忘れていた昼食。
教室に入るとクラス中の目線を感じる。
「…あー。2人ともお疲れさん。」
そう気まずそうに土間が話かけてくる。
本来なら、大爆笑しながら言ってくる台詞であるが、周囲の雰囲気がそうはさせない。
「おはよう。」
「お疲れさん。」の返事にしてはおかしいが、山下がそう答える。九十九は無視し、自分の席に着く。
2人が離れたことを確認し、女子が山下に声をかける。「勇也。おはよう。」と始まり会話を続けるが、九十九は外の景色や前の席の鈴木の行動に注目することで、会話を聞かないようにした。
(よかった。鈴木様、来た。)
昨日のように鈴木の席に山下が座るのだけは拒否したい。九十九にとって鈴木はバンジージャンプのゴムロープのような存在だ。
じっと見ていたせいか、鈴木が「お、おはよう」と挨拶をしてくれた。九十九は食い気味に頷く。
鈴木とは良好な関係でなければならない。でなければ毎回、休憩中に席を立たれる可能性がある。
(鈴木様は絶滅を祈らないでいるよ!)
そんなことを思っているとHRが始まった。
担任の上原先生は昨日のように大泣きする女子がいないことに安心していた。
午前中の授業は普通に過ぎていった。
休憩中、山下は教室を出ることはなかったが、九十九のところに来ることもなかった。
しかし、他クラスの女子が九十九を観察しにくる姿は昨日同様みられた。そして、山下と九十九が距離を保ち、関わり合わないようにしている様子に満足して去っていく。
(そう。そう。こうでないとね。)
九十九は日頃の罰ゲームと同様な光景に満足していた。
昼休みになるまでは。
「九十九。ご飯食べに行こう。」
今日、教室で初めて話しかけられて、九十九の頭は一旦停止する。
山下は昨日の教訓からなのか、昼食は事前にコンビニで買っていたらしい。
そのコンビニ袋と満面の笑みの山下に対し、九十九は昨日の会話を思い出した。
(……っ忘れてた……!!)
あまりにも衝撃的な表情を見なかったことにしよう。と思うあまり、その前の会話も忘れていた。
(やってしまった!あんな18禁モザイク顔の為に大切な大切な昼休みの時間を渡してしまった!)
モザイクに修正したのは九十九自身の脳のはずだが、あえてそこは山下のせいにしておく。
後悔とは先にたたないものだ。
「……………。」
少しの間、無言でいたが、山下の一歩も引かない笑顔を見て、諦めのため息をつく。
弁当の入ったミニバックと小説を持ち、席から立つ。
「どこで食べる?」
そう、聞かれる。
どこでもいいし。…と、考えた瞬間、良くない!と思い直した。
せっかく、今までの登下校では生徒を確認すると無言で通して、休憩中も話しかけないでいた2人が昼休みに一緒にご飯を食べている所を見られたら意味がない!と、思いを巡らせ脳みそをフル回転させる。
(あの場所しかない。……あの場所は嫌だ。…でもあの場所しかない。)
色んな葛藤を終えて、九十九はノソノソと歩き出す。
「九十九?」
あの場所を知られたくない。しかし、目立たず、見られない場所といえば、九十九に思いつく場所は一つしかなかった。
旧校舎の裏。九十九の癒しの場所だ。
ここは知られたくなかった。
しかし、ここしかなかった。
血の涙が出そうだったがぐっと堪え、九十九はいつものベンチに座る。
「へぇ。…九十九はいつもここで昼ご飯食べてるの?」
いつもではない。雨の日や、冬の寒い日は教室で食べている。しかし、大抵がここだ。
そう、考えた後、コクリと頷く。
山下はニコリと笑い、「隣、座っていい?」と聞いてくる。頷くと彼はベンチの端に座った。
九十九は弁当を広げて耳をすました。いつもはよく響く子どもの声だが、山下と会話をしていると聞き逃すかもしれない。
「九十九?」
山下が不思議そうに聞いてくるタイミングと重なった。
「いた〜だきますっ!」
