中学3年の1年間〜パニック時〜
すみません。ツライのはまだ続きます。
九十九はひたすら歩いた。
体のいたるところが痛かったが、途中から感覚がなくなりそれすらなくなった。
ただ、時々カクリと足の力が抜けて転倒する。ギシギシと錆びた機械のような体ではなかなか立ち上がることが出来ず時間をかけて必死に起き上がり、ひたすら歩いた。
住宅街付近についた頃には周囲の家の電気はすでに消灯されているのに気がついた。
(あれ……今、何時なんだろう……)
何も考えないままひたすら歩いていた九十九がはじめて頭を使い出した。
住宅街のゲートをくぐり家に向かって歩いていくと、ザワザワと大勢の人の声がした。
九十九の住んでいるところは閑静な場所だ。深夜に人が集まることなど滅多にない。
不思議に思い、そろりそろりと覗くように近づいてみると、自宅の前にパトカーが止まっており、その周りに住民が集まっていた。
パトカーの前では則文が警察官と何かを話している。その隣には恵美子が真っ青な顔で立っていた。
(あ、もしかして私が帰ってこないから?)
フラリとそこに近づいていくと「凛花ちゃん!」と隣の家のおばさんが九十九の存在に気づいた。
すると周りにいる全ての人が九十九を見る。
大勢の視線を集め、九十九は数歩うしろへ下がった。
「凛花!!」
九十九に気づいた則文が血相を変え九十九に向かって走ってくる。九十九はヒュッ!と声にならない声が出た。
そう、走って来ているのは『父』だ。
わかっている。頭ではわかっているのだ。
しかし、心が拒否をした。
「…っ!!い、いやぁあぁあああああぁああ!!」
さっきまで男に追いかけられ、引きずりまわされ、殴られたのだ。自分に向かって走ってくる目の前の男が『ヤマト』たちと重なった。
一瞬にしてパニックになり、渾身の力で叫んだ。
「嫌だ!やだやだやだやだ!怖い怖い怖い怖い!!来ないで!怖い!いやあぁあぁぁあ!」
「凛花!どうした!何があったんだ!」
そう言って手を差し伸べた則文の手を払いのけ、九十九は走った。家に向かって。
そしてそのまま部屋に入りドアを開けられないように物を動かし封鎖する。そしてベッドに入り込み布団にくるまった。
ドアを叩く音がする。
パニックを起こしている九十九はそれは『ヤマト』たちが九十九を殺そうと引き返して来た音だと思った。
「いやぁぁああぁああぁぁああぁああぁ!!怖い!怖い!怖い!助けて!助けて!殺される!助けて!」
ドアの向こうから男ではない声も聞こえてくるが九十九はそれすらも怖がった。ドアの向こう側から少しでも音や声がするたびに大声で叫んだ。
そして、それから3日間九十九は一切部屋を出ることなく、布団の中にくるまりながら全神経をドアの向こうに向けていた。音や声がする度に叫び続けた。
そしてその3日目にこと切れたのだった。
目が覚めた瞬間は何がなんだかわからなかった。
知らない天井、薄緑色のカーテンでベッド周辺が囲まれている。チラリの視界に入ったのは点滴パックだ。管をたどってみると九十九の腕にその先端が繋がっていた。
どうやら病院のようだ。
声を出そうとするもヒュッと空気音しか出ない。
それもそのはずだ。それまでに声が潰れるほど叫んでいたのだから。
そのことを思い出した瞬間に襲われたことも一緒に思い出した。
急に全身が震え出して、逃げなければ殺されると九十九はそう思った。
点滴の針を腕から引き抜き、ベッドから抜け出す。カーテンの外をそっとのぞいてみると端のベッドに女性が横になっているのが見えた。
気づかれないようにカーテン内からソッと出て廊下へ続くであろうドアを少しだけ開けて外を確認した。どうやらまだ日中のようで廊下に人の往来が見える。九十九は恐怖を感じながらも迷い、廊下に出ようとした瞬間、
ガラリ
「りんちゃん?あぁ、よかった目が覚めたのね。」
恵美子がドアを開けて入ってきた。
しかし、そんなことどうでもよかった。そんなことよりも恵美子の後ろにいる人物の方が気になった。
白衣を来た知らない男だ。
まぁ多分、医者なのだろう。冷静であれば誰もがわかる。
しかし、九十九は冷静でいられなかった。
「ッヒュ!!男!いや!怖い怖い怖い!」
枯れた声で出せるだけの声で叫んだ。
「りんちゃん!落ち着いて!先生よ!りんちゃんの様子を見に来てくれただけなの!落ち着いて!」
恵美子の声など聞こえるはずがない。
少し近づいて来た男に周囲にあるもの全て投げつける。
するとその男が看護師に何がを話し、バタバタと看護師は動き出した。
