太郎化計画
むかしむかし、桃太郎と金太郎が産まれるよりも、もっとむかし。
山と海に囲まれた村で、村長とお医者さんが秘密の話をしていました。
「この前の竜巻で、たくさんの家がこわれました」
「大波で、船もたくさんこわれました」
村長とお医者さんは、困っていました。
「あなたの作るお薬で、人間を強くできませんか?」
村長は言いました。
村長はこれまで何回も、お医者さんにこのお願いをしていました。村長は強い人間の力で、竜巻を消そうと考えていたのです。
村長は自分の考えを、「太郎化計画」と呼んでいました。
もともと「たろう」は、「最初に生まれた男の子」に付けられる名前です。だから「たろう」という名前には、強い男の子という感じがするのです。
「難しいですが、やってみましょう」
お医者さんは、ついに村長のお願いをうけました。
村の南西に、「足柄山」という名前の山がありました。そこには薬のもとになる草花が、たくさん生えていました。
村長とお医者さんは、その山に向かいました。お医者さんの弟子たちもふたりについてきました。お医者さんはむかし、都のえらい人で、弟子がたくさんいました。
お医者さんは山に着くと、弟子たちに小屋をつくらせました。
「薬作りを始めてください」
村長はお医者さんに言いました。
「分かりました」
お医者さんは集めた薬草をつぶし、じゅ文をとなえました。
地面には丸や四角や三角の模様ができて、お札がその上を飛びまわります。
「できました。でもこの薬を飲んでみないと、強くなれるかどうか分かりません」
お医者さんはそう言って、薬を飲もうとします。
「それは危険です。わたしがその薬を飲みます」
弟子のひとりが、その薬を飲みました。
「うおー!」
弟子はうなりました。そして弟子は近くにあった大きな木を、ひとりで折りました。
「成功した!」
村長は喜びます。
しかし弟子の体が、変になりました。弟子のはだは青くなって、頭に角が生えてきました。そして弟子は、自分の名前が分からないようになりました。弟子は鬼になってしまったのです。
「あきらめないで、続けましょう」
村長は、お医者さんをはげまします。お医者さんは、別のじゅ文をとなえて新しい薬を作りました。
次の弟子は、はだが赤くなりました。
お医者さんは、また別の新しい薬を作ります。
その次の弟子は、角が一本だけ生えました。
お医者さんは、また別の新しい薬を作ります。
村長とお医者さんはあきらめずに、何回もためしました。
そしてとうとう弟子はいなくなり、あとは村長だけになりました。
「きっと成功します」
村長はそう言って、新しい薬を飲みます。
「わたしの体の中から、力がわいてくる!」
村長はそう言って、近くの大きな木をたおしました。
「わたしの名前は、浦島太郎だ!」
村長は自分の名前を忘れませんでした。
「ついに成功した!」
村長は喜びます。でもお医者さんは首を横にふりました。
「あなたの手を見てください」
村長はお医者さんに言われて、自分の手を見ます。その手はしわだらけになっていました。村長はあっという間に老人になってしまいました。
「すみません」
お医者さんは、あやまります。
「わたしのせいです。わたしは村を心配するあまり、玉手箱を開けてしまったのかもしれません」
村長は言いました。
玉手箱は、女の人のおけしょう道具を入れる箱です。男の人が開けると、ばつを受ける箱なのです。
お医者さんはまた新しい薬を作ろうとしましたが、村長に止められました。
「村にはあなたが必要です。わたしは鬼たちを連れて、鬼ヶ島に行きます」
「あなただけでは無理です。わたしも島までお供します」
村長とお医者さんは、鬼になった弟子たちを連れて、海に向かいました。
みんなが砂はまに着くと、村長がカメを見つけました。
「かわいそうに、このカメは大けがをしています」
「カメはとても長生きです。カメはあの薬を飲んでも平気でしょう」
お医者さんは、カメに薬を飲ませます。
するとカメのけがはすぐに治り、体が大きくなりました。年を取ったせいか、頭は竜のようになりました。
カメは、村長とお医者さんをなめます。
「村長、このカメはわたしたちに感謝しているようです」
お医者さんがそう言うと、カメはうなずきました。
「そのようですね。このカメに乗って、鬼ヶ島に行きましょう」
村長がそう言うと、カメは海の方向に向きを変えました。まるでカメはふたりの言葉が分かるみたいです。
こうして村長とお医者さんと鬼たちは、カメに乗って海をわたりました。
鬼ヶ島に着いた村長とお医者さんは、まずは家づくりを始めました。島にはだれもいません。鬼たちもふたりを手伝います。鬼たちは、村長とお医者さんの言うことは分かりました。
しばらくして、お医者さんは家づくりをやめて、海で魚をつることにしました。お医者さんは、工作が下手なのです。
「だれでも、得意なことと苦手なことはありますよ」
村長は、お医者さんをなぐさめました。
お医者さんがタイやヒラメをつってもどってくると、そこには城のような家ができていました。鬼たちは力が強いので、石の大きな家をつくることができました。
村長と鬼たちは、新しい立派な家に喜んでいました。はじめて家に住むカメも、大喜びです。
竜のような頭になったカメの喜ぶようすを見て、お医者さんは言いました。
「この家の名前は『竜宮城』にしましょう。竜が住む城という意味です」
みんな、それに賛成しました。
家が完成したので、次は魚を食べることになりました。
するとカメは卵を産んで、村長とお医者さんに差し出しました。カメの恩返しです。
お医者さんは卵をゆで卵にして、お医者さんと食べました。するとふたりは、声が聞こえてきました。
「わたしの卵はおいしいですか?」
ふたりは、おどろきました。ふたりとも、カメの言葉が分かるようになったのです。
