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九十九は男の絶滅を祈る  作者: 英知 圭
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中学3年の1年間〜恵美子と則文〜



恵美子の作ったおかゆは結局、体が受け付けず食べられなかった。


3分の1ほど口にしたが、すぐにムカムカして全てを嘔吐したのだ。

恵美子は5日ぶりに口にした食事だったのだから重湯にすべきだったとひどく落ち込んでいた。


その言葉ではじめて九十九はあの事件から5日が経っていたことを知った。

ひたすら布団にくるまりながらドアの向こうの音や声に反応していたので時間の感覚が全くなかった。


その後すぐに恵美子が重湯を作ってくれ、九十九はそれを食べた。


それから少しずつ九十九は回復していった。


食事も重湯からおかゆ、ペースト状のおかずなど離乳食に近い物へと変わっていき、今では固形物を食べられるようになった。


それまでは食べてはすぐ寝るように1日の大半を寝て過ごしてした九十九も、少しずつ起きている時間が増えた。


起きている間は少しだけ体を動かしたり、教科書を読んで勉強をした。しかし、いまだにトイレやお風呂に入る以外は部屋で過ごしていた。


「りんちゃん、ご飯持ってきたよ。」


恵美子の声を聞き、部屋のドアを少しだけ開ける。チラリと恵美子の周りを確認して、誰もいないと納得するとドアを半分開ける。


「ねぇ、りんちゃん。今日は一緒にご飯を食べない?」


え、と驚いているとお膳を手渡され、恵美子がそばに置いてあったお膳を引き寄せドアの前に置く、そこに恵美子も座った。

九十九は唖然としながらもドアを開け、恵美子に習うようにして座った。


部屋の中にいる九十九と廊下にいる恵美子。

お互い向き合っているが一切、何も喋らずご飯を食べた。

それでも恵美子はニコニコと嬉しそうに笑っていたし、九十九は戸惑いながらも涙が出そうになっていた。


この家には母がいる。


そう思うと部屋だけではない、この家が九十九の安心できる場所のように思えた。

それから少しずつ部屋から出る時間が増えていった。


そんなある日。

お風呂を終えて、リビングで水を飲んでいた九十九は男の声が聞こえて驚き、キッチンの隅に逃げ込んだ。


ドキドキと心臓が鳴りはじめ、どうやって2階の部屋まで逃げようか考えていると、その声が近づいてきた。


「…あ。凛花。」


九十九の存在に気づいて、足を止めたのは父の則文だった。


「……すまない。ちょっと荷物を取りに来ただけだから。少しだけ我慢してくれ。」


そう言ってサッとリビングを通り、自室へ行ってしまった。


「りんちゃん、ごめんね。部屋に行ってる?」


気を使ったような則文と恵美子の表情に九十九はあることに気がついた。


ここずっと則文の存在がなかったことだ。

恵美子はいつも家にいて「ご飯できたよ」や「お風呂わかしたから入らない?」など声をかけてくれていたが、そこに則文の存在は少しもなかった。

夜の仕事が終わる時間帯も帰宅してくる音や話し声など一切ない。

常にこの家には九十九と恵美子しかいなかった。


「……お父……さん………どこに?」

「え、あー、会社とか、ホテルに泊まってるわ。」

「………どうして?」


そういうと恵美子は眉を下げ、少しだけ困ったように微笑んだ。


そんなの決まってる。

九十九が男を怖がるからだ。

少しでも安心して過ごせるようにと則文は離れていてくれたんだ。


そんなことに今更ながら気づいた九十九ははじめて自分以外の周りの状況に目を向け出した。


自分がこんな状態になってから母は付きっきりで九十九の側にいてくれた。仕事はどうしたのだろう。今まで休んだことがない大好きだった仕事だ。

それに父も。もともと仕事人間で家にいる時間も少なかったが、それでも家に帰るとホッとした顔をし、今日あった出来事を話したり恵美子と九十九の話を聞いて笑って遅めのご飯を食べていた。

