絡をとりたいと思っていたところだったからだ。


「プリンっぽいものは、そろそろできそうです。

 でも、それを冷やし固める場所が必要なのです。


 晴明、あなたのところの怪しい洞穴で冷やしてはいただけませんか?」


「それは構わないですが。

 あそこはいろんな人間が入りますよ」


 いや、それは困る、と鷹子は思った。


 できるだけ、このとってもオーパーツなプリン・ア・ラ・モードのことは隠しておきたい。


 陰陽師たちはいろいろな有力者とつながりがある。


 左大臣の耳にプリンのことがうっかり入らないとも限らないし。


「私か帝からの預かりものということにして、ひっそりと、というわけにはいかないですか?」


 晴明は少し考えたあとで言ってきた。


「では、あなたご自身が見張ってらっしゃればいい」


 は? と鷹子は晴明を見返す。


「あなたは斎宮から都に戻られたばかりです。

 斎宮では仏教は禁じられていますが、陰陽道は禁じられていませんよね。


 斎宮で陰陽道の儀式をやる間に、陰陽道について詳しく学びたいと思うようになったので、視察したいとでも言えばいいではないですか」


 あなたが中宮でなかったことは幸いです、と晴明は言った。


「女御の立場の方が気軽に動ける」


 まあ、そうね、と鷹子が言うと、晴明は鷹子をじっと見つめる。


 晴明に情報を流しているらしいあの女房だったら、卒倒してるな、と思うような真剣なまなざしだった。


「……本当なら、あなたが中宮となられる立場でしょうにね」


「何故です?」


 そう訊いてみたが、晴明はその問いには答えなかった。


「では、良い日を選んでください、晴明。

 みなで陰陽寮に参るとしましょう」


 鷹子がそう言うと、何故か女房たちが、わっと喜ぶ。


「女御様っ。

 わたくし、お供としてついて参りますっ」


「なに言ってるのよ、此処は古参のわたしに決まってるでしょうっ」


 女房たちが揉めはじめた。


「……みんなそんなに陰陽道に興味があったの?」


 初めて知ったわ、とみんなの迫力に引き気味になってしまった鷹子に、命婦が口許に扇を当て、ひそっと言ってくる。


「彼女らは、陰陽寮に行けば、晴明殿のような神秘的な美形がたくさん居ると思っているのです」


 いや、そんな莫迦な……。


 陰陽寮の試験、顔で決まっているわけではないだろうに。


 だが、宮中の殿方とは、一味違う男性が居そうなのは確かだった。


 ま、私はプリンが冷やせそうな洞穴にしか興味はないんで。


 イケメンが居ようが居まいが、関係ないんだが。


 鷹子は晴明に段取りを説明しようとして、あることを思い出し、ふっと溜息をついた。


「本当は、プッチンしたかったんですけどね」


「……ぷっちん」

と晴明がその言葉を繰り返す。


「簡単に美しくプリンを型から外せる容器があるとよかったのですが」


 いろいろ考えてみたが、どれも上手く行きそうにはなかったので。


 プリンの縁をぐるりと一周匙で抑えるという普通のやり方で取り出してみることにしていた。


 ぷっちん……とまだ晴明は繰り返している。


 その響きの中に、彼の記憶を揺さぶるものがあるのかもしれないなと鷹子は思っていた。


 そんな鷹子たちからは見えない物陰で、女房たちは密かに虫拳(むしけん)をやっているようだった。


 虫拳とは、蛇拳(じゃけん)とも言う、ジャンケンのもとになったものだ。


 人差し指は蛇。


 親指はカエル。


 小指はなめくじ。


 蛇はカエルを食べる。


 カエルはなめくじを食べる。


 なめくじは蛇を溶かす、といった三すくみな感じで、勝敗が決まる。


「やりましたっ。

 私、連れてってくださいっ、女御様」


「負けましたっ。

 悔しいです、女御様っ」


 それぞれが訴えてくるので、はいはい、と鷹子はまだ残っていた飴をそれぞれに分け与え、気を散らして騒ぎを収めた。


『……本当なら、あなたが中宮となられる立場でしょうにね』


 そんな晴明の言葉が、自分も知らないなにかの意味を含んでいる気がして、彼が帰ったあとも、ずっと頭に残っていた。



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