「村長、これは大発見です」
「あなたの薬とカメの生命力が混ざったことで、新たな薬ができたのですね」
ふたりに希望が見えてきました。
お医者さんは、島にのこる村長のために、カメの卵で新しい薬を作りました。
村長が助けたカメは、カメたちの長のむすめで「乙姫」という名前でした。たくさんのカメが乙姫を助けたお礼にと、お医者さんの薬を飲んで卵を産みました。
「村長、困ったときにはこの薬を飲んでください。わたしはこの薬を『竜仙丸』と名付けます」
「ありがとうございます。「竜」はカメ、「仙」は仙人、「丸」は薬ですね。仙人は、わたしですか?」
「はい、そうです。わたしは村に帰って『太郎化計画』を続けようと思います」
「分かりました。無理はしないでください」
そうしてお医者さんは村長と鬼たちと別れて、村にもどりました。
お医者さんは山に通って、カメの卵といろいろな薬草を混ぜて、薬を作りました。そしてお医者さんは、山の動物たちに新しい薬を飲ませました。
失敗や成功をくり返しているうちに、お医者さんは年を取っておじいさんになりました。
「やっと、分かった」
ある日、おじいさんは薬の秘密を解きました。その薬は、大人の動物ではなく、子どもの動物なら、悪いことが起こらないのです。
そこでおじいさんは、熊の赤ちゃんに薬を飲ませました。熊の赤ちゃんは、強くてかしこい熊になりました。
次に、おじいさんはキジのひなに薬を飲ませました。キジのひなは、強くてかしこいキジになりました。
そのころ、鬼たちが村に来て、人をさらうようになりました。
「時間がない」
鬼ヶ島にいる村長の元気がなくなったと、おじいさんは思いました。村長が鬼たちを止められなくなったと、おじいさんは考えました。
そこでついにおじいさんは、ふたりの人間の赤ちゃんに薬を飲ませました。この赤ちゃんたちは、竜巻のせいで親が居なくなっていました。
ところが赤ちゃんのひとりは力が強くなりすぎて、人間では育てるのが難しくなりました。
おじいさんは熊にお願いすることにしました。
「この赤ちゃんを育ててください」
「分かりました。この赤ちゃんの名前は、なんですか?」
おじいさんはじゅ文をとなえ、五つの魔法の玉を作ります。それには「火」、「水」、「木」、「金」、「土」と書かれていました。この五つは、じゅ文の基本の型でした。
「好きな玉を選んでください」
熊は「金」の玉を選びました。こうして赤ちゃんの名前は「金太郎」になりました。
次におじいさんは、木で小ぶねをつくりました。もうひとりの赤ちゃんを川に流して、おばあさんに拾ってもらうためです。赤ちゃんの力が強いので、おじいさんが遠くの自分の家まで連れていくと、けがをしそうでした。
そうしておじいさんは、小ぶねに赤ちゃんを乗せて、川に流しました。おじいさんは工作が苦手なので、小ぶねは桃のような形になっていました。
おじいさんは山の小屋では熊とともに、金太郎を育てました。
おじいさんは自分の家ではおばあさんとともに、桃太郎を育てました。
鬼を追いはらう仲間を増やすために、おじいさんはサルの赤ちゃんと犬の赤ちゃんに、薬を飲ませました。
金太郎も、桃太郎も、強い子どもになりました。
熊も、キジも、サルも、犬も、強い動物になりました。
ある日おじいさんは、熊とキジとサルと犬を集めて、言いました。
「近いうちに、わたしはお昼の空に花火をあげます。そしたらみんなは、村につながる道に行ってください」
「どうしてですか?」
おじいさんが話をすると、サルが聞きました。
「その道を、きび団子を持った子どもが歩きます。名前は桃太郎です。みんなには桃太郎とともに鬼を追いはらってほしいのです」
「分かりました」と犬が答えました。
「金太郎はどうするのですか?」
熊は、おじいさんに聞きました。
「あなたは、この山の頂上で待つことにしましょう。そうすれば金太郎は気づいて、ともについて行くでしょう」
「分かりました。桃太郎はわたしに気づくでしょうか?」
おじいさんが答えると、熊がまた聞きました。
「わたしが、あなたを見つけます」
おじいさんのかわりに、キジが熊に答えました。
そしてその日は、やって来ました。
桃太郎が出発します。
おじいさんは、魔法で花火を打ち上げました。
サルは森で桃太郎に近づき、仲間になりました。
犬は野原で桃太郎に近づき、仲間になりました。
キジは田んぼで桃太郎に近づき、仲間になりました。
熊は山の頂上で待ってキジに見つけてもらい、桃太郎の仲間になりました。
金太郎も熊に気づき、桃太郎の仲間になりました。
桃太郎と金太郎は、おじいさんの考え通りに、鬼たちを追いはらいました。
桃太郎と金太郎は、おじいさんの考えをこえて、村長と鬼たちを連れもどってきました。
そしてついに、桃太郎と金太郎は、おじいさんと村長の願いをかなえて、竜巻を消しました。
もう村人たちは、竜巻に困りません。
でも、おじいさんは村長を助けられませんでした。そのかわりに、薬の工夫を続けると約束しました。
おじいさんは長い時間をかけて努力をして、鬼たちを人間にもどしました。
すべてが終わり、おじいさんは村長のお墓に話しかけます。
「確かにあなたは、玉手箱を開けたのかもしれません。でもその中には、村の明るい未来が入っていました」
おじいさんの話も伝説になり、内容を変えながら、たくさんの人々に語りつがれました。
そうそう、おじいさんの名前は、安倍晴明といいます。
おしまい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次話は後書きになります。物語の続きではなく、本作の執筆を振り返る内容です。「国際日本語」についても、言及しています。
興味のある方は、ご覧いただけると幸いです。