節度ある行動をしよう!
九十九は深呼吸をした。
肺に入るだけ空気を入れ込み、ゆっくりと吐き出す。何度か同じことを繰り返し、気持ちを落ち着かせた。
(どんな反応をされるかな。)
山下と付き合うことになって初めて学校へ行く。
周りの反応が想像できなくて怖い。
罰ゲームの時は次の日にほとんどの人が2人の関係を知っていた。
そして、九十九と山下が正式に付き合うことになったのは土曜日。その日のうちにクラスの人達には知られているので、学校中に広まっていても不思議はない。
「大丈夫。」
だって隣には山下がいる。
彼に守ってもらうとかそういう気持ちはない。
ただ彼が隣にいるだけで大丈夫だと思える。
「よし!」
気合いを入れて九十九は部屋を出た。
「おはよー。九十九。」
「わ、山下くん。おはよう。」
玄関を出ると彼が満面の笑みで立っていた。
「今日から送り迎えは玄関までだから。」
「あ、そっか。ありがとう。わざわざ。」
「俺がしたいから。ゲートからここまでってそんな距離はないのにいつも不安になってたから。」
(あ、はい。無視した日とかのことですよね。すみません。もうしません。)
少し落ち込むと、山下がスルリと手を繋いでくる。
「九十九。行こう。」
「うん。」
九十九は少し緊張するも、山下との他愛ない話で力が抜けていく。
しばらくすると学校の生徒が見えてきだし、その子たちが二度見するようにこちらを凝視しだした。
(あれ?まだ知られてないのかな?)
学校の校門を通り校内へ入る間も、手を繋いで笑いながら歩く2人を多くの人が驚愕の顔で見ている。
時折「え!何で?」「あれ?ゲーム終わったんじゃ…」という声がチラホラ聞こえてくるので本当に知らないのだろう。
コソコソとこちらを見て話していた女子が、意を決した様子でこちらへ来る。
「あの!……勇也くん!」
「え?何?」
緊張した様子で女の子が山下に声をかけてきて、山下はキョトンとした顔で返事をする。
「ば、罰ゲームはもう終わったって聞いたんだけど。どうしてまだ2人は一緒に登校してるんですか?…て、手も繋いで…!」
「九十九と本当に付き合うことになったからだよ。」
「……え!!」
その子と周りで様子を見ていた生徒が同時に声を出す。女子は絶望的な表情に、男子はただひたすら驚愕の顔だ。
「ね。九十九。」
彼は緩んだ顔で九十九を振り返り、繋いでいた手を少し引っ張り体を近づけてくる。九十九は目の前の女の子とその周りの反応がズシンと胸に衝撃をあたえており、固まっていた。
これから起こることの恐怖もあるし、彼女たちの気持ちがわからなくない気持ちと、自分たちが付き合うことで誰かを(しかも大勢)傷つけている事実が九十九の気持ちにのしかかる。
「九十九?」
九十九の表現を見て山下の惚気顔が不安顔に変わる。そのことに気づいた九十九は彼にニコリと笑みを見せた。
「大丈夫。行こう。」
九十九はすでに決心している。
学校生徒すべてにこの関係を否定されても九十九は山下と一緒にいることを選んだのだから。
(大丈夫。………うん。それに全員じゃない。鈴木さまはおめでとうって言ってくれた。だから大丈夫。)
「おはよー!」
山下がご機嫌な声を出しクラスの扉を開けると、案の定、シンと静まりかえる。女子は特に複雑そうな表情をしていたが、すぐにいつものようすで「おはよう!」と返事が返ってきた。
少しぎこちない表情をしているが、基本いつも通りの雰囲気だ。
九十九は頭を傾ける。
山下は以前同様、どこかの時代の貴族のように席までエスコートしてくれ、やっと手を離す。
「…あ、ありがとう……」
「うん。」
ニコリと笑った山下は荷物を自分の席に持って行こうとし、他の生徒に捕まっていた。
「お前らマジに付き合ってんだな。」
隣の席で津々見が唖然とした表情で話しかけてきた。すると、前の席の鈴木も振り返って「本当にね。おめでとう。」と言ってくれた。
「あ、ありがとう。」
顔が赤くなるのがわかり、少しずつ俯いてしまう。
「………お前、本当にあいつで大丈夫か?多分めっちゃ大変だぞ?周りもやし、あいつも。」
津々見の言葉に九十九は苦笑する。
心配をしてくれているのだろう。周りからのイジメや彼の面倒くさい部分を。
そういえば、こんな風に言われることは滅多にない、そう九十九は思った。
基本は「何で山下は九十九なんかを選んだんだ」と彼が九十九を選んだことを言われる。しかし、津々見は「九十九は山下でいいのか。」と九十九自身が山下を選んだことを言ってくれる。
今まで学校での自分は決定権などなく、言われるがまま心を無にして人形のように振舞っていた部分があった。だからクラスの人は特に九十九が自分から何かを選ぶという行為が想像できないのかもしれない。
そう思うと津々見は九十九の存在をしっかりと山下と対等な1人として扱ってくれているのだろう。そう思うと嬉しくなる。
「……大丈夫。」
そう言うと津々見は目を丸くして驚いていた。
「九十九!」
突然ズシリと肩に重いのもが乗っかる。
驚き見上げると山下が背後から上半身を預けるように抱きついて来た重さだった。
「や、山下くん!」
「九十九がすごく可愛い顔して話してるから気になって。津々見と何、話してたの?俺も混ぜて。」
九十九は顔を真っ赤にさせてうろたえる。
(ひぃっ!!やめて!皆の前でハグとか!可愛いとか!本当にやめて!!)
