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九十九は男の絶滅を祈る  作者: 英知 圭
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山下くんの誕生日。〜バイト先とサプライズ〜


海の中のレストランはとても幻想的な雰囲気だった。昼過ぎなので人が結構いたが、運良く水槽のすぐ近くの席に座ることが出来た。


近くをイルカがスイスイ泳いでいく。


「わぁ〜すごい!早い!可愛い!」

「本当だね。九十九、写真撮ろう。」

「うん。」


2人並んでイルカが来るタイミングで写真を撮るも、うまくいかず何度も撮り直す。

それすら楽しくて2人で笑いながら過ごした。



「わぁー!ラッコきたぁ〜〜〜!」


ラッコの餌やりは小さな水槽の前で始まった。

特に大きな芸があるわけではなくて、飼育員さんが餌を遠くへ投げ、それを泳いでラッコが両手でで掴み仰向けで食べる。


「かわぁい〜。すごいムシャムシャ食べてる。」

「あれだよね。九十九は意外とゲテモノ好きだよね。」

「え?」

「ううん。何でもない。」


九十九はほとんどの水槽をへばりつくように見ていたが、その中でも更になかなか離れなかった水槽がチンアナゴとクラゲとウツボだ。

正直、山下は目の前にいるラッコの肉食獣のような食べ方を見ているとそう可愛いようには見えないが、九十九が楽しんでいるのなら別にいい。


その後、九十九はお土産コーナーで両親にお菓子とお揃いの刺繍が入ったハンカチを買っていた。

山下が「俺達も記念にお揃いの物が欲しい」と言い、日常でも使える水族館のロゴ入りのペンを買った。


「楽しかったね。」

「うん。あとのショーは一度、見たやつかな。イルカと大水槽のやつ。もう一度見てもいいし、また好きな水槽見るのもいいよ。どうする?」

「今、何時かな?」

「今は2時半。」

「え!もう!?…帰ろう!!」

「え!!帰る!?」


九十九が時間を聞いて顔色を変えた。それを見て山下も顔色が変わった。


「まだ大丈夫だよ。まだ4時まで時間あるし、もう少し一緒にいようよ。ほら、チンアナゴまた見たいって言ってたじゃん。まだ1時間くらいじっくり見れるよ。」

「ううん。もう全部見たし大丈夫!帰ろう。」


そう言い切った九十九は迷うことなくサクサクと進み出した。それを山下は少しだけ力を入れながら後ろへ引っ張る。


「九十九。もう少し一緒にいようよ。水族館じゃなくてもいいから。ほら3時になるし、そこのカフェとかでお茶しよう。」


その一言に九十九は少し考え、頷くような表情をしたので山下は少しだけホッとする。


「じゃー山下くんのバイト先でお茶しよう。」


それほぼ家じゃん!!と山下が叫びそうになるが九十九の決心が固いようなので、仕方なく帰ることにする。


行きよりはだいぶ落ち着いた様子で電車に乗っている九十九を見ると顔色はあまりいいとは言えないが、山下の胸元に自分から擦り寄るようにしてくる姿が可愛くて山下は頬を緩めた。

と、思っていたのに、電車から降りた瞬間から元気に競歩レベルの速さで歩き出した。


「ちょ、ちょ、九十九!そんなに早く帰らなくてもいくない?まだ時間あるんだし。」

「ううん。ちょっと予定があって。」


その言葉に山下は耳元で大きなドラを鳴らされたような衝撃が走る。


「よ、予定がある?この後?」

「うん。急いで行かないと迷惑かけちゃうから。」


山下のテンションが地下へめり込むように下がる。

今日は4時になるまで九十九とずっと一緒にいるつもりだった。土間に「4時までに家に送ること」と言われていたが、4時前に帰すなんて絶対しないと思っていた。

九十九の事情も聞いていないのに。


ズン、と気持ちが重くなった山下は九十九に引っ張られるまま歩き続けた。そして、九十九の家がある住宅街のゲートが見える。


「…あ、」


山下が何か言おうとするもショックで言葉が出ず俯いていると、九十九はゲートを通り過ぎてもズンズンと歩いて行く。


「…九十九?ゲート過ぎたよ?」

「え?山下くんのバイト先にお茶しに行くんでしょ?」

「あ、うん。そっか。」


山下の気持ちが少しだけ浮上する。


そしてお店に着くと、珍しく九十九から店の扉を開けた。


「おう!いらっしゃい!」


オサムがそう言って余所行きの顔で出てきた。

休みに、しかも九十九とのデート中に会いたいと思ったことはない顔だ。


「あ、すみません。お願いします。」


九十九がオサムに向かって頭を下げる。

山下は状況がよく理解できないが、九十九がオサムにキレイな仕草で礼をしているのが無性に腹が立った。

オサムを睨み付けると、目が合ったオサムからフフンと鼻で笑われる。

さらにイラッとする。


「山下くん。あの席でいい?」

「う、うん。」


そう言って4人がけの席に座る。


「九十九。予定って何時から?」

「え?」

「いつまで一緒にいられる?送る時間も考えないと。」


そんな話をしているとなぜか自分達の席の周りにスタッフが集まり出した。

みんな山下の知っているメンツだ。

だが今は邪魔をしないで欲しいと言おうとするといきなり破裂音がした。


パンパン!パパパーン!


