オサムの長い1日。
時はほんの少しだけさかのぼり、3日前。
職場に電話がかかってきた。
5時を少し過ぎたあたりで、客が少しずつ入ってくる時間帯だ。
「はい。もしもし、」
オサムは電話に出ると、相手の少しの間を怪訝に思った。
『………………あ。あの………お忙しい時間に大変申し訳ありません。………九十九と申し訳ますが……オサムさん……でしょうか。』
小さな声で震えながら間隔をあけて喋るので聞こえづらいが、『九十九』と名乗った電話相手にオサムは驚く。
「え!九十九ちゃん?どうした?もしかしてまた何かあったか?」
以前、お店の近くであった山下ファン襲撃事件がサッと頭によぎりオサムは慌てる。
あの後、山下が面倒でならなかったのだ。前回のような対処の遅れを繰り返すと、山下がぶち切れるのは考えなくてもわかる。
そうオサムには「次はない」のだ。
『いえ、あの、……すみません。……実は次の土曜が山下くんの誕生日でして……』
「あ、ああ…聞いてるよ。大丈夫、休みにしてあるから。その連絡?」
『…あ、いえ、………実は……お願いがありまして……すみません。本当に突然すみません。』
何度も何度も謝る九十九の電話内容はこうだった。
・山下の誕生日にケーキを作りたいのだが山下の部屋には冷蔵庫がないので保管してもらえないか。
・出来るなら3時頃にそちらに向かうので皆さんでサプライズしてもらえないか。
あんな猛獣のような顔だけ男になんて優しいんだ九十九ちゃん。とオサムは少し感動した。
「いいよ。うちの店も時々お客様さんのバースデーサプライズするし、3時ならそんなに客もいないから。ケーキは朝に持っておいで。」
『本当ですか!?あ、ありがとうございます。とても助かります。嬉しいです。』
「うん。じゃー土曜日の朝な。」
『はい。あの…ハッキリした時間が確定してないので…決まりましたらまたご連絡します。あの、ありがとうございます。』
なんて丁寧な子でいい子だ。うちにバイト来てくれないか。とふと考え、いや無理か。とオサムはすぐに否定する。
九十九のことについては山下からザックリと説明されている。
今の電話にも震えながら恐る恐る話していた。どれだけの勇気でここに電話してきたのか。そう思うと健気だな、山下にはもったいないな。と思う。
いつもクソ生意気でギャンギャンうるさく、裏と表の差が激しい王子の皮をかぶった猛獣のために何かをしてやるのは癪だが彼女が喜ぶなら仕方がない。そうオサムは業務手帳に予定を入れ込むのだった。
そして当日の朝、九十九がやってきた。
以前、見た姿とは随分イメージを変え、とても可愛らしくオシャレをしている。
あぁ…山下の反応が面倒臭そう…
オサムは遠い目を空に向ける。
時々、休憩室で九十九からのメールを読んで「やっばい!ちょー可愛いんだけど!」や「好きだ!」や「結婚してくれ!」と叫んでいることがある。
山下のデレ方は本当に迷惑だ。
オサムがいる時にしか叫ばないので、それを外で聞いてしまったスタッフから変な目で見られていた時期があるほどだ。
「あの、朝早くに本当にすみません。よろしくお願いします。」
九十九がオサムに丁寧に頭を下げる。
それを見て、そういえば山下が「九十九の礼がとてもキレイで好き」と言っていたことがあった。
なるほどな、とオサムは思う。
「ああ、ちゃんと店のケーキ用冷蔵庫で保管するから。今日は楽しんでおいで。」
「はい。ありがとうございます。」
少しだけ頬を染めた彼女を見て、オサムはある懸念を思い出した。
「九十九ちゃんはあいつとメシ食ったことあるか?」
「え?はい。お昼はだいたい一緒に食べてます。」
「あぁ。ならよかった。あいつメシを不味そうに食べるから、初めて見たら驚くと思って。」
「……え?」
「……ん?」
2人の間に変な空気が流れた。
「あいつ、メシ不味そうに食べない?なんつーか、無表情で……機械がオイル補充してるみたいに。」
「え?いえ、ニコニコ食べてますけど。」
「……………。あいつ、一度、死なねーと性格なおらなさそーだな。」
オサムの声が低くなったので九十九がビクリと体を震わせた。
「ああ、ごめんごめん。いいんだ。九十九ちゃんの前で笑って食ってんなら。」
「や、…山下くんは…いつも無表情でご飯を食べてるんですか?早食いの大食いではありますけど…」
「ん?あぁ。量はすごい食うよな。それは一緒。でもあいつ味覚はすげぇ鋭いのに食に興味がないんだよ。何、食っても無表情。うまいもんも不味いもんも無表情。反応するのは腐ってるものだけ。」
「……そ、うなん、ですね。」
あまり信じられないのか九十九は困惑した表情だ。オサムからすれば九十九の反応の方が驚きなのだが。
