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当て馬制度に物申す(前編)

前後編連続投稿です

 粗い麻の服を着た亜麻色の髪の少女が、川辺の叢を走る。腰を落とし、地面を蹴れば、浅く抉れた土塊(つちくれ)が跳ね飛ぶ。

 バッタやトンボは、驚いて四方に逃げて行く。草の実を啄んでいた小鳥たちも、我先に空へ逃れる。


 待ち構える同じ髪色の大柄な少年は、だらりと降ろした棒切れを手に、一見ぼんやり立っている。

 2人の髪は、艶もなくボサボサだ。薄汚れた手足を、素朴な衣服からにょきりと細く出していた。



 声無き息を鋭く吐き出し、少女は琥珀の瞳を強く光らせる。草の葉が無数に千切れて空を舞う。

 少年が僅かに(たい)を捻る。流れるような優雅さで、降ろした棒切れを振り上げる。


 小気味良い音を立てて、少女の打ち込む棒切れが弾かれた。

 同時に、少女は斜めに跳躍し、空中で振り向き様に、足の側面を少年の頚筋に当てようとする。

 その足首が、骨張った大きな手に捕まれる。


「参った」


 逆さに吊るされ、ギロリと緑色の瞳に睨まれて、少女は呆気なく降参する。


兄様(にいさま)、降ろして下さい」

「うむ」


 兄は、くるりと妹を回すと、地面に立たせた。


「得物を取られてからが相変わらず甘いな」

「はい」

「よし、今日はこれまで」

「そろそろご飯ですね」

「うむ」

「今日は、大兄様のご帰宅だから、お御馳走よ!」

「あっこら、待て」


 妹は、1つに束ねたそそけた髪を背中に弾ませて、一目散に駆け出した。




 兄妹が駆け込んだ邸宅は、崖の上に建っていた。海風に強い加工が施された、魔法の館である。

 館の主が許可した者しか入ることが出来ない。それどころか、たとえ許可されていても、一度(ひとたび)害意を(いだ)けば、入館は許されない。魔法で阻まれてしまう。


 外界からの客人はどうするのかと言うと、一旦待機してもらう。崖下の平地にこの領地唯一の村がある。村の名前は、ヴァッサージンガーガウ。そこに、村祭や村議会を行う寄合会館が用意されているのだ。1階が会議室やホール、そして食堂。2階は宿泊施設だ。


 長兄が連れてくるという勇者一行は、そこに泊まる。館の主である父とは、面識が無いからだ。実際に会って、館に迎えるかどうかを領主が判断する。そうして、ここヴァッサージンガーの領地は守られて来た。



 昼食の席に家族が集まった。3年ぶりに戻った長兄を含め、久しぶりの一家水入らずだ。真面目で優しい長子エドムント・ハインリヒ・フォン・ヴァッサージンガーには、魔法の才能が無かった。

 ヴァッサージンガー領は、領主館を始めとして、あらゆる場所に魔法が活用されている。


 魔法には、気力と体力が必要だ。エドムントは子供の頃、真面目に鍛練したのだが、あまり成果が出なかった。

 コツコツ努力する性質(たち)なので、平均以上の技術は身につけたのだが。



 一方、2つ年下の次兄アルブレヒト・ハインリヒ・フォン・ヴァッサージンガーは、溢れんばかりの魔法使いとしての才能と、人を惹き付けるリーダーシップがあった。

 末子の娘、ヒルデガルド・ゲルダ・フォン・ヴァッサージンガーも、目を見張るまでの魔法適正を示す。


 リーダーシップを買われて、跡継ぎは早々に次男アルブレヒトに決定した。魔法の才能から、ヒルデガルドは、ヴァッサージンガーの次代守護者に選ばれた。

 守護者とは、ヴァッサージンガー独特の役職である。いわば、魔法関連の統括者だ。


 2人とも、成人前の選出だった。ヴァッサージンガーがまだモルゲンゲラウシェ国領に併合されるより前から数えても、数人しか居ない早期決定した後継者である。



 長兄は、モルゲンゲラウシェ国首都ブラウエライターで、商人修行をしている。真面目に勤めていたのだが、先日、突然帰郷の報せを寄越した。

 曰く、勇者一行を案内する。


 勇者とは、勇敢なる者の俗称である。旅の武芸者と言っても良い。一行とだけ手紙には書かれており、何名来るのか解らない。長兄エドムントは、そういう抜けたところがある男だ。商人としても、いささか不安が残る人物である。


