山下くんの誕生日。〜魚とお兄ちゃんとお弁当〜
駅を少し歩くと水族館に到着した。
まだ開園してそれほど経っていないので数組の家族しか見えない。
水族館のゲートをくぐり、料金所へ行くとサラリと山下が支払いを済ませる。
「山下くん。お金。」
「いらないから。デートで彼女に払わせるとかないから。」
「でも、今日は山下くんの誕生日だよ?」
誕生日の人にお金を払わせるのはおかしいのでは。せめて、自分の分は支払いたいと思った。
「絶っ対ムリ!」
「でも…」
「じゃー九十九はこれまで作ってくれたお弁当代払うって言ったら受け取ってくれるの?だったら料金もらってもいいよ。」
「…うっ」
以前、九十九は山下からお弁当代を払うと言われて断っていた。
お金が欲しいから作っているわけではない。ただ彼がおいしそうに食べてくれることが嬉しいから作っているのだ。
多分、その時にザックリと1食500円と彼は言ってたので換算すると水族館料金よりだいぶ多くのお金をもらうことになる。
誕生日の人からお金を巻き上げるなんて出来ないし、したくない。
九十九は首を横に振った。
「なら解決。行こう。」
ニッコリ笑って手を繋ぎなおされる。
水族館に入り、道順を進んでいくとまず巨大水槽が目に飛び込んでくる。
「わぁ!すごーい!」
テンションが一気に上がり、山下の手を引っ張り水槽の近くまで寄って、上を見て下を見て右に行って左に行って、その水槽にへばりついくようにしていると山下からクスクスと笑われる。
「やばい。めっちゃ可愛い。」
「ね、可愛いね。」
「いや、そっちじゃないけど。あはは。」
山下が本当に楽しそうに笑う。
「九十九。ここも楽しいけど少しは進まないと10時のショーがある水槽まで間に合わないよ?」
「そうだった。行こう。また来よう。」
「あはは。そうだね。また来よう。」
それでも次々と水槽に張り付く九十九のおかげで全然前に進まず、時間になったので途中から順路を無視してショーに行く。
「すごかったねー。楽しかったねー。スイミーみたいだったねー。」
「スイミー?あ、九十九。次のショーはすぐだよ。ちょっと急いで行こう。」
「はぁーい。」
テンションが上がっている九十九はいつもより反応が幼い。ショーを見ている時の瞳はキラキラしてて、終わった後の感想が興奮気味ですごく可愛い、と山下は隣で悶えていた。
もう途中から水槽なんて見ていない。
ずっと九十九の反応を見ていた。ずっと見ていられるとも思った。
「なんか、山下くんって保護者みたいだね。」
「え!!」
「すごく至れり尽くせりだから。」
セイウチのショーは屋外の開けたステージだ。空いている席の中でいい場所を見つけ、九十九を案内して、寒くないか聞いて上着をかける。さらに温かい飲み物を買ってこようか?と聞いたその後にその言葉を言われ山下は地味にショックを受ける。
「あ、山下くんの方が1つ年上になったから“お兄ちゃん”か。」
「や、俺は九十九の彼氏だから。」
「お兄ちゃん。もう尽くすのはいいから隣座って。」
「………はい。」
「お兄ちゃん。風邪引いちゃうから上着半分入って。」
「………はい。」
くそう。萌えてなんかいない!と山下は赤くなりそうな頬を手のひらで冷やす。
一緒の上着に入ったのでグッと2人が近くに座る。山下が九十九の腰をさらに引き寄せた。
「兄妹はこんなことしないし。」
「ふふ。そうだね。」
「九十九、楽しい?」
「うん。すごく楽しい。水族館なんていつぶりだろう。つい、はしゃいじゃう。山下くんはいつが最後?」
「いつだろう。学校の授業で行ったかな?でも記憶がないから、もしかして初めてかも。」
「そうなんだ。楽しい?」
「すごく。」
2人で顔を合わせ笑い合った。
(すごく幸せだ。)
セイウチのショーはのんびりとした雰囲気で進んでいき、最後は家族で遊びに来ていたお父さんがセイウチに食べられるように顔全面にキスをされ大爆笑がおきて終わった。
その後はイルカのショーで水のかからないギリギリ前の席を山下が確保してくれた。
ついまた「お兄ちゃん」と呼んだら、ムッとした顔でまたギュウギュウと押しつぶされるほど抱きしめられた。
「九十九。次のイベントが1時間半後だから今のうちにお昼にしようか。」
「うん、そうだね。あ、ラッコの餌やり!」
「そう。楽しみだね。お昼どこにする?海の見えるフレンチと海の中のレストランってのがあるよ?」
「ねぇ。山下くん。…あの。お弁当でもいい?」
「え?お弁当?…どこの?…え?九十九が作ったってこと?」
「うん。最後だし。」
「うわぁ!嬉しい!……けど。え?でもどこに?」
九十九は小さな肩掛けバッグを1つしか持っていない。
目を白黒させる山下に九十九は満面の笑みを浮かべた。
