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気がついたら異世界にいて、斎王になったかと思ったら、今度は帝の許に入内してました


 ときは桃安(とうあん)二年。

 のちの平郷(へいきょう)天皇の御世。


 今上天皇には、儚げで美しいと評判の中宮がいらしたが。

 入内されてのち、そのお姿を見たものは誰もいないという――。



 こういうのを風流って言うのかな、と思いながら、鷹子(たかこ)は庭の大きな人工の池を囲み、歌を詠む貴族たち眺めていた。


 空には煌々と白い光を放つ丸い月があるというのに、みなは水面(みなも)に映る月を眺め、必死に歌を詠もうとしている。


 いや~、そのまんま月を眺めればいいのになあ~。


 まあ、これがこの時代の風流ってやつなんだろうな。


 普通に女子高生をやっていたはずなのに、いつの間にかこの平安時代によく似た異世界へと飛んでいた鷹子は御簾越しに月を見ながらそう思う。


 美しい月をまったく見ずに、水面の月ばかり眺めている人々は多少滑稽ではあるが、(ぜい)()らした庭も、着飾った人々も申し分なく美しい。


 ……あれみたいだな。

 そう、国語便覧。


 カラーで写真が多いので、授業が退屈なときは、よく先へ先へと眺めていた。


 貴族のひとりが、宴に参加していない中宮の美しさを水面の月に例えて詠んだとき、側に居た命婦が憤懣(ふんまん)やるかたない、といった様子で言い出した。


「悔しいですわっ。

 この宮中で最も美しいのは中宮様じゃなくて、うちの斎宮女御様なのにっ」


 いや、どっちが美しいもなにも。

 誰も見たことないよね、中宮……、

と思いながら、鷹子は傍目(はため)には優雅に見える感じで扇で顔を(あお)いでいた。


 鷹子はこの間まで、伊勢斎宮で斎王をやっていたので、帝の許に入内してからも斎宮女御と呼ばれていた。


 誰も見たことのない中宮がもっとも美しい、か。


 そりゃそうだよね。

 妄想の翼はどこまでも広げられるもんね。


 特に中宮と張り合う気もない鷹子は、ぼんやりそんなことを考えていたが、うちの女御様が一番っ、と思っている命婦は激しく(いきどお)っていた。


 帝のご機嫌取りか、中宮寿子(ひさこ)の父である左大臣のご機嫌取りか。


 中宮ばかりをみなが褒めそやすからだ。


 この命婦はもともと鷹子の乳母で。


 鷹子が斎王に選ばれ、伊勢に下っていた折には共に斎宮まで(おもむ)き、支えてくれていた人物だ。


 なので、鷹子が都に戻り、入内して女御となってからも頭が上がらないのだ。


 斎王とは帝の名代として、伊勢に下り、神に祈りを捧げる女性。


 天皇の血筋の中から、亀卜(きぼく)という占いで選ばれる。


 ざっくり言うと、ウミガメの甲羅(こうら)に傷と熱を加え、できたヒビの形で神意を読み取る占いだ。


 占いで選ばれたものは、都から遠く離れた伊勢へと送られる。


 家族や友人とも引き離されて。


 ……亀は私になんの恨みがあるのだろうな、と選ばれたときには思ったものだが。


 都に帰ってきた今、ゆったりとしたいい時間を過ごせたなと亀には感謝している。


 いや、勝手に殺されて焼かれただけなんで、感謝されても困る、と亀は思っているかもしれないが。


 斎王は神に近づくため、禊を繰り返しながら、伊勢へと向かうが。


 その行程の中で、鷹子はどんどん前世の記憶らしきものを思い出していった。


 禊の中で、俗世の(けが)れを祓うように、斎王は衣を脱ぎ捨て、谷から落とす。


 その脱ぎ捨てた衣と一緒に鷹子の中の(かせ)が外れては落ち、過去の記憶を取り戻していったのかもしれない。


 女子高生だった記憶を取り戻した鷹子は、最初は平安時代にタイムスリップしたのかと思ったが。


 過去に生まれ変わるのも変だし。


 天皇や都の名前などが日本史で習ったものとは違うと気がついた。


 まるで、平安時代のような国の仕組みや文化ではあるが、ここはいわゆる、異世界のようだった。


 なんでこの世界に生まれ変わってるんだろうな~。

 世界史の教室で普通に授業受けてたはずなのに、と鷹子は首を捻る。


 そこのところはまだ思い出せずに居た。


 どうでもいいが、終わりそうにないんだが、この宴……。


 眠いな。

 斎宮に居たときは、早寝早起きだったからな。


 だが、あのときは早寝早起きを心がけさせていた命婦が、今は、すごい形相でこちらを見、なんで欠伸してるんですかっ、ちゃんと起きててくださいよっ、と顔に書いている。


「せっかくのお美しい顔がだいなしですっ。

 殿方たちは、いろんな隙間から、姫君たちのお姿を垣間見(かいまみ)ようとするもの。


 どんなときも気を抜いてはなりませんっ。

 女御様が一番お美しいということみなにお見せしなければっ」


 姿を見せぬ中宮に対抗するように、命婦は熱くなっていたが。


 実は口では中宮を褒め(たた)えながらも、みなの関心は鷹子に向いていた。




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