38.1℃
「りんちゃん?起きてる?」
コンコンと控えめなノックと恵美子の声に九十九は少しずつ覚醒した。
「………お母さん……?」
「あ、起きた?……ごめんね。いつもは起きてる時間だったから不安になって……今日はお弁当を作らない日?」
恵美子の言葉に少し驚き、九十九は目覚まし時計を確認する。セットした時間より20分過ぎていた。どうやら無意識に目覚まし時計を止めてしまったようだ。
ベッドから降りると少しだけフラリとした。
(寝すぎちゃった。)
一昨日は1日中、変な緊張をし続け、昨日は黒板の落書き事件が起きた。どうも精神的に疲れていたようだ。
あの日の夢はそういう日によく見ていた。
いつも飛び起きるように目が覚めて、1日中気分が悪い。
今が以前より落ち着いていられるのは夢の最後に彼が出てきたからなのかもしれない。
ドアを開けると恵美子が九十九の顔色を確認するように覗き込んできた。
「ごめん。寝坊しちゃった。ありがとう、お母さん。」
「顔が赤いわ。熱かしら。」
サッと額に手を当てられ「熱ね。」と納得される。ベッドに戻るよう促され、すぐに体温計を持ってきてくれた。
「38.1℃…」
「え!?」
想像以上の高さに驚き、自覚してしまうと何だか身体がキツく感じてくる。
「とにかく寝ていなさい。今日は学校は無理ね。上原先生に連絡しとくわ。山下くんにはりんちゃんがする?無理だったら…」
「大丈夫。メールする。」
恵美子は「そう。」と頷いて部屋を一度出て行った。
ベッドに入り、はぁ…とため息をつく。
ケータイを手に取り山下にメールを送った。
『おはよう。山下くん。』
『おはよう。九十九。どうしたの?』
すぐに彼から返事が返ってきた。結構、早く起きてるんだなぁと驚き、すぐに返事を送った。
『熱がでちゃって、今日は学校行けないみたい。』
すると突然、電話がかかってきた。
『九十九!大丈夫?熱ってどのくらい?キツイ?』
「ふふ、大丈夫。でも38.1℃あるみたいだから。」
『すごい高いじゃん!大丈夫じゃないよ!……そっか……わかった!…九十九、ひとまず一度電話切るね!』
「え、あ、うん。じゃーね。」
『うん。』
プツリと通話が切れる。
彼にはめずらしく早々に会話を切り上げられた。もしかして熱が高いので気を使ったのかもしれない。そう思うも少しだけ心細くて寂しくなった。
先ほどまで見ていた過去の夢のせいかもしれない。久しぶりに見た2年前の夢を思い出し、九十九はズンと気持ちを重くした。
目を閉じて寝ようかとも思ったが、心細さが抜けきれず、ベッドから降りて厚手の上着を着たあと、1階のリビングに降りた。
「りんちゃん、どうしたの?寝てなきゃ。」
「うん。少しだけ一緒にいたくて。」
「じゃーもっと暖かい格好をして。」
そう言って恵美子は膝掛けやモコモコの上着をさらにかけられる。
「凛花。起きていたのか?大丈夫か?」
「お父さん、大丈夫。少しだけみんなといたくて。」
「そうか。」
そう言って頭をポンと撫でられた。
ピンポーン!
家族全員で「え、」と顔を上げた。
こんな朝早くから来客などめずらしい。恵美子が玄関に向かい、何か話し声が聞こえてきたあと、ヒョコリとリビングに顔を出してきた人を見て驚いた。
「山下くん!?」
「九十九!大丈夫?つらくない?」
そこには山下がいた。目があってから一直線に九十九に向かって山下が駆け寄ってくる。そのまま両手で両頬を挟まれ、おでこを合わされる。
(近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い!)
