強敵は突然懐に入る。
「あ、」
放課後になり、帰ろうと2人で廊下を歩いていると、山下が突然歩みを止めサッと廊下の曲がり角に隠れる。
「山下くん?」
彼がスッと人差し指を口元にやり、目線で何かを訴えてきたので、そちらに目をやると、そこには朝に見かけた他校の女子がいた。
九十九は目線を山下に戻すと、彼は微妙に面倒臭そうな顔をしていたので「どうする?」と聞いてみた。すると小さな声で「遠回りして帰ろ。」と言って九十九の手を引っ張り逆方向へ歩き出したので九十九は小さく笑いながらついて行く。
「…何?」
「ううん。山下くんでも苦手な子がいるんだなって思って。すごく可愛い子だったのに。」
「…あの子、話が通じなさそうだし。九十九の前であんなこと言うし。」
あ、そうだよね。と九十九は納得する。
彼が女の子に冷たく当たるのは基本、九十九の前だけだ。彼女至上主義の彼だから仕方ない。
罰ゲーム期間が終わって彼に本当の彼女ができたら九十九もあの子のように冷たい言葉を言われるのかもしれない。
そう思うと彼女が少し可哀想になってくる。
しかし、そのことについて九十九が山下に意見できることはないので口をキュッと締め、余計なことを言わないようにした。
「お茶会が終わるまで打ち合わせとか準備とかで結構会いそうだなぁ。面倒だな。」
「うん。まぁでも行事のために来てるんだし、会っても朝みたいに話し込んだりはしないよ。」
「……う…ん。……そうだね。」
少し歯切れ悪く山下が頷く。
「そういえば、山下くんって駅を利用することあるんだね。街に遊びに行ってたの?」
「え?ああ。あの子を助けたときのこと?…あの日はバイト先で10時前に常連客が来たんだけど、めっちゃお酒飲む人で、その人の好きな酒がなくなりそうだから取引してる酒屋さんに買い出しに行かされてたんだ。」
「電車で?」
「うん。その日、結構忙しくて車の免許持ってる人が誰も買いに出れなくてさ。俺は10時以降は店に出れないから、俺しか行ける人がいなくて仕方なく。」
「そしたら駅で『助けてください!』って言われたんだ?すごいね。」
「…九十九とケンカした日だったから本当に厄日かと思ったよ。」
「…………ふふっ」
「…笑いごとじゃーないから。」
そんな話をしながらその日は少し遠回りをして校舎を出て帰った。
「あ、山下くん。こんにちは!」
「…………こんにちは。」
元気に挨拶をされた山下はヒクリと引きつった顔を瞬時に能面笑顔を変えて挨拶を返した。
目の前にいるのは昨日の『自称・運命の人』の『ミオ』だ。
「ミオ、今日はお昼ご飯をこっちの学校でとろうと思って来たの!せっかくだからお茶会までに仲良くなりたいなぁと思って!」
「………そうなんだ。仲良くなれるといいね。それじゃ。」
能面笑顔をさらに貼り付け、弁当を持った九十九の腕を引き歩き出そうとすると「一緒に食べませんか?」と声をかけられた。
そのミオの発言に茶道部のメンバーが少し浮き足立つのがわかる。
「……ううん。遠慮しとく。2人で食べたいから。」
山下の発言にキョトンとした顔をし、ミオは九十九の方に視線をやる。
初めて九十九はミオと目が合った。
「え〜と。山下くんの友達ですか?」
「彼女だよ。」
九十九は「え、」と少し驚き山下を見た。
九十九が罰ゲーム彼女というのはこの学校の生徒ならほぼ知っていることだ。一応、最初のゲームの規定で『九十九を彼女と思い接すること』とあるので山下の言ってることは間違いではないのだが、罰ゲームの事実を知らない女の子に堂々と言われると違和感がぬぐえない。
そしてその発言を聞いたミオとその後ろにいる何人かの他校の女子生徒が唖然としている。
九十九は「罰ゲームなんですー!」と大声で叫び逃げ出したい気持ちになった。
「………えーっと。山下くんの彼女?」
「そうだよ。」
「……そう…なんで……すか」
ミオは再度、視線を山下から九十九に変えた。
頭から足先までを視線が行き来し、彼女が九十九を品定めしていることがわかる。
多分、その時間は0.5秒もなかったはずだが、九十九にはとても長い時間が流れたように感じ、変な汗が背中に流れた。
「……そうなんですね!すごくお似合いです!」
ミオは一瞬だけ見せた嘲りを気づかれないように明るく元気な笑顔でそう言い出した。
(…コイツ何言ってんだ?そんなわけないだろ。)
九十九はあまりに無理のあるミオの反応に唖然とし言葉が出ない。
どこをどう間違って見ても山下と九十九がお似合いのわけがない。あまりにも常識でありえない言葉に「嬉しい!」など一切思えず、逆に嫌味なのかなと思った。
顔をしかめてしまうのは仕方のないことだった。
しかし、ミオは九十九を品定めした後は一切、九十九を見ず、山下に話しかける。
「ステキなカップルです。憧れる!」
そう続けるミオに周りにいる女の子達も少し苦笑いしている。
九十九は居たたまれなくなり、ご飯を食べに行こうと促すため山下をつつこうとしたとき、
「本当に?ありがとう。」
山下の能面笑顔が剥がれ、極上スマイルが炸裂した。
(…ぎゃ!…目が潰れる!!)
「……っ!…はい!とても理想のカップルです!」
「だって!嬉しいね。九十九。」
ニコニコ顔で山下は振り返りながら九十九に同意を求める。
(コイツ何言ってんだ?そんなの嘘に決まってるだろう。)
山下を呆れた顔で見てしまい、早くこの場を離れたくてジリジリと後退する。
「あ、待って九十九。…君、名前なんていうの?」
「ミオです!東野ミオ!」
「東野さん?」
「ミオって呼んで下さい。」
山下は少し考えた後「ミオさん?」と呼んだ。
ミオは顔を真っ赤にして目を丸くし興奮したように勢いよく頷いた。その場にいたこの学校の生徒は息を呑み固まっている。
そういえば、山下が女子生徒の名前を呼んだことはない。罰ゲーム彼女の九十九さえ苗字呼びだ。
まぁそれは九十九がそう呼ぶように仕向けたからなのだが、その過程を皆は知らない。名前呼びも初めてではなく、バイト先の律子を名前で呼んでいるが、バイト先すら生徒は知らないため、そのような反応をしてしまったことは仕方のないことだ。
「…そう。ミオさん。またね。」
今まで「じゃー」とすぐに距離を取ろうとしていた山下が「またね。」と次を匂わす言葉を言ったことに九十九は驚き、山下の顔を見る。
彼は満足気な、それでいて嬉しいそうな顔をしており、九十九は一気に不安な気持ちになる。
(もしかして、あの子のこと好きになったの?)
九十九の背中を軽く促しながらその場を離れようとする山下を見た後、後ろのミオを少し振り返り見ると、彼女は頬を赤らめボンヤリと山下の後ろ姿を目で追っていた。
(…本当に可愛い子。)
九十九はさらに膨らんだ不安を霧散させるように頭を振り、前を向いて歩き出すが、そんなことで気持ちが晴れるはずもなく、その後に何度も山下より「どうしたの?」「体調悪い?」と聞かれるのだった。
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