彼がうちに来ました。〜ハイスペックな彼が恨…羨ましいです〜
「あの、明日はお邪魔させていただきます。」
九十九と九十九の母の恵美子を席へ案内した後、メニューと水を2人に渡し、山下はそう言って少し頭を下げた。
「ええ。朝にりんちゃんから聞いたわ。楽しみにしてるわね。山下くんは好きな食べ物なぁに?」
「……え!」
突然の恵美子の質問に山下は驚き固まってしまったので、九十九が補足するように話す。
「明日は夕飯うちで食べよう?」
「わぁ!本当に?嬉しいです!…俺、何でも食べます。好き嫌いないんで。」
さすがはハイスペック。
驚きはするも嫌がる様子が見て取れない。
もし自分が逆の立場だったら嘘を重ねた言い訳をして断るか、断れず緊張で吐くがどっちかだろう…と、九十九は冷静に自分を評価する。
(本当に嫌じゃないのかな?)
そう思い、九十九は山下の顔を覗き見ると、目をキラキラさせた彼と目が合い、つい笑ってしまった。
その後は山下の勧めてくれたスイーツを食べて、「10時までバイト頑張ってね。」と声をかけて帰った。
「……へへ♫」
「……………きっも!!」
後片付けをしながら山下がニヤニヤヘラヘラ笑っている。オサムの辛辣な言葉にも全く動じない。
「……あ、オサムさん。明日は絶対に絶対に連絡してこないでね。」
「…しねーよ。バカトが事故に合おうが、俺が過労で病院運ばれようが、親父が病気で倒れようがお前には連絡しねぇ。」
「あ、しげさんになんかあった時だけ連絡して。その他はいいから。」
「…くっ…何て人情のないやつなんだ。」
「はいはい。そんなもの生まれてこのかた持ったことありませんから。」
「ま、まぁまぁ。2人共。お客もまだ来ないだろうし、お茶でも飲んでゆっくりしよう。」
2人の間に入りなだめる良一が「多分、俺が最初に胃に穴が開いて倒れる。」と確信していることに2人は気づかない。
月曜日になった。
終始、山下はご機嫌で、目が合うと「楽しみだね。いっぱい話そうね。」と言ってくる。
彼が嫌がる様子も緊張した様子も見せないので九十九は心底、見習いたいと思ってしまう。
「あ、九十九。ケーキ屋寄っていい?」
授業が終わり下校中に山下が足を止めて、以前行ったことのあるケーキ屋を指差す。
「ケーキ?」
「うん。お土産。九十九のご両親がどんなケーキが好きか教えて。」
「わざわざいいよ。」
「この前も迷惑かけたし、今日はご飯もごちそうになるし、それにまた遊びに行きたいし。」
断ろうとした九十九だったが山下の「また遊びに行きたい。」の一言に負けてしまった。
正直、次があると言ってくれたことが嬉しい。
そして店に入り、家族が好きなケーキ、自分の好きなケーキを教え、山下が好きなケーキを知り満足して店を出た。
「ただいま。」
いつも通り変わらない玄関のはずなのに、なぜか九十九が緊張をしていた。
「りんちゃん、おかえりなさい。山下くんいらっしゃい。」
「昨日はありがとうございます。お菓子おいしかったです。今日はお邪魔します。あ、これケーキです。食べて下さい。」
「あら。わざわざありがとう。」
逆に緊張を全くしていない山下に悔しくなりながらも、彼が自分の生活空間にいることが嬉しく、また恥ずかしくなる。
山下にリビングのソファーに座ってもらい、母がお茶の準備をし始めたところへ手伝いに寄る。
帰る前から準備をしててくれていたのだろう、母から「お茶持って行くから、りんちゃんお菓子だけ持っていって。」と言われお皿に並べられたクッキーを運んだ。
山下はキョロキョロと部屋を見ながら、小さい声で「うわぁー。」と言っている。
「なんか九十九の家ってカンジ!」
「ふふっそれどんな?」
「家族を大切にしてる可愛い家ってカンジ。」
ふと、彼のアパートが頭をよぎり、まぁ確かにアレよりは家族感あるな。と思う。
「お茶どうぞ。…りんちゃん着替えてらっしゃい。」
「あ、うん。山下くん。すぐ戻るね。」
「うん。」
母と2人きりになるのは、さすがの山下でも気まずかろうと、九十九は急いで私服に着替え、リビングに戻る。しかし母と山下が声を出して笑い合ってるのを見て「ハイスペック!」としか言いようがなかった。