「前にいい魚が入ったから、それを使ってまかない作ってやったんだけど、案の定、無表情で黙々と食べてっから『どうだ。美味いだろ』って聞いてみたら『え、クソ不味いんだけど』って言いやがってさ。慌てて一口食ってみたら本当にすげー不味くて俺はすぐ吐き出したんだよ。結局、新入りの調理師が塩の入れ物にグラニュー糖を間違えて入れてたみたいで、お客に出す前に気付いたからよかったんだけど。でも、あいつそれ全部食ったんだよ。無表情で。あの不味い食べ物を。」
「………え。」
「不味いから捨てろって言ったんだけど、腐ってないから別にいい。お腹に入れば変わんないから、って!あのとき、あ、こいつサイコってんなって思ったわー。」
「……………。」
あまりにも衝撃な出来事に九十九が絶句する。
それに気づいたオサムが慌てた。
「で、でもあいつがそんな風に笑って食ってんなら、九十九ちゃんの料理がよほどうまくて、嬉しいんだろ。」
「そ、うです…かね。」
「そうだよ。あいつが喜んでんなら、それが全てだろ?…だから3時、待ってるよ。」
「……はい!」
そんなやり取りをした後、九十九は山下のアパート側へ向かって行った。
そして、現在3時過ぎ…
「やばいやばいやばいやばいやばい!うわぁ〜やばい!」
そう顔を手で覆って叫ぶ山下を見て、オサムとスタッフ一同は唖然としていた。
食べ物に対してこんな反応をしている山下をみたことがない。
そして、ゾワリと背中に冷たいものが走る。
やっべ!なんか見てはならないものを見てしまった。と、慌てて目をそらす。
チラリと薄目で見てみると、赤い顔でトロリと目尻を下げ色気を垂れ流している山下がそこにいた。
慌てて九十九と山下2人を追い出すも、結局スタッフ1人は使い物にならなくなり帰ってしまった。良一は被害にあったものの一応、そのまま働き、時々立ち止まり「はぁ…」と深いため息をついている。
1時間ほどすると追い出した九十九と山下が戻ってきて食器等を返しに来たが、なぜか山下がさらにさっきよりひどいトロリ顔になっており「いいから、早く送ってこい。」と山下を追い出すも、良一が完全にやられてしまった。
「オサムさんすみません俺もうダメです。」
と最後の一言を残し去って行った。
今日は土曜日だ。
週で1番客が多い日なのに、山下は休んで、スタッフが2人も早退した。
とにかく閉店までオサムはずっとフルスピードで動き回ったのだった。
(よし、あいつへのサプライズは今後一切受け付けまい。)
そう心に固く、固く誓うのだった。
読んでいただきありがとうございます。
《禁断の休憩室》
女性スタッフのナツコは聞いてしまった。禁断の会話を。それは2日前のこの時間だった。休憩に入ろうと休憩室の扉に手を置いた時のことだ。
「好きだ!」
大きな声が部屋から聞こえた。これはうちの店のバイト、山下くんの声だ。
「うおっ!びびったー!お前、声でけーんだよ!」
その後すぐにこの店のオーナー、オサムの声が続いた。この部屋には2人しかいないはずだ。ナツコは汗が吹き出るのを感じた。
「つーか、んなことは知ってんだよ!黙って大人しくしとけ!」
「言わずにはいられないほど好きなんだ。」
「あぁ。もうわかったから本当、黙っとけ。」
ゴソゴソと音が聞こえた気がした。ナツコはそのまま口を両手で押さえて、休憩室から遠ざかった。
そして、今、まさしく同じ時間、同じ状態だ。
震える手で休憩室の扉に手を置く。すると、
「結婚してくれ!」
「!!」
2日前同様山下の声が休憩室に響く。
「うるせーよ!突然でかい声出すな!ってか結婚なんてできねーだろ!」
更にオサムの声が聞こえてくる。ナツコは声が出そうになり慌てて自分の口を塞いだ。確かに日本の法律では彼らは結婚は出来ない。
「だって!だって!好きなんだもん!」
「何度も言わなくても知ってるっつーの!」
「だって!もっと一緒にいたい!学校終わって、バイト終わっても一緒にいたい!」
「もううるせーな。だったら仕事終わって連絡すればいいだろ。」
「…いいかな?迷惑じゃない?」
「しかたねーだろ。でも遅くまではダメだ。明日も学校あるんだろ。」
「うん。そうする。ねぇオサムさん。これ、ちょっとだけ。」
「は?ちょ!おまえ何してんだよ。やめろ。あっ」
「いいじゃん!」
ガサゴソ…
「こ、ここではダメですーーーーーー!!!」
ナツコは大声を出しながら休憩室前から走り去った。それを聞いたオサムと山下は驚き廊下を確認する。
「何だ?誰だ?」
「ナツコさんの声っぽかったね。」
「あ!こらテメー!勝手に勤務表いじるんじゃねーよ!土曜日は絶対昼から出勤だからな!」
「ケチー!ケチー!ちょっとくらいいいじゃん夕方からにしてよ!」
「うるさい!」
そうして2人の気づかない間に噂は広がるのだった。
要するに主語は大切って話。
長いオマケ話でした。www
BL嫌いな人はゴメンね。