子ども達の声が響き、山下がそちらに顔を向ける。しかし、その先は壁だ。その光景が少しおかしかった。
「いただきます。」
九十九が食事の挨拶をする。山下は壁から九十九へと視線を向けた。少し驚いた顔をしている。
日頃からボソボソとしか喋らない九十九がハッキリと言葉を話すのは家とこの場所だけだ。
山下の顔がほのかに赤くなるのが見えた。
昨日の18禁顔に近い。
(おい。何があった。ってか、その顔やめないとモザイクかけるわよ。)
山下の赤くなる理由がいまいちわからない。
だが、破壊力は膨大なので、すぐさま止めてほしい。
「隣って保育園だっけ?声、可愛いね。」
頷きながらお弁当を食べ始める。
「九十九は弁当なんだな。お母さんが作ってくれるの?」
山下もコンビニの袋からサンドイッチとコーヒーを取り出しながら聞いてきた。
首を横に振る。
「あ、じゃー九十九が作ったの?」
そう聞きながら山下がサンドイッチをパクリと食べると半分がなくなってしまい、九十九が驚いていると残りの半分をパクッと食べてしまった。
驚きながら、首を横に振る。
「え、じゃーお父さん?」
次のサンドイッチを取り出し、山下が聞いてくるが、九十九は首を振る。
「じゃー誰が作ってるの?」
今までの質問責めで、九十九の家族は両親とひとりっ子の九十九だけだと聞いていた山下はつい、食い下がり気味に聞いてきた。
九十九は少し悩むも、声を出す説明が面倒になり無視をしようと、ご飯を無言で食べ始める。
「……………。」
「九十九?」
と、逃してはくれなさそうな山下の声が聞こえてくる。
昨日は質問を変えてくれたりしたのに、今回はダメらしい。それでも嫌だなと思い、言い淀んでいると、
「九十九?」
と、さらに圧が加わってくる。
仕方ないと感じ、九十九は説明をし出した。
弁当の肉じゃがを指差し、「昨日の残り。」
レンコンのはさみ揚げを指差し、「冷凍。」
野菜炒めを指差し、「昨日の残り。」
卵焼きを指差し、「私。」
ボソボソ喋り。言い切ると黙った。
「………えーっと。卵焼き以外は作ってなくて、弁当に詰めただけってこと?」
それそれ。とばかりに九十九が頷く。
「詰めたのが九十九なら、作ったのも九十九だから。」
そう山下は言うが、弁当の内容を再度、確認するも堂々と「私が作りました!」とは言えない。
そう思っていると、ジッと弁当の中を見ながら山下が呟く。
「……九十九が作った卵焼き……」
ハッと嫌な予感がし、弁当を少し隠すも、山下は満面の笑みで言ってしまう。
「九十九が作った卵焼き食べたい!」
それはそれは、子どものような一切の曇りのないまなこだった。九十九は首を高速で横に振るが、「お願い。」と詰め寄られる。
(いやいやいやいや。無理無理無理無理!)
首が脱臼するかもしれない勢いで、首を横に振るも、さらに山下にグッと詰め寄られ「お願い。」と、言われた。
九十九はポキンと自分の中の何かが折れる音が聞こえた。
仕方なく弁当を山下の方へ突き出す。
それは、本当に断腸の思いでだ。
「ありがとう!あ、手で取っていい?」
ほんのり赤くなった頬に、今までにないほど興奮したような弾んだ声を出し、九十九の卵焼きを口に入れ頬張る。
驚いたように目を大きく開けた後、「あっまーい!」と、大きな声を出す。
「……………。」
(それは、どうゆう意味なんだ?甘い卵焼きはダメなのか?塩味が良かったのか?まずかったのか?)
九十九の疑問は脳内を駆け回るも、山下のテンションの上がりっぷりを見るに、考えるだけ無駄だと思い直す。
(まぁ、嫌がってはないみたいだし。)
そんなふうに昼食は終わっていった。
ただその後、山下がパンを5個ほど食べていたことに対し、九十九がドン引きしていた事実を彼は知らない。
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