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九十九は男の絶滅を祈る  作者: 英知 圭
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最愛の彼女について。〜幸せと不満〜

山下くん目線です。



山下は今日もとてもご機嫌だ。


もちろんその理由は最愛の女の子が自分の彼女になったからだ。


「はぁ……可愛い…」


バイトの休憩に入った山下はたった今、九十九から届いたメールを読んで、多分あの控えめな笑顔を浮かべているのだろうと想像し、そうつぶやいた。


「きも…!」

「……オサムさん。羨ましいのはわかるけど、そういうこと言わない方がいいと思う。」

「ちげーよ。気持ち悪いこと言ってる男がいたからついポロっと本音を言ってしまっただけだ。」

「……気持ち悪くないし!……あぁ。せっかく九十九に癒されたのにオサムさんのせいで台無しだ!ああー。九十九に会いたい。九十九に触りたい。」

「本当にやめてやれ。九十九ちゃん可哀想だわ。」

「はぁ?それどういう意味?」

「そのまんまの意味だよ。九十九ちゃんはどう見ても目立つのが嫌いなタイプだろ。それを人前でベタベタされたらイヤに決まってんだろ。」


オサムは呆れた顔をして山下と目を合わせる。


「人前でベタベタしてないし。」


まぁそれは土間に脅迫されているからなのだが、あえてそこは言わなかった。


「人前じゃなくても。もともと対人恐怖症っぽかった子がいきなり過度なスキンシップ取られると戸惑うだろーが。」

「そんなことないし。今日もすっごく可愛いかったし!」

「きも!聞いてねーし。」


オサムはもう話を続ける気はないのか、目線を外し事務用のパソコンをあたりだした。

山下はそれを気にすることなく、昼間の出来事を思い出し、頬を緩ませる。


付き合いはじめてからの昼休みのイチャイチャタイムは山下にとって毎日のご褒美のような時間だ。

当初は戸惑い困惑した表情の九十九だったが、最近は慣れてきたのか、時間になって「おいで」とばかりに手を広げると迷いなく山下の足の間に座り、体重を預けてくる。

コテンと頭を山下の首元に傾ける姿が可愛すぎて、つい力いっぱい抱きしめてしまうのだ。

それからの「山下くん、苦しい」はすでにお決まりの台詞になっている。


しかも今日は眠そうに目をトロリとさせていたので撫でまわしていたら、ふふ、と微笑みながら眠りについた。


…天使か!

と、叫ばなかった自分を褒めて欲しいと山下は思った。


腕の中で寝ている彼女が可愛くて、でもその瞳に映りたい気持ちにもなって、顔をチラチラ見たり、頭を撫でてたりしているといつの間にか山下も寝てしまっていた。


予鈴で目が覚めて2人手を繋いで教室まで走った。


なんて幸せだろう。

こんな幸せな日々は初めてだ。

心からそう思った。


しかし、山下は知っている。

今が幸せな分、反動が大きいこと。


緩んでいた顔が少しずつ強張るのがわかる。


「…………。…俺、いま死ぬのが1番幸せかも。」


ボソリと呟いた独り言は静まっていた休憩室にやけに響いた。


「………………まぁ、そうかもな。」


オサムはパソコンの方を向いたまま、そう返してきた。


オサムは嘘をつかない。山下の言葉に対し「そんなことない」や「大丈夫だ」など言ってはくれない。

だから、オサムには話せる。

だから、オサムの言葉に助けられる。


周りからは辛辣な言葉に聞こえることが、山下を少しだけホッとさせる。

そのまま、何も話さないまま山下は九十九にメールを返すのだった。





「おはよう。山下くん。今日は雨だね。」


朝、九十九の顔を見て昨日の不安がポーンと吹き飛ぶようにどこかへ消えていく。

山下は口元がニマニマと勝手に緩むのがわかるが止めることができない。


山下が手を繋ごうと差し出すと傘をさそうとしていた九十九は手を止め、差し出された手と傘を交互に見た。

少し考えるそぶりをした後、決意をしたような表情で山下と手を繋ぎ、山下の傘に入る。


ぐぁあぁあぁーーー!!!

可愛い!!たまんない!やばい!!好きだ!!


全てを大声で叫びそうになるのをグッとこらえた。


本当に本当に本当に幸せだ!

多分、本当に本当に本当に世界一幸せだ!