 人数が解らないので、歓迎の準備はしていない。とりあえずは、ヴァッサージンガーガウの寄合会館と呼ばれる集会所に泊まってもらう。昼食は、会館の食堂で賄えるだろう。



「それで、エド兄様、何で勇者一行とやらを連れてきたの」


 ヒルデガルドが不思議そうに問えば、エドムントは呑気に答える。


「お店のお得意さんが、勇者一行を紹介してくれてさ」

「ふうん」

「俺がヴァッサージンガーだって解ったら、是非修行に来たいって言うから」

「で、何人が何しに来た」


 アルブレヒトは、あからさまな警戒心を剥き出しにして問いただす。


「3人だよ。修行に来た」

「具体的には?何しに?」

「そこまでは」

「兄様」


 不用心なエドムントに、アルブレヒトは苛立つ。


「ヴァッサージンガーは、古い魔法の土地だ」

「知ってるよ」

「余所から修行に来るようなとこじゃない」

「なんで?」

「エドムント」


 きょとんとする長兄に、当主でもある父ハインリヒ・ジークフリート・フォン・ヴァッサージンガーが厳しい声を投げ掛ける。


「お前は、一体どうしたのだ」

「何のお話ですか?父様」

「友人を迎えるのとは訳が違うのだぞ」

「確かに、友人じゃないけど、道中仲良くなりましたよ」

「何を言ってるの?大丈夫?」



 ヴァッサージンガーの地には、偉大な古代種や、古い魔法の宝がそこかしこに現存している。訪れる人間は、商人でさえも滅多な人を入れられない土地なのだ。


 代々の知り合い、街に出た村人の新たな親族、信頼出来る友達が、村まで遊びに来ることはある。そうした人々でさえも、崖の上に建つ館には、容易く入れない。村以外の場所にも、立ち入りが許される事は滅多にない。



「大丈夫だよ。ヒルダこそ何?みんなに失礼だよね」


 一家は、変わってしまった長男に、恐れの眼を向けた。


「なんですか?」


 兄は、剣呑な表情を見せる。

 以前には無かったことだ。勇者とやらの影響だろうか。


「俺は、役に立てないから、せめて修行の場所を提供したいんだ」

「役に立つ?」


 家族には、最早エドムントが、話の通じない異質な生物に感じられた。


「俺は、しがない店員だからね。目利きもたいして出来ないし、聖剣や魔法の薬を手配することも無理だ」

「聖剣だって??」


 父の声が、冷たく尖る。


「まさか、お前」

「何です」

「『魔物狩』を連れてきたのか」



 魔物狩とは、文字通り魔なる物を狩る人々だ。魔なる物を狩り、その力を我が物とする。ヴァッサージンガーのような古い魔法使い達にとっては、禁忌を犯すならず者だ。


「ブラウエライターじゃ、『破滅の魔王』を倒すのは、勇者ラウール達にしか出来ないって噂です」

「破滅の魔王?何だそれは」

「悪意の塊が人格を持ち、南方から徐々に悪意と破滅を広げてるんですよ。ご存知ないんですか?」

「戯れ言よっ!」


 ヒルデガルドが叫ぶ。


「そんな巨大な悪意が出現したなら、ジンガーゼーが真っ黒に濁るはず」


 ジンガーゼーは、世界の混沌を映す湖である。混沌や悪意の度合いによって、水の透明度が変わるのだ。かつて大戦争が起きたとき、夜のように暗く濁ったという。



「迷信より、現実を見てよ。世界は危機に瀕してるんだ。『天啓の勇者』も『光の巫女』も『祓魔の舞い手』も、まだ目覚めたばかり。修行と強力な武器や防具が必要なんだ」


 エドムントが、熱を帯びた演説をする。

 父の冷気が座を走り、長兄は村にいた勇者一行と共に、魔法で領地から放り出されてしまった。



「目を醒ますといいんだが」

「父様。様子を見てきます」

「ヒルダ、気を付けるのよ」


 母ゲルダ・マルゲリータ・フォン・ヴァッサージンガーは、不安そうだ。


「『魔物狩』は狡猾だ。お前も呑まれるなよ」


 父が念を押す。


「用心致します。次期守護者の名に懸けて」


 キリリと唇を引き結び、ヒルデガルドは、兄の心を取り戻しに旅立つ。

 暖かな晩春の陽射しの中で、父、母、次兄の魔法が、優しく末子を包む。ヒルデガルドは、必ずエドムントの目を醒まさせると誓って、魔法の風に飛び乗った。



ヴァッサージンガーの古い習慣で、男性は、父の名前をミドルネームにつける。女子は母の名を継ぐ。その魔法の力を受け継ぐ為だ。名前には、魔力が宿るとされている。


 当然、不出来な長子にも、父の魔力は受け継がれた。だから、たとえ強力な別の魔力に呑まれたとしても、その血を呼び覚ますことが出来る筈だ。


 名前の秘密とその解放手順は、守護者にのみ伝えられてゆく。ヒルデガルドは、まだ受け継いでおらず、残念ながら血の解放迄はできない。


 だが、魔力を込めて名を呼べば、名前の魔力が目覚めるだろう。

 それを望みとして、ヒルデガルドは、かつては優しかった長兄の元へ急ぐ。


魔法の風に乗って、ヒルデガルド・ゲルダ・フォン・ヴァッサージンガーは空をゆく。晩春の昼下がり、新芽の爽やかな香りを浴びながら。背中で束ねた日焼けした亜麻色の髪が、そよそよと靡いている。


 昼食で着替えたドレスから、再び薄汚れた稽古着になっている。スカートではないが、厚手のややゆったりした袖口や裾が、バタバタと堅い音を立てて手足を打つ。

お読みくださりありがとうございます

後編もよろしくお願い致します


Edmundの仮名表記は、有名哲学者の日本語表記に於ける慣例に従いました

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