強敵は当然笑っている。
「……九十九……。」
聞こえるはずのない声が聞こえたのは九十九がお弁当を半分ほど食べたくらいだ。
まさかと思い、声のする方を向くと、山下が体を小さくして立っていた。
「山下くん?…え?ごはんは?」
「食べ終わったから…あ、ごちそうさま。美味しかったです。」
まったくそんな風には見えないが、彼が差し出してきたお弁当箱は確かに軽く、中身は入ってないのがわかる。
早食いで大食いの彼だ。しかし…
チラリとケータイの時計を確認すると別れてから15分もたっていない。食堂に彼女達を連れて行く時間と食堂からここまでの時間を引くと5分弱でお弁当を食べていることになる。
「ちゃんと噛んで食べた?」
「ちゃんと噛んだよ。」
「…ふ〜ん。」
いまだに九十九のイライラは完全に治ってはいない。昼休みが終わるまでに心を少しでも落ち着かせようと思っていたのに15分では無理だ。
それ以上、話すと彼が傷つく言葉をはくような気がして、九十九は黙ってお弁当を食べた。
山下はジリジリと寄ってきて、ベンチの定位置にゆっくり腰を下ろす。
「…あの、九十九。ごめんね。」
(…それは何に対しての謝罪なんだろう。一人でごはん食べさせてゴメンってこと?あと1週間とちょっとしたらずっと一人で食べる予定なんだけど。)
「…………あ…の、明日は2人で食べようね?」
「…え、」
黙っているつもりがつい声を出し山下を見る。すると彼の顔が強張り緊張しているのがわかった。
「……だ、ダメ?………もう…俺とは一緒に食べたくない?」
「その聞き方はズルイよ。…どうして?彼女と食べればいいでしょ?山下くんは彼女と食べたかったんじゃないの?」
少なくとも九十九には山下の会話や表情がそれを希望しているように感じた。
「…や、彼女と食べたかったんじゃなくて、皆で食べたくて。」
「私を巻き込まないで。」
「……っ……ごめん。」
九十九は大きく息を吸い、ゆっくりゆっくり吐きだす。
(もうだめだ。ここにいたらダメだ。)
口を開いた瞬間から山下へ嫌味を投げかける自分に嫌になる。今の3分も満たない時間だけで山下に傷ついた顔をさせてしまった。
これ以上、一緒にいればひどいことを言いすぎて山下が女性恐怖症になるのではないだろうか。
九十九は食べかけの弁当を片付ける。
それを見ていた山下は展開についていけないのか少し混乱しているのか「え、え?…九十九?…え、九十九?」とオロオロしていた。
「大丈夫!帰りまでには元に戻るから。」
放課後までにはこんなドロドロと嫉妬したブスではなく、いつも通り山下と笑って帰れる自分に戻っているという意味で言った。彼にそれが伝わっているかはわからないが、なるべく明るい声を出して「じゃあね!」とその場を去る。
遠くで「ごめん。」と彼の声が聞こえたが振り返るのはやめておいた。こっちも必死なのだから仕方がない。
山下が走る。
目的地は理科室だ。多分あいつはそこにいる。
勢いよく開けた扉がバンッと大きな音を出して、あいつが振り返った。やはりここにいた。
「俺、何を間違えた!?」
鬼気迫る顔で山下は土間に詰め寄った。
「わぁー。マジで来たぁ!」
「な、今日はここでメシ食って正解だったろ?」
なぜか前回同様に当たり前のようにいる津々見をジロリと睨む。それなのに津々見はケラケラ笑いながら話した。
「つーか。最初から間違ってんじゃん。」
「はぁ?お前に何がわかるんだよ!」
「いや、わかんねーけど、さすがに今日のはないだろう。それくらいはわかるよ。」
「はぁ?」
「だって、九十九って男は嫌い、女は苦手って本人が認めてんじゃん。なのに何で他校の知らない女子と一緒にメシ食えると思ったんだ?」
山下は津々見の発する言葉にゴーンと鈍器で殴られたような衝撃が走る。
津々見に言われてやっと気づいた。
なんでそんな大切なこと忘れていたんだ。そんなこと津々見なんかよりよっぽど自分の方が知っているはずなのに、とあまりにもショックでフラリとする。
「いや、俺は最初、山下が九十九のこと嫌いになって嫌がらせでもしてんのかな?ってマジに思ったわー。」
「…っ……っ………そんなことしない!」
「そうなん?じゃー何であの子と一緒にメシ食おうって思った?あ、惚れた?」
「まぁ確かに顔はめっちゃ可愛いな。」
「………ちがう。………でも言わない。」
燃え尽きたように山下がうなだれて言う。
「まぁ何となく理由はわかるけど。」
「え、なになに?」
呆れたような土間の言葉に、自分の馬鹿な考えが読まれているのを感じ、山下は羞恥で顔を伏せる。
「ま、俺らがどうこう言うことじゃないし、あとは自力で頑張れ。」
そう言ってバシリと背中を叩かれた。
九十九は山下と別れた後、中庭のベンチでお弁当の残りをゆっくり食べ、フラフラとトイレに向かっていた。
気持ちはやはり落ち着いておらず、ため息を止めることができない。
洗面台の鏡で自分の顔を見ると情けなく眉を下げたブスがそこにいる。
すると隣の洗面台に女の子が来た。ふわりといい香りがして、九十九は体を強張らせた。
何度か嗅いだことのあるこの香りにいい気持ちなど持ったことがない。
多分、隣にいるのはミオだろう。
九十九は視界に入れないようまっすぐ前だけ見るように意識した。手早く手を洗い、髪型を整えてその場を去ろうと歩き出した時だった。
「罰ゲームで仕方なく付き合ってるんですね。」
九十九は足を止めてミオを見る。彼女は鏡を見て髪をセットし直しなが言葉を続けた。
「罰ゲーム期間はあとどのくらいですか?」
九十九は彼女を軽く睨むが、九十九を一切見ない彼女には効果はない。
罰ゲーム期間はあと1週間と1日。でもそんなこと彼女に教える義理はない。
九十九は何も言わずその場を後にしたが、遠くでクスクスと笑うミオの声が、その後もずっと耳の奥で聞こえるような気がした。
罰ゲームのことはこの学校の誰かから聞いたのだろう。別に秘密にしていることではないし、知られて当然だ。
あのイケメンがこんな陰険なブスとどうして付き合いだしたか疑問に思うに決まっている。
それに山下を食堂に行くように言ったとき、自分から『罰ゲーム』と言った記憶がある。
それなのに、あのような直接的な言葉に九十九は心臓をグリグリとえぐられるような気持ちになった。
(泣くな私!頑張れ私!…大丈夫。罰ゲームだろうが何だろうが、あと1週間は私の彼氏だ。)
ジワリと目に溜まる涙を何度も瞬きをしごまかす。
教室に戻り鈴木と楽しい話をしよう。そう足を早めるのだった。
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