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当て馬制度に物申す(後編)

前後編連続投稿です

 崖の上は真っ暗な森だった。太古の生物が守る忘れられた魔法の宝が眠っている。

 木々に囲まれた巨大な湖は、穏やかな揺らめきを見せていた。底まで見える程ではないが、泳げるくらいには澄んでいる。


 その森を背景に、ヴァッサージンガー邸が武骨な石の外壁を見せている。魔法が満ちた建物は、眼下に岩礁を睨む。

 砕ける波は、もうすぐ夏だというのに、冷たく暗い趣を見せていた。



 森から流れる川の畔に、ヴァッサージンガーガウの可愛らしい家々が見える。木製の梁を外に出す特殊な工法が、ヴァッサージンガーをお伽噺の世界に見せている。


 川は、村のある平地を走り、冷たい海へと注ぐ。

 河口では、村人が川魚を釣る姿がちらほらみえた。きっと、昼食に間に合わず、はらはらしているのだろう。



 ヴァッサージンガーの領地は、魔法で守られたヴァッサージンガーガウ周辺以外は、荒れ地である。奇妙に捻れた灰色の樹が、所々で裸の腕をくねらせている。

 空からそうした風景を眺めつつ、ヒルデガルドはヴァッサージンガー領を後にした。


 隣の領地との境界には、魔法の壁が立つ。害意有るものは、本来ここで弾かれる。

 領内に入ったとき、兄エドムントと勇者一行は、ヴァッサージンガーへの敵意は持たなかった。

 しかし、その本意は、ヴァッサージンガーどころか、この世に仇なす禁忌の力を強める事にあったのだ。



 追いかける背中は、嘗て暖かく見送った長兄エドムント・ハインリヒ・フォン・ヴァッサージンガーのもの。彼に魔法の才能は無かった。だが、皆と変わりなくヴァッサージンガーの古い土地を愛していた兄だ。


 かの兄は、この地の魔法を誇りに思い、古い時代が息づく秘境を大切に守りたいと願っていた。生きる道を求めて、首都ブラウエライターへと移りはしたが、生まれた土地を見捨てたりはしない。都会からエドムントが送る便りは、遠い昔の魔法が漂う故郷に、現代の香りを届けてくれた。

 良い意味での共生を実現してくれる兄だった。



 ヴァッサージンガーの境界を越えたところに、4人の人影が見えてきた。どうやら、父の魔法で害意ありと判断されて弾き出された場所に留まっているらしい。

 まだ諦めていないのか。

 だとすれば、兄は責められてやしないだろうか。

 ヒルデガルドは、不安になりながら高度を下げて行く。



 境界を越えてすぐは、まだ枯れ木や石の目立つ荒れ地だ。晩春の陽射しは暖かだが、日暮れともなれば冷えてくる。野宿は厳しいのだ。早く移動したほうが良い。

 今から急げば、隣村まで何とか辿り着くだろう。


 旅人なのだから、携行食くらいは持参しているに違いない。食事の心配は無さそうだが。

 兄のみならず、ヴァッサージンガーにとって忌避すべき『魔物狩』達であったとしても、自領付近で凍死されるのは、すこぶる後味が悪い。



 地上の声を風が運ぶ。


「お父上のお気持ちも解るが、今は、世界のために新しい考えを受け入れて欲しい」


 金髪碧眼の堂々とした好青年が、柔らかな口調で話す。


「頭堅いのねっ」


 スレンダーな高身長に銀髪を腰まで伸ばした紫眼の美女が、ハスキーな声で叫ぶ。


「ご決断を、お願い出来ないかな」


 小柄で可愛らしい栗毛の少女は、澄んだソプラノでゆったりと言葉を紡ぐ。


「そうだね。何とか魔法の壁を越えてみるよ」


 兄の優しげな声が、栗毛の少女に向けられた。



 その途端、ヒルデガルドの背筋に悪寒が走る。


(えっ、何これ?)


 空を駆ける少女の脳裏には、突然に大量の記憶が流れ込んだ。さながら物語劇を見るように。1人の女性が別の世界で生きた記録だ。

 太古の魔法が眠るヴァッサージンガーにその血を繋ぐヒルデガルドには、流れ込んできた記憶が前世なのだと想像がついた。

 そして、3人の会話を聞いて、悪寒の正体に気づく。



(現実ではない、遊び(ゲーム)の世界。あの3人が主人公だ)


 金髪が主人公、銀髪がその姉、茶髪が途中合流のヒロインである。では、今共にいる兄は、どういう立ち位置か。


 困ったことに、転生先のゲーム世界で、兄が当て馬だった。

 しかも、恋愛物ではなく、架空歴史物。兄は、序盤の気のいい仲間で、中盤初期にヒロインをかばって死んでしまう。

 兄は、それなりに脇役好きからの人気があった。


 当て馬が命を落とす展開は、悲劇を盛り上げるのには良いのだろうけれど。仲間の死を乗り越えるという展開だ。

 歴史物だから、華々しく、もしくは地味に散って行く人物も必要だ。歴史の陰に悲恋があれば、ユーザーは盛り上がる。



 だが、ヒルデガルドにとっては今生の兄である。しかも、兄がおかしくなるまでは、けっこう仲が良かった。兄の様子を見る限り、既にヒロインに惚れてしまっている。


 『魔物狩』の恐ろしい魔力に魅入られただけでも無さそうだ。

 強い女が尊ばれるヴァッサージンガーには、兄は合わなかったのかも知れない。

 ずっと、可愛らしいソプラノの少女を、求めていたに違いない。


(どうしよう。このままでは、死んでしまう)