「あは、真っ赤になってる。どうしたの?可愛い。」
(ひぃやぁあぁあああぁあぁぁあ!!!)
バシッ!!
「いった!」
突然の出来事に九十九は目を白黒させる。
目の前には土間が息を切らして彼を殴った拳をワナワナと震わせている。
「痛いんだけど!何で俺、土間に殴られたの?」
「お前マジうっざいんだよ!九十九!お前ちょっとこっち来い!…山下!いいか!?テメーは九十九に触るな!近づくな!」
「はぁあぁぁあ?それ普通、彼氏がその他の男に言うセリフなんだけど!彼氏は俺なんだけど!」
「うるせーんだよ!彼氏うんぬんの前にまず常識と空気の読み方を知れ!」
(……確かに。)
九十九はそう思ってしまったからなのか無意識に身体が土間の方へ近づいた。そんな九十九の前に土間が出る。
それに見た山下がショックを受けた顔をしたあと土間を静かに睨む。
「九十九を返して。」
「うるせーよ。学校ではまず適切な距離を保て。」
「嫌だよ。九十九は俺の彼女だし。何で距離を保つ必要があるの?」
「イチャイチャ気持ち悪いんだよ。砂吐く!」
「周りのことなんてどうでもいいし。土間が砂を吐こうが砂糖を吐こうが関係ないし!」
だよね。周りのことを気にしたことないよね。と、九十九は遠い目を向ける。彼の我儘な性格の原点は多分そこなのだろう。
「はぁ?お前、俺にそんなこと言ってもいいのか?」
土間の雰囲気が変わる。ケータイを取り出しニヤリと笑った。それを見た山下が少し顔色を変えたが振り切るように表情を戻す。
「何で悪いの?ってかソレもう消したよね?」
(ソレ?)
九十九はよく意味がわからず山下と土間の顔を交互に見る。
「ソレってこれ?」
土間はサクサクとケータイを操作した後、山下に画面を見せる。それを見た山下は目を見開き顔色をサーッと悪くさせる。
「あ、九十九も見るか?」
そう言われ、画面を向けられそうになった瞬間に山下が慌てて土間の腕ごとケータイを掴む。
「な、ななな、何で!消したのに!」
「何でかな?」
「ちゃんと他に保存アプリないか確認したし、転送記録も確認したのに!」
「いや、いっそ怖いわお前。」
「今すぐ消して!」
「別に消してもいいけどあんま意味ないぞ?他にすでに保存済みだから。」
山下が真っ青な顔で土間を睨みつける。
「んで、今からちょっと話があるからお前は付いて来い。」
そう言って土間は山下を連れて教室から出て行った。しばらくして意気消沈した山下が戻ってくる。
「九十九……俺、土間に脅迫されてる。」
「…う、…うん。…だろうね。」
「九十九と皆がいる前でベタベタしたらいけないって言われた。節度ある行動をしろと。」
「…そ、そうなんだ。」
「でも、俺が九十九のこと好きなのは本当だからね。本当は皆の前でイチャイチャベタベタしたいけど脅迫されてるから仕方なくしないだけだから!本当はずっと手も繋いでたいし、ハグしてたいし!とにかくずっと触ってたいから!」
「……いや〜それは……そっか。わ、わかった。」
「本当に本当だよ。ずっと九十九の近くで…」
「ああ!もう!本当にわかったから!チャイムなるから席ついて!」
そう言うとショボンとしたまま彼は自分の席に歩き出した。
そして九十九は心から思うのだった。
(ありがとう。土間くん。あなたの勇姿を忘れない!)
そしてその後、土間に対しても『さま』をつけるべきか少し悩む九十九だった。
読んでいただきありがとうございます。
《脅迫材料》
そういえば、土間は山下を何で脅迫したんだろう…そう思った九十九は土間の持つケータイをジッと見つめてしまう。
「何?見てーの?」
九十九の視線に気づいた土間からそう聞かれ、九十九はつい目線で「見たい!知りたい!」と訴えた。
「見てもいいけど、そうなった場合あいつのイチャイチャベタベタは復活するけどいいのか?」
「…!!!」
それは困る!と九十九は首を振った。
「なら、やめておけ。」
その一言でその会話は終了した。
意外と怒りっぽい九十九と変なことをすぐ察知する山下の面倒事を少しでも回避するために教えなかったのだが、今まで人形のような表情しかしてこなかった九十九が先程は雄弁に語った瞳を自分に向けたことが面白くて土間はくっくっと笑うのだった。