再入園のためのハンコを手に押され、九十九と山下は水族館を出て、隣の広場にやって来た。
少し奥にコインロッカーがあり、そのロッカーの上に置いてあった鍵を取り開ける。
そこには大きなカバンが入っていた。
「朝にお弁当作って、お父さんとお母さんがお出かけする時に入れておいてくれたの。鍵を盗まれなくて良かった!こんなこと初めてしたからドキドキしたよ。」
広場の開けた芝生の上にレジャーシートを敷いて座る。天気が良くてとても気持ちがいい。
カバンを開けると、ぎっしりと料理が詰まっている。
「わぁ!やばい!これ九十九が全部作ったの?朝に?」
「うん。昨日の夜から準備してね。ちょっと手伝ってもらったけど、ちゃんと作ったよ。はい、おしぼり。」
「やばい!おいしそう。本当に嬉しい。」
「レストランの方がよかったらどうしようって思ってたから。喜んでくれて嬉しい。」
九十九はカバンから次々と容器を出し、フタを開けていく。
色んな具の入ったおにぎり、からあげ、肉じゃが、アスパラのベーコン巻き、サラダ、卵焼き、味噌汁。
全てを並べると山下が今日一キラキラした笑顔をしていた。今朝、髪を振り乱して作った甲斐があった、と報われた気持ちになった。
「いたーだきます。」
そう言って山下がパクリとおにぎりをかじる。少し小さめには作っておいたが、それでも一口で4分の3がなくなる大きさではないはずなのだが。
九十九は「わぁ!さすが。」と山下の食べっぷりを見ていた。
トロリと溶けそうな顔で幸せそうにお弁当を食べてくれる山下の姿を見て幸せを感じる。
「本当においしい。幸せ。」
「ふふ。ありがとう。」
4人前ほどあった弁当が30分ほどで全てなくなっていた。
「すごい。ちょっと作り過ぎたから残してもよかったのに。山下くん大丈夫?無理してない?」
「全然してない。まだ入る。ってか胃が破れても九十九の料理を残すなんてしない。」
そう言い切られる。
「実は誕生日のお願いでお弁当を頼もうかなって少し思ったんだけど、九十九に負担になるなぁと思ってやめてたんだ。だから本当に嬉しかったしおいしかった。」
「そうなんだ。じゃー本当によかった!…あ、そういえばお願いは?今日頼むって言ってた方は?」
「………膝枕か抱き枕で。」
「……ん?」
「膝枕か抱き枕で。」
強めに言われてしまった。
(膝枕…以前したことあるけど、なんでそんなこと出来たんだろう。下から顔を見られるとかムリムリムリムリ。)
と、いうことで。
山下が背中からギュウと抱きしめられ、そのままゴロンとレジャーシートの上に転がる。
(うわぁ〜〜〜!これもやばかったぁ!全身山下くんに引っ付いてる!)
山下の顔が九十九の肩にかかり、フワフワの髪が首をくすぐる。意外とガッシリした腕が腰に絡まっており、絶対離すものかと主張している。足は彼の足に挟まれている。
もはやこれは抱きしめられているのではなく、拘束されているのでは?と感じるほど身動きが取れない。
「……はぁ…やばい。…幸せ。…寝そう。」
「寝ていいよ。あと1時間近くあるし。」
「ん、実は海の中のレストランって、イルカの水槽の横にあって、食べながらイルカの泳ぐ姿が見れるんだって。せっかくだから九十九と見たいなって思って…デザート食べに行こう…って…」
「そうなんだ。素敵だね。じゃー15分だけ寝て戻ろうか。アラームかけとくよ。」
「うん。…15分だけ…」
喋りながら眠そうにトロリとした声を出す山下の色気がやばい。
首から下の全身が山下の熱を感じ、ドキドキと心臓がフルスピードで動いている。
(好きな人と手を繋いでデートして、好きな人にお弁当をおいしそうに食べてもらって、好きな人に抱きしめられながら「幸せ」って言ってもらえるなんて。私はどんだけ果報者なんだろう。)
彼の寝息が聞こえる。それに合わせて息をしていると、九十九も自然と眠くなってくる。
(昨日は遅かったし、朝は早かったもんなぁ。)
そんな風に思ってるといつのまにか寝てしまっていた。
アラーム音で目が覚める。
「あ、時間…アラーム…」
持っていたはずのケータイを手探りで探そうとすると先に誰かに止められる。
ボンヤリとしながら目を開けると、目の前に山下の顔があった。
「!!!!」
一気に覚醒した。
「起きた?デザート食べ行こう!」
背中から拘そ…ハグされていたはずがいつのまに真正面からに変わっている。
(なぜ!?どうやって!?)
少しパニックをおこしそうになるも、山下のご機嫌ニコニコスマイルで毒気を抜かされた。
お弁当の入っていたカバンを再度ロッカーに預け鍵を閉め、ロッカー上に隠すように置く。
山下と九十九は手を繋ぎ水族館へ戻るのだった。
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ひたすらニヤニヤの回 w




