困った跡取り長男
領主長男(転生主人公の兄)視点です。
僕は理解が及ばず困っている。
色々あるが大体の元凶は妹だ。
僕は彼女が産まれた瞬間から今までずっと、まるで彼女を理解できないでいる。異常なまでの縦ロールと共に誕生したそれは今日も天才らしく僕には理解できない理論で動いている。
僕から見た妹の印象は実はそんなに悪くない。
文字は書けない読めないが、喋ると案外その年齢以上にまともな受け答えが帰ってくるし、彼女なりにこちらの気遣いや事情を汲んだやり取りができていると思う。ただし「教育」と名の付くもの全般に対してはダメだ。反抗的で怠惰で自由人といった印象しかない。
妹の教育に手こずり、揃ってノイローゼになった父母は何やら悩みすぎて吹っ切れたのか今は妹の教育は程ほどに、専ら領地経営に精を出している。実際に領地に赴き、組合を作ったり何だりと領民の目線に寄り添いながら意見を集め精力的になんやかんやしている。苦労した事の結果がそれなりにプラスの形で返ってくる事が涙が出るほど嬉しいらしい。
何にせよ両親と領民が健やかであるのは良い事だ。
しかし令嬢が読み書きまで出来ないのはまずい。
何か糸口がないか妹を観察していて気になったのが、彼女お気に入りのノートだ。読み書きをしない彼女なりに物事をイラストで管理しているのだと単純に思っていたが、必ず添えられる帯状の模様をよくよく観察すると似たような形の線の集合体が一定の法則と規則性を持って登場している。まさかと思いつつも専門家に意見を求めた結果、やはりこの国や周辺諸国の公用語とは文字も文法も異なる複雑に進化した形式言語である可能性が出てきた。
どうやら妹は読み書きの勉学を拒否するあまり彼女独自の文字と言語を編み出し使用しているらしい。正直その執念はちょっと気持ち悪いと感じた。やはり無駄に天才ではあるのだろうが理解できない。ひとまず妹のその信念が苛烈で情熱的で強烈であるという事は理解した。
ならばと遊びながら領地経営や地理が学べるボードゲームなんて物も作ってみた。これは妹の興味を引けたようで、ただ遊ぶだけではなく更に「参加者間である程度の操作ができる様な宗教的要素による理不尽さや気紛れな救いの要素」を盛り込むのはどうかといった提案が出るなどゲームの仕組みやルール作りについて大いに盛り上り、僕は手応えのようなものを感じていた。妹は全く何もかもに怠惰な人間ではない、興味さえ引けばそれなりの成果がある。彼女を理解できないなりにも、こうしたやり取りを通じて妹を変えていけると、その時は思い上がっていた。
恐ろしいのはここからだ。
妹の何気ない「皆で出来たら盛り上がるよね!」との言葉から改良したボードゲームを若い貴族の集まるサロンに持ち込むと、多人数で興じることの出来るその社交性と教育的効果から広く好意的に貴族社会に迎えられた。しかし最初こそ穏やかに其々の戦略を楽しんでいた筈だったが、そのうちゲームの進行によって殴り合いに発展する事がそこかしこで頻発する事態となり、瞬く間に家同士の派閥争いにまで影響を及ぼしはじめた。
そこに来てやっと僕は妹の提案によって盛り込まれた「宗教的要素」による人間同士の信頼すら一瞬にして狂わせるようなスリリングなゲーム性と悪魔的な中毒性の危険に気が付いた。
どうも単純なゲームの結果云々以上に、そこに至る戦略過程によって負の人間性が炙り出され、ゲームを離れた後も疑心や不信感が尾を引いてしまうらしい。僕が自分の派閥内のいざこざを諌めてルール見直しに奔走している間にも、多くの派閥が互いの信頼関係に修復できない溝を残しながら次々と瓦解していった。
誓って言うがこんな事は意図していなかった。
しかしここまで事態を予測も出来ず、その後のコントロールも十分に出来なかった自分が不甲斐ない。もしもこれを最近識字率の上がって来ている領民に、不用意にも配布していたらどうなっていたか考えたくもない。次期当主、筆頭貴族の跡取りとして致命的な判断ミスであった。
この事態を前に「わかる!そうゆうのあるよね!」と笑顔で軽く返す妹が本当にどこまでわかっているのかすら、もはや僕には判断がつかないが、意図的であればだいぶ倫理観が狂っている。
今回の事態によって、僕は己が優秀で冷静であるとの思い上がりと未熟さを自覚すると同時に強く反省した。と同時に妹はそこまで邪悪ではないはずだと僕は信じる事にした。妹の考えは理解しきれないのだから疑うのは無駄だ。過剰な不信感に操られた要らぬ争いの馬鹿馬鹿しさは嫌と言うほど学んだのだ。
僕は理解を放棄し、諦めと共にため息をついた。
また続きます。
↓↓良かったら評価とブックマークをくださると励みになります。宜しくお願いいたします。↓↓