しかし今はそれがない。


全てが自分のせいだ。

全てを壊したのは自分なんだ。


九十九は衝撃を受けた。


荷物を鞄に詰め込んだ則文が部屋から出てきて、恵美子に「すまない。頼むな。」と言い早々に家から出て行こうとしていた。


「………待って……」


玄関にいる則文に必死の思いで声を出した。

驚き振り向いた則文と目が合い、九十九は恐怖でヒュッと息がなった。


「………凛花。無理しなくていい。部屋に戻ってなさい。」


ツラそうな則文の表情に九十九は涙が出た。


「ご………ごめんなさ……ごめんなさい……ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい……」

「…凛花。」

「……行かないで。……ごめんね。……行かないで。……お父さん……ごめん。」

「……凛花。」


則文は少しだけ手を九十九に伸ばそうとするも途中で止め、それを下げた。

そのかわり恵美子がソッと九十九を抱きしめる。


「大丈夫よ。りんちゃん。大丈夫だから。」


リビングのソファに座り、肩や頭を撫でられ「大丈夫だよ。」と言い続けられた九十九はウトウトしていつのまにか眠ってしまっていた。



どのくらい寝たのかはわからないが、ボソボソとした話し声で九十九は目を覚ました。

意識した瞬間に九十九は状況を確認しだす。

ここが家のリビングで側に恵美子がいることにホッとした。

恵美子の膝を枕にして寝ており、体には両親の毛布がかけられている。


「……俺が帰って大丈夫だろうか…」

「りんちゃんが帰って来ていいって言ってくれたんだから大丈夫よ。」

「……無理してるのがわかるから。……凛花は優しい子だから……」

「……いいじゃない少しずつで。少しずつ戻って行きましょ。……一緒に暮らしましょうよ。家族なんだもの。」

「…………そうだな。」


則文が遠慮がちに九十九を頭を撫でた。


病院に連れていったときはボロボロだった髪も栄養ある食事と十分な睡眠でツヤツヤに戻っており則文はホッとする。


すると目を開けていた九十九と目が合った。


「……凛花!」


慌てて撫でていた手を離し彼女の様子を確認する。恐怖にそまっていたらどうしようと心臓がドキドキと早まった。


すると九十九は一瞬キョトンとした顔をするも少しだけ微笑んで目を閉じた。


そのとき九十九の心が則文を『男』ではなく『お父さん』と認めたのだった。



それから則文はホテル泊まりをやめ家へ帰って来るようになった。

以前のように夜遅くではなく、7時頃には必ず家にいる。

九十九は基本的に部屋で生活をしていたが、則文が家にいても怖がったり嫌がったりはしなかった。


お昼は恵美子とドア前での食事からダイニングでの食事に変わっていた。



「ねぇりんちゃん。今日の夕飯はすき焼きなんだけど下で食べない?それとも器に分けて持ってこようか?」


九十九は少し迷ったがダイニングで食べることにした。定位置に座り、目の前のクツクツと揺れているすき焼きに目を輝かせた。

そんな九十九の前に座っている則文の方が緊張している。そんな様子の則文を少し笑いながら恵美子は色んな話をする。

「今日観たドラマの内容でね!」などや「鑑定額が200万だった茶器がね!」など基本的に昼間に観たテレビの内容だったがそれからの話の広がりが面白い。

九十九は頷いたり、則文のツッコミに少し笑ったりした。


(あぁ…以前のようだなぁ)


とそんな風に思った。

事件が起きる前、確かこんな感じだったような気がする。則文の帰宅時間が遅いので3人での食事はあまりなかったが、今日おきたくだらないことを話したり、仕事の予定だったり、今度行ってみたいところだったり、全部をごちゃ混ぜにした家族が揃ったときにしていた会話。


そんな会話を久しぶりに出来て、九十九だけじゃなく恵美子も則文も心から笑顔で食事を楽しんだ。



「りんちゃん。今からお風呂わからすからちょっと待っててね。」


そう言われた九十九は一度部屋に戻ろうかと思ったが、リビングのソファでテレビを見始めた則文に気づき近づいた。


九十九に気づいた則文が少しだけ緊張するのがわかる。


もう大丈夫だから、とそう伝えようと九十九は則文の隣に座り、そのまま父の膝に頭を預けてテレビを見だした。


「………!」


少しの間、緊張していた則文の体も次第に慣れてきたのか力が抜けてきだした。九十九の頭を何度か撫でた則文はボソリと呟いた。


「…凛花は優しいな。これからはちゃんとみんなでご飯を食べような。」


その言葉に頷きながら九十九はお風呂が沸くまで則文から離れようとしなかった。




読んでいただきありがとうございます。

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