 ヒルデガルドは、地上に降りながら、必死に解決策を考えた。

 ヒロインは、ゲーム上の性格が悪い子ではない。でも、兄は、死を乗り越えられてしまうだけの存在だ。

 例え虐げられた訳ではなくとも、家族としては、やりきれない。


 まして、目の前に現れたヒロインを含めた主人公3人組は、禁忌の存在『魔物狩』である。


(待って。あいつら、太古の魔法で世界渡りの禁忌を犯したのかも)


 ヴァッサージンガーの魔法で、世界間の均衡を保つために、ヒルデガルドが入れ替りで転生してきた可能性はある。


 世界渡りをした3人が、あちらの世界でゲームを作ったのだとしたら。エドムントは、死を乗り越えられる当て馬どころではない。兄を利用し、死に追いやり、更にその死で物語を盛り上げたのだ。



(思い出さなきゃ。ゲームでエド兄様が死んだのはいつ、どうして?)


 序盤で重要な装備や魔法を手に入れた時だ。

 おそらくは、ヴァッサージンガーの森で。


(あいつら、どうやって壁を越えたの?)


 見れば、兄が少ない魔力を集めている。

 許されない者が無理矢理壁を開けば、魂に大きな傷を負う。そのままヴァッサージンガーの魔力に満ちた森に入れば、生命力も奪われる。

 まして、太古の魔法を護る強大な魔物に挑むなど、言語道断だ。

 心も体も粉々に砕け散ってしまう。



「ダメっ兄様!命に関わるわ!」


 ヒルデガルドは加速して、兄に飛び付く。

 体術の才能も無いエドムントは、ヒルデガルドに引き倒される形になった。


「なんだ、君は!」

「敵か」

「エディ君っ」


 3人の禍々しい魔力が膨れ上がる。

 ここは、領地の外側だ。

 守護者の力も幾分落ちる。ましてヒルデガルドは、まだ次期守護者に過ぎない。

 兄を庇いつつ立ち上がる少女の額に、たらりと冷や汗が流れる。


「何するんだ、ヒルダ」


 兄は怒りをぶつけてきた。以前の兄には考えられなかった行動である。


 ヒルデガルドは、ふっと息を吐く。

 吐ききった後に自然と吸い込まれるのは、家族が纏わせてくれた魔法の力。

 琥珀の瞳が爛々と燃え立つ。



「貴様、魔物か」


 金髪がすらりと剣を抜く。

 少女達も身構えた。



「エドムント・ハインリヒ・フォン・ヴァッサージンガー」


 魔力を乗せた厳かな声音が、ヒルデガルドの口から響く。

 兄は、びくりと肩をすくませた。


()が名は気高きヴァッサージンガー」


 燃え立つ瞳が、エドムントの両目を射抜く。


「ヴァッサージンガーが長子、エドムント」


 渦巻く魔力に、禁忌の3人も動けない。


「その使命を思い出せ」


 ヒルデガルドには、血の解放を行う力は無い。しかし、兄を想う気持ちを籠めて、必死に語りかけるのだった。


「ヒルデガルド……?」


 兄の瞳から怒りが消えた。


「兄様っ!」


 ヒルデガルドは、急いで兄を抱き抱え、一目散にヴァッサージンガー邸へと飛び去った。

 取り残された3人組は、ポカンと空を見上げている。



「エド兄様、お帰り」


 エドムントの穏やかな表情を見て、アルブレヒトが声をかける。


「うん」


 エドムントは、まだどこか上の空だ。


「無事で良かった」


 父も、ほっとしたようだ。


「父様も、いきなり追い出すこと無いのにねえ」


 母が苦笑する。


「いや、あの時のエドムントは、ヴァッサージンガーへの明確な害意を放っていた」


 それは、血族とはいえ許されない事なのだ。



 家族の挨拶が一段落するのを待って、ヒルデガルドは、家族に状況を説明する。

 ヴァッサージンガーは、古い魔法の土地を護る一族である。ヒルデガルドの話を荒唐無稽とは思わなかった。


「放置するわけにはいかないな」


 父とアルブレヒト兄は、昼食も早々に、特別な部屋に引きこもった。ヴァッサージンガーの守りを固める為である。

『魔物狩』の横行をどうしたら良いかは、その後話し合うと言い置いて、2人は食堂を後にする。



「そもそも、可憐で優しい乙女が、魔物の力を得ようとは、思わないよなあ」


 エドムントは、恥ずかしそうに呟いた。


「仕方ないわ、『魔物狩』は狡猾だもの」

「魔法の修行もまた始めるよ」

「そうね。ヴァッサージンガーは、狙われるもの」


 食堂に残された3人は、気を引き締めて頷き交わす。


「さっ、食べましょ!お父様達は、後でしっかり召し上がるわよ。何と言っても、体が資本よ!」


 母の明るい声に、子供達もフォークを手に取った。

最後までお読みくださりありがとうございます

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