「近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い!」
隣にいた則文が九十九の代わりに叫んでくれた。
「もう!何ですか!邪魔しないで下さい!則文さん!熱を計ってんのに!」
「熱はもう分かっているから計らなくていい。離れなさい。」
「何、言ってるんですか!こんな高熱を出してる九十九と離れるなんて出来るわけないじゃないですか!」
ギュウギュウと抱きしめられ、九十九は色んなことに対してクラリとめまいがした。
「や、山下くん、風邪うつっちゃうから。」
「俺にうつして九十九が治るならうつしていいよ。」
「君は何を言っているんだ。」
あきれた顔で的確な則文のツッコミに九十九も頷く。
「りんちゃん。病院どうする?朝のうちに行かない?」
恵美子の言葉に九十九は首を振った。
「行かない。」
「そう。じゃー常備薬しかないけどいいかしら。」
うん、と頷く九十九を見て山下は不思議そうな顔をした。
「九十九、病院行かないの?嫌い?」
「嫌い。」
病院を嫌いな理由は2年前の恐怖がトラウマとして残っているだけなのだが、そこには触れず端的に言った。
実際、あの日に約束してくれた通り、恵美子は九十九の意思に反して病院などに連れていこうなどしない。
「でも、熱が高いし、俺も付いて行くからと一緒に行こうよ。」
「行かない。家がいい。寝てたら大丈夫。」
山下の顔が少しだけシュンとするも、九十九にとって家が一番安心のできる場所なのだ。恵美子もずっといてくれる。
昨日みた夢の不安や熱の倦怠感がある時こそ家の外には出たくなかった。
「でも、他の病気だったりしたら…」
「ただの風邪だよ。昨日は疲れてて髪を乾かさないまま寝ちゃったから、そのせいだと思う。」
「…………そっか………わかった!俺、今日は九十九とずっと一緒にいるから!」
「え!」
「山下くん。だめよ?学校行きなさい。」
山下の発言にアッサリと恵美子が拒否する。
優しい口調で優しい表情だが目の奥から圧を感じる。
「でも九十九がツライ時に一緒にいたい。」
「そうね。でも山下くんがずっと側にいられるとりんちゃんが恥ずかしがって真から休めないでしょ?それにりんちゃんには私がついてるわ。山下くんは自分のやるべきことをしっかりしてきて。」
チラリと山下から見られたので、九十九は深く頷いた。
すると、わかりやすくカクリと落ち込んだ。
「りんちゃん。お薬のんでほしいんだけど、その前に少し食べられる?」
「う〜ん。あんまり食べれないかも。」
「じゃあ、コーンスープだけならどう?」
「うん、それなら。」
「そう。じゃーそれだけ頑張って。山下くんは何を食べる?」
「え!?いえ、俺は朝は食べないから。」
「あら、そうなの?でも、体調が悪くなったりする訳じゃないならみんなで一緒に食べない?」
山下はまたチラリと九十九を見てきた。
「朝はあまり食べたくない?無理しなくてもいいよ?」
「食べる。」
「え!無理しなくていいんだよ?」
「無理じゃない。九十九とお昼を一緒に食べれないから今、食べる。」
そう言っていつもより控えめに朝食を一緒に食べた。
彼からのスープを食べさせてあげる、との発言に断固拒否したら飲み終わるまでジッと不満そうに見つめられ続けた。
その後もいつもの登校の時間になり、彼を学校へ行くよう促すもだいぶぐずられた。
何だか熱が少し上がったような気した九十九だった。
トボトボと山下は学校に向かって歩いていた。
いつもよりテンション93%ほど低めだ。
「おはよう。」
山下が教室に入ってきた時の寂しそうな声を聞いてクラス中が彼を凝視した。
「あ?九十九はどうしたんだよ。またケンカか?」
土間が早速、聞いてくる。彼らのケンカはクラスを巻き込むことが多いのだ。
「違うよ。九十九、風邪でお休みだって。」
「あぁ。そうなのか………………ってか、それって…」
土間は納得しかけるも、その熱は精神的にショックの多かった昨日の事件のせいではと思って言葉を濁らせた。
近くにいた黒賀も土間の言葉の意図を感じて少し顔色を悪くする。
「ううん。昨日、髪を乾かさないで寝たからって言ってた。確かにここら辺が鳥の巣みたいになってて可愛かったから。」
「いや、聞いてねーよ。」
真面目な顔で山下が右側頭部を差しながら言ってきたが、土間も真面目な顔でつっこんだ。
「聞いてきたじゃん!土間が!」
「いや、蜘蛛の巣のネタは聞いてねーよ。」
「蜘蛛の巣じゃないよ!鳥の巣!一緒にしないでよ!」
「変わんねーよ!ってか蜘蛛の巣の方が綺麗な模様してんじゃねーか!いいか?鳥の巣も褒め言葉にはなんねーからな?」
「うるさいな!可愛かったからいいの!………あ、そうだ!」
山下が突然、勝手に話を終わらせて電話をかけだした。
「もしもし!オサムさん?勇也だけど!今日は九十九が熱を出したからバイト休むね!……え?知らないよ!お願いね、じゃーね!」
そう乱暴に言って電話を切る。
土間やクラスの全員が唖然とその姿を見ていた。
「お前!誕生日にあんだけ休むの渋ってたくせに何、軽く休みとってんだよ!!」
「何を言ってんの?俺の誕生日と九十九の熱だったら緊急度を比べるまでもないじゃん!」
「いや、………そうか?そうなのか?」
土間は頭を抱えてだした。
そんな言い合いをする中、クラスの女子は何かがストンと自分の中で落ち着いたのがわかった。
あぁ。山下くんは無理なんだなぁ…と。
彼のことを幻滅したとか、好きじゃなくなったとかではない。
彼はどう頑張っても自分の恋人にはならないんだなぁ、と納得した瞬間だった。
読んでいただきありがとうございます!
うっかり過去のお話が今年最後になるとこでした!
九十九の世界は季節をあまり入れてないし、確実に冬ではないのが残念です。
あと少しですが良いお年を!