「!!!!」


大きな音に驚き、手を広げて九十九を隠そうとすると、ヒラリヒラリと自分の頭や周りに紙が落ちてきた。

それを見て、自分に向けクラッカーを鳴らされたことを理解した。


「「誕生日おめでとーーー!!!」」


集まったスタッフ全員にそう言われ、バシバシと肩を叩かれる。驚き過ぎて言葉も出ずに錆びた機械のようにギギギ…と九十九の方を見ると、九十九の手にも空のクラッカーがあった。


「………え、」


なぜスタッフが自分の誕生日を知っているのか、なぜ今日自分達がくることを知っているのか、なぜスタッフと一緒にクラッカーを九十九が持っているのか。ジワリジワリと山下の頭が働き出す。


「………うそ、」

「ふふ、お誕生日おめでとう。山下くん。」


九十九のその言葉でジワリと頬が赤くなる。


「ほら、おまたせ。」


先程までいなかったオサムがぬっと出てきて、山下の前に小さめのホールケーキを置く。


「………え、」

「俺じゃねーよ。九十九ちゃん特製だ。」

「………え、」


オサムに向いた目線を九十九に戻すと「作ってみました。」と九十九が照れ笑いした。


「……やばい…」


顔が一気に赤くなっていくのがわかった。


「やばいやばいやばいやばいやばい!うわぁ〜やばい!」


顔を両手で押さえてそう叫んでいるとふふ、と九十九の笑う声が聞こえてきた。


「よかった。サプライズ成功。」


山下は九十九を見るとあまりにも穏やかに嬉しそうに笑っていたので「あ、これ夢かも」と思ってしまった。


「あ、こりゃーだめだな。」


急にオサムが九十九に話し出す。


「九十九ちゃん。悪いがコイツ連れて部屋で続きやってくれ。このままじゃー店が機能しなくなる。」

「え、」


九十九はオサムが指を差した山下の顔を再度見ると例の18禁顔になっている。

先程まで笑顔でいた女子スタッフが「ぎゃ!」と真っ赤になって後ずさりしているのが見えた。


「ユウヤ。ほら。コーヒー作ってけ。あとケーキナイフと皿とフォークも。」

「うん。ありがとう。」

「おい。こっち向くな。下向いて行け。」


オサムは一切、山下の顔を見ずに必要な物を紙袋に入れて渡してくれる。


「九十九ちゃんは大丈夫か?」

「あ、はい。結構、見慣れてるので。」

「あー、な。……あとこれ餞別。」


そう言ってオサムから1と7のロウソクと『Happy Birthday Yuya』と書かれたクッキープレートを渡された。


「わぁ!ありがとうございます!」

「…いや。こっちもありがとうな。色々。」


ふいにオサムから頭にポンと手を置かれる。

九十九は驚くも嫌な気が全然しなかった。多分、オサムの表情が困ったような安心したような複雑な顔をしていたからだ。まるで弟を見守る兄のようなそれだった。


「あーー!!ちょっと触らないで!」


我に返った山下がオサムの手を払いのけると「あーはいはい。もう行ってくれ」とオサムが呆れ顔て言った。


「行こう。九十九。」


山下に腕を引っ張られ、裏の扉の方へ歩いていく。


「あの。皆さんありがとうございました。」


九十九は店を振り返ってそう伝えるとオサムやスタッフがフンワリとした笑顔で返してくれた。




読んでいただきありがとうございます。


《直後の店》


「だめだ。ちょっと外で頭冷やしてきます。」

そう言って、女子スタッフが真っ赤な顔でフラフラと店から出て行く。

彼女は去年、結婚したばかりでどちらかといえばイケメンは得意ではない子だ。そんな彼女でもこうなるのか、とオサムは山下の能力にドン引く。

そして、

「……………。」

「…………。見たのか。」

「…見ちゃった。」

真っ赤な顔をした良一が両手で顔を覆ってフラフラと女子スタッフの後に続いて歩き出した。

「………あいつメデューサか。」

オサムは背筋をブルリと震わせて厨房へ入ったのだった。

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