「ねぇ九十九。次、選択授業なんにする?」
「あぁ。今日HRで話してたやつ?」
「そう。」
九十九の通っている学校は普通科のみだ。幅広く学ぼうが学校方針で時々、他の学校の科目を体験するような授業がある。とは言ってもほんの2時間の体験で、興味をもった生徒は個別に教師へ相談するようなスタンスだ。
今回の選択授業は『フードデザイン』と『ビジネス実務』と『簿記』と『被服』だ。
簿記などは2時間でどんな事を教えてくれるのか疑問だ。
「私はフードデザインにする予定だよ。」
「そうなんだ。意外!」
「うん。鈴木さ…くんと一緒の班になろうねって話したから。」
それを聞いた山下は笑顔のまま固まる
「……………。どういう流れでそうなったの?」
「え?流れ?」
「うん。どんな話をしたの?」
「…話?うーんと。」
九十九はHRのことを思い出しつつ話した。
『……なぁ。おまえ何にすんの?』
津々見が相変わらずな調子で話しかけてきたので無視をすると『またかよー。』『いい加減慣れろよー。』『どれにすんだよー。』としつこく言ってくる。
それに対しても無視をし続けていると舌打ちした後に鈴木に声をかけはじめた。
『なぁ鈴木ー。またこいつダンマリ決め込んでんだけど、おまえ話しかけて。つーか鈴木は何にすんの?』
鈴木がゆっくり振り返り、少し苦笑しながら返事をした。
『僕は悩んでるんだけど、出来ればフードデザインかな。……九十九さんはどうするの?』
そう、鈴木に聞かれれば無視するわけにはいかないので、サッとプリントを指差してた。
『…コイツっ…』と隣から低い声が出て聞こえてきたが空耳だろう。
『…えーっと。フードデザインか簿記?どっちかってこと?』
2つを交互に指差した九十九の気持ちを理解してくれたようだ。正解だと鈴木に頷く。
『そうなんだ。僕はビジネス実務と迷ってるよ。ほら、フードデザインって女の子ばっかだろうし、班に居づらいよね。』
(わぁ!まさしく同じ気持ち!)
そう思い九十九は「さすが鈴木さま!」とキラキラした目で大きく頷く。
『あぁ。九十九さんも?じゃあ一緒の班になる?そうしたら僕も安心してフードデザインを選べるし。』
山下のお弁当を作るようになってから料理に興味を持ちだした九十九だが、フードデザインでは班を作らなければならず、どこかの班へ入れさせてもらわなければならない。それが九十九にとっての最大の問題だったが鈴木と一緒の班になれるならとても気が楽だ。なんてついているんだろう!と、九十九はテンションMAXで何度も頷く。
そんな2人の様子を見ていた津々見が『じゃー俺もフードデザインにしようかな。』と言ってきたので慌てて首と手を大きく横に振った。
『なんでだよ!俺も仲間に入れろよ!』
津々見が叫んでいるが、そこは無視した。
…と、経緯を話し終えると、山下は真面目な顔をする。
「大丈夫。津々見は別の選択をさせるから、まかせておいて。」
「……。はい。」
逆らってはいけないような雰囲気だったので素直に頷いておいた。
「山下くんは何にするの?」
「俺はビジネス実務か簿記かな。どっちか九十九の希望とかぶったらそっちにしようと思ったけど、かぶらなかった。」
残念。と苦笑いしながら山下が言う。
「料理はしない?」
「俺?…うん。俺は料理しない。包丁持ったことないし。」
キッパリと言った彼に少しの違和感を感じるも、それよりあの部屋に包丁がないことが確定し、山下の食生活が気になってしまった。
「毎日なに食べてるの?」
「え?」
「全部コンビニ?」
「え?いや、朝は食べないけど、昼は九十九がお弁当作ってくれるし、夜はバイト先のまかない食ってるよ。休みの日はコンビニ弁当だけど…」
それを聞いた九十九は衝撃を受ける。
今更ながら自分の作るお弁当が彼の体を作っている、彼の栄養になっていると気付かされた。
(ちゃんと栄養のあるもの作らなくちゃ!)
そう思ってしまうのだった。
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