急に九十九の両腕を2人の看護師が押さえつける。九十九は必死で暴れるがいつものような力が出ない。
そのうち先ほどの男が近寄って来て何かわからない注射を打った。
叫び続けていた九十九はスゥと意識を失った。
再び目覚めたのは、昼間にいたところではなかった。先ほどより少し狭いがカーテンはなく、相部屋の人もベッドもない。
多分、病院の個室だ。
昼間にあんな大声で発狂する人は大部屋では無理だと判断したのだろう。
しかも部屋の暗さから、今が夜だとわかる。
部屋についてある時計を見ると深夜の1時を回っていた。
九十九は再度、腕に繋がっている点滴を引っこ抜き、ベッドから降りる。
着ているのもはシャツと薄い病衣だけだ。備え付けの棚をあさってみると厚めのカーディガンを発見しそれに腕を通した。
そしてひっそりと部屋を抜け出し、近くの内鍵のガラス戸から病院を抜け出した。
うっかり裸足で出て来てしまったが、今更スリッパや靴を探しに戻るのはためらわれた。
脱走がバレて引き戻されるリスクが高い。
九十九はとにかく自分の1番安心できる部屋に戻ることを優先した。
真っ暗な道を歩くのは怖くて震えたが、早く安心できる場所に戻りたい一心で道を進んだ。少しでも物音がすれば走って逃げた。
そして、東の空が少しだけ白み始めた頃に九十九は家にたどり着いた。なぜか玄関にはライトがついており、鍵もかかっていなかった。
九十九は迷うことなく家に入り、自分の部屋にこもる。ドアにはしっかりと本棚を寄せて開けられなくしたうえでベッドに入り布団にくるまった。
少し疲れてウトウトした。
どのくらい寝ていたのかわからないが人の声が聞こえ、ハッと目が覚めた。
九十九の部屋は2階にあるのだが、どうやら1階で話し声がする。
言い合うような、焦っているような、そんな声だ。耳をすませて聞いていれば、家の中ではなく玄関で話しているようだ。
「どこにもいない。」
「もう一度、車で周囲を探そう。」
「君は家にいて病院から連絡を…」
そして、その後の絶叫に九十九は体が跳ねた。
「きゃあああああぁああぁ!!」
何が起きたのか、もしかして『ヤマト』が襲って来たのか、九十九はパニックになる寸前だった。
「血が!廊下に血が!……は!りんちゃん!?帰って来てるの?りんちゃん!?」
ドタドタと階段を上がり、恵美子の声がドア越しに響く。九十九は大きな音と声に恐怖を感じ、ベッドの端で震えていた。
声を出そうにも喉が潰れてしまったようでヒューヒューとした音しか出ない。
そのうち、ドアを叩いていた音が小さくなり、恵美子の声も小さくなった。
そのかわり、すすり泣く声が聞こえる。
九十九は耳を疑った。
母の泣いた姿など見たことがない。
いつだって笑顔を絶やさない真の強い女性だ。
九十九がこうなりたいと憧れる女性の1人でもある。
そんな母、恵美子の泣き声に、九十九は今まで塞いでいた耳を傾けた。
「……ちゃん…ごめん……りんちゃん、っ、……ごめんね。……もうりんちゃんを1人なんて…しない……ごめ、っ………ごめんね。……病院だって…勝手に連れて行ったりしない…だ、だから……だからお願いよ。……ケガの…手当をさせて。……ご飯だけは食べて……お願い。…お願い。」
九十九はやっと、ほんの少しだけ冷静になれた気がした。
ドアの前に置いた本棚を少しだけずらし、九十九はドアを少しだけ開けた。そこには恵美子しかおらずホッとすると、目の前の恵美子は涙をポロポロ流しながらホッとしたように「りんちゃん」と呟き微笑んだ。
部屋から出ることはせず足だけをドアから出すと恵美子は急いで救急箱を持ってきて手当をしだした。
チラリと見えた廊下は血の足跡がホラー映画のような状態で残っていた。
あ、確かにこれは叫ぶな、と妙に納得した。
その後、母がおかゆを作ってくれ、部屋まで持ってきてくれた。ペットボトルの水を5本ほど渡される。
どうやら九十九の倒れた原因は精神的なショックに加え、寝ずに叫び続けた疲労と1滴の水分さえ摂っていなかったことによる脱水だった。
恵美子から食事を受け取りベッドに上がって布団にくるまりながらおかゆを一口食べる。
ジワリと暖かさが体にしみる込む。
あまりにも美味しくて涙がポロリと落ちた。
あの事件から痛みなどで勝手に涙は出ていたが、感情的な涙をこの時はじめて九十九は流した。
「………っ………っ…っ!」
おかゆを口に運びながらひたすら泣いたのだった。
読んでいただきありがとうございます。




