晴明の夢
「お前は私より晴明と話す方が楽しそうだな」
晴明が帰ったあと、吉房にそう嫌味を言われた鷹子だったが、あっさり、
「はい」
と答える。
吉房は沈黙した。
「だって、なんだかんだで帝は帝でいらっしゃいますから、緊張しますしね」
「……お前は本当にハッキリ物を言う。
お前のせいで、私はさっきも今も帝の位を降りようかと思ったぞ」
そんな恐ろしいことを吉房は言ってきた。
「やめてください。
是頼に私が怒られます」
「お前は私より、是頼が怖いのか……」
「だって、誰よりも帝のことを考えてる人ですからね」
「……お前よりもか」
いちいち引っかかってきて、扱いづらいな~と鷹子は思っていた。
そのとき、耳元で声がした。
「あれを今、ねだったらよいのではないか?」
出てこなくていいときには出てくるなあ、と思いながら、鷹子はその声の指示に従う。
「あのー……」
「なんだ?」
「この間、なんでもくださるっておっしゃいましたよね?
帝には頼るまいと思っていたのですが」
「苦しゅうないぞ、なんでも頼れ」
頼りがいのあるところを見せようと吉房が胸を叩く。
「……実は、あの、お砂糖を少し分けていただきたいのですが」
「なんだ、そんなことか構わぬぞ。
貴重な舶来の品だが、お前のためならば、惜しくはない」
「ありがとうございます。
一から作ろうかとも思ったのですが……。
妻としての役目も果たしていないのに、願い事ばかりで申し訳ありません」
「果たしていないと思うのなら、今、果たせばよいではないか」
吉房は鷹子の手を握り言ってくる。
「待っておれ、女御よ。
今すぐ戻って、文を書いて届けさせるから」
「いや、そこからですか……」
呑気だな、この世界、と手を握られたまま鷹子は思っていた。
二日後、晴明のところに斎宮女御の使いを名乗る者が来た。
晴明が言われた通り彼女の許に顔を出すと、機嫌のいい鷹子が言ってくる。
「晴明、待っていましたよ。
危うく砂糖のために身を売るところでしたが。
なんとか逃れられました。
危ないところでした」
……いや、なにがどうなってそうなったのかわからないが。
相手が帝なら逃れる方が問題があると思うのだが……。
そう思う晴明に鷹子が言う。
「ついに先ほど完成したのです。
この……」
先日、鷹子が作った不思議な菓子を思い出しながら、晴明は陰陽道の対決でも緊張しないのに、身構える。
鷹子は高坏を命婦に持ってこさせた。
「キャンディが」
薄桃色の唐紙が敷かれた黒い高杯には、飾られた花と茶色く丸いものが何粒か載っていた。
「……プリン・ア・ラ・モードを作るんじゃなかったんですか」
「いや、とりあえず、考え事するのに簡単に口に入れられて、長く持つ甘い物が欲しいな~と思って」
そっちはこれから考えます、と言ったあと、鷹子は自分と、ついてきていた青龍にその丸い物を食べてみろと言う。
晴明は茶色く透明感のある、数珠の球のような物を見ながら呟いた。
「……青龍よ。
私になにかあったら、後のことは頼むと師匠に伝えてくれ」
「いや……、それ、ただの水飴と砂糖と水を煮て固めたものですからね」
色とか味とか、改良の余地ありですけどね、と鷹子は言った。
仕方なく、その丸い粒をつまみ、口に入れる。
やさしい甘味が舌の上で広がった。
「噛まないで舐めてくださいね。
いや~、火鉢に鍋をかけて煮詰めて練って畳んで伸ばして切って。
さすがに暑くなってきちゃって、大変でしたよ~。
……晴明?」
女御がそう問いかけたとき、青龍が感激して声を上げた。
「すごいですっ。
いつまでも舐めていられてますよ、これっ」
晴明は、その声に、ハッと正気に返る。
いつものように皮肉に笑って鷹子に言った。
「なにをやってらっしゃるんですか、貴女は、このようなところで」
いやいや、内緒で作ってるので、他の場所で作らせるわけにもいかないですからね、と鷹子は笑っている。
「次はちょっと細工を凝らしてみようかなと思ってるんですよ」
そう笑う鷹子に、だから、プリン・ア・ラ・モードはどうしたと執拗に思ってしまう。
その夜、晴明は夢を見た。
横長の銀の器に入ったたくさんの果物。
その真ん中には、固められた豆腐のようなものがあり、上だけが焦げたように茶色くなっていた。