山下は九十九と付き合いはじめてから、こんな風に幸せを噛みしめ続けている。

しかし、全てにおいて満足しているわけではない。

それは、


「あ、上履きがない。」

「ええ!?」


学校に着き、靴から上履きへ履き替えようとした矢先の九十九の言葉だ。

ギョッとした山下は九十九の靴箱を除き、空のそれを見た瞬間に心の中の幸せメーターが逆に振り切るのがわかった。


「…誰が九十九の靴…!」


近くにあるゴミ箱の中をあさって確認するもなかったのであたりをキョロキョロと見渡す。


「山下くん、大丈夫だよ。」

「大丈夫じゃない!誰がこんなこと!とにかく九十九は俺の上履き履いてて。スリッパ取ってくるから!」

「ううん。大丈夫なの。持ってるから。」

「持って……え?」


飄々とした顔で九十九はカバンの中から靴を取り出した。それを見て混乱する。


「ちょうど古くなってて新しいのに替えようと思ってたの。ちょうどよかったね。」


ニッコリ笑う九十九に呆気にとられる。


「でも帰りの靴がなくなるのは困るから、靴は教室に持って行こうかな。」


そう言って新しい上履きを入れていた袋に靴を入れ、何事もなかったかのように歩き出した。


「えぇ…?」


あまりの斜め上の展開に山下は怒るタイミングを逃し、九十九の後を追った。

教室に入るとザワザワとクラスメイトが1箇所に集まっている。「どうしたの?」と聞きながら皆の目線の先を見ると九十九の机に落書きがされてあるのに気づいた。


『ブスは消えろ!』と、


山下は先ほどの件も合わさり、ザワリと怒りが頂点に昇り詰めようとしていた。


「わぁ!テンプレート!」


少しテンションの上がった九十九の声が聞こえ、怒りは頂点から少し下がったとこで止まった。


何のテンプレート?いじめの?

と、九十九の言葉とテンションに山下はさらに困惑していると九十九はカバンから除光液を取り出し、コットンで机を拭き始めた。


「すごい!九十九さん。新品の机みたいになってるよ!」


落書き以外の汚れも全て落ちた机を見て、そんなことを言う鈴木の言葉に嬉しそうに九十九が頷くのを唖然と隣で見ていた。


「何で九十九、除光液なんて持ってるの?」

「え?…いざという時のために?」

「いざという時がすぐきたな。」


隣の席の津々見がヒョイと顔をのぞかせて話かけてきた。


「ほら、これやるよ。」


そう言って津々見は自転車などの盗難防止に使うチェーンを九十九に渡す。

それを受け取った九十九は嬉しそうにキラキラとした瞳をして津々見に頭を下げた。


「え?それ何に使うの?」


山下は混乱しており、怪訝な顔しかできない。

すると、九十九はカバンを机のフックに掛けて、チェーンをカバンのグリップと机の支柱に固定させた。

これで他人がカバンを持って行くことは出来ない。


「あ、じゃーこれは僕から。」


そう言って次は鈴木が九十九に何かを渡した。


「防犯ブザー?」

「そう、九十九さん防犯ブザー持ってるけどカバンに付けてるでしょ?これは小型だからずっと身につけていられるかなって。」


九十九は顔をパッと明るくして鈴木に頭を下げ、防犯ブザーを胸ポケットにしまう。


その光景を見て山下は大きくショックを受けた。

とっさに言いかけた言葉を飲み込みヨロヨロと自分の机に座り、うつ伏せる。



山下の不満とは、もちろん日に日に過激になっている九十九への攻撃だ。最初は些細な言葉程度だったが、今日は格段にレベルアップして盗難、落書きと続けて起こった。


しかし、不満はそれ以外にもある。

九十九が嫌がらせを受けてもケロリとしていることだ。

九十九には悲しい気持ちやツライ気持ちを自分にぶつけて欲しい。守ってあげられていない分、せめてそのくらいはさせてほしいと思う。しかし、なぜか当の本人は淡々とそれらを対処して、まるで何事も起きてないように普通の表情、口調でいるのだ。


九十九を守ると言ったくせに何一つできていない現状に焦っているのに…それなのに…


山下はチラリと九十九の方を盗み見る。


九十九は鈴木と津々見に話しかけられ、笑っているわけではないが、穏やかな表情で2人の会話を聞いては頷いて、時々、目で何かを雄弁に語っている。


その光景はある意味、九十九へ対する嫌がらせを見るよりもイラッとし、ソワソワと不穏な気持ちにさせる。


本当はチャーンも防犯ブザーも「俺が買って九十九に持たせるから」と2人に突き返したい。

でもそれをやると九十九が怒るのは目に見えてわかっているのでやれない。


九十九の大切な荷物を守るチェーン。

九十九の胸ポケットに収まった防犯ブザー。

………腹立つ!!


山下はそんな気持ちを抑えることに今は集中するのだった。




読んでいただきありがとうございます。


九十九の学校の上履きは白または黒なら何でもいいという自由派です。

ちなみに私はトイレサンダルみたいなやつでした。冬が寒かったです。

どうでもいいですね。はい。

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