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九十九は男の絶滅を祈る  作者: 英知 圭
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予約なく来ました。


昨日、母にお願いをした。


「お母さん。明日、買い物に行きたいんだけど。」

「あら。いいわね。どこに行く?」


申し訳なさそうに言う九十九に対し、母はとても嬉しいそうな高い声を出す。


「…………ビ、…ビューラーが欲しい…です。」


顔に熱が集まるのがわかる。多分、真っ赤になっているのだろう。

出来るならコッソリと買いたい…そう思うも、九十九は1人で街に行けない。何か小さな買い物でも両親が側にいてくれなければ買えないのだ。


驚きながらも、そんな九十九の心情を察した母はふふっと笑い「いいわね。女2人で出掛けてましょ!」と言ってくれた。

九十九は照れを隠すように前髪を少し触りつつ「ありがとう。」と答えた。


前髪を切ってから今まで悩みもしなかったことに悩んでいた。跳ねるとなかなか戻らない前髪、ボサボサの眉毛、丸見えの瞳。鏡に映った自分の姿を見て九十九はため息しか出ない。


山下の周り、いやクラスを見渡すといつも髪をキレイに整え、チラリと形のいい眉毛が覗かせ、まつ毛をクルリと上げ瞳を大きく見せている女子が多くいる。

これまでは気にも止めていなかったのに、今では前髪を切り、山下が顔を近づけてくるたびに「早くどうにかしなければ…」と思ってしまう。


山下からどこかに出掛けようと言われていたが、さすがに彼の前でビューラーやムースを選ぶ度胸はない。

母を選んだのは九十九にとって、選べる選択肢がなかったからだ。ちなみに父という選択肢は、はなからない。





「りんちゃん。ホットビューラーもあるわよ。どっちがいいかしら。あ、マスカラも買う?」

「いい!いい!」


テンションが高い母に驚きつつも、美容品がまったくわからない九十九はとても助かっていた。


「このリップどう?色も可愛いし、いい香りよ。」

「そんなカンジの色は持ってるからいいよ。」

「じゃーこのオレンジにしましょ!あ、マニュキュアは?学校は怒られるかしら?」

「ううん。でも派手になるからいいよ。」

「透明ならいいんじゃない?あ、マニュキュアがダメならピカピカに研いだら?ネイルシャイナーを買いましょ!」


全てを断っているはずなのにカゴの中の物が増えていくのが不思議だ。


「ねぇ、りんちゃん。」

「何?」

「山下くんのこと好き?」


ポイポイと美容品をカゴに入れていき、今までの会話の延長のように自然と、しかし突然聞かれた。


「うん。好きだよ。」


内心とても驚いたが、九十九は何故だかスルリと本心を口に出来た。


「男の子として?」

「うん。」

「そう。」


母は柔らかく笑った。何だかとても嬉しそうだ。

その話はそれだけで終わり、母は詳しく聞いてきたりはせず、買い物を継続した。






「オサムさん。8番のテーブルのお客様ナスがダメだって抜いといてね♫」

「…おう。……あ、リョウ!さっき17番近くの床が濡れてたからモップ掛けとけ!」

「あ、それもう拭いておいたよ♪」

「……サンキュー。」


オサムは「今はダメだ。」と自分に言い聞かせ、無の境地で目の前の注文を確認し手を動かした。


「ホラ。8番のパンケーキな。」


お昼時を過ぎ、残り2組のお客様の最後の注文だと思われるパンケーキを山下に渡す。

「はーい♫」と運んで行った山下が戻ってきて「ねぇ♪メールしてきていい?」と満面の笑みで聞いてきたことでオサムのギリギリ保っていたモノがプツリと切れたような音がした。


「マジお前ウゼェ!語尾に音符つけんな!マジキモイ!ヘラヘラと顔ゆるめてんじゃねぇ!腹立つ!」

「あは。心に余裕があるとオサムさんのパワハラも虫の羽音にしか聞こえないよね。」

「はあ!?ムーカーツークー!!」


ニコニコと機嫌よく働く山下に「キモイ!ウザい!」と叫ぶオーナーは確かにパワハラなのかもしれないが、全てを近くで見ていた良一は少しオサムの気持ちが理解できた。


「まぁまぁオーナー落ち着いて。勇也くんは今日は機嫌がいいね。」


良一は2人の間に入り、距離を取るようにする。


「そうなんです♫」

「……昨日の電話がそんなに嬉しかったのかよ。つーか小学生かよ。」


山下のデレ顔にイラッとした様子のオサムが口を挟む。


「いや〜。それもあるんだけどー。今朝メールして朝会いませんかって聞いたら、朝はダメだけど月曜に家で話そうって言ってくれたんだよね〜♫」

「はぁ?九十九ちゃんにどんだけ迷惑かけてんだよ!…つーかお前が『九十九は俺に会いたくないの?』とかワガママ言ったんだろ!」

「…………盗聴してた?」


オサムの発言に山下が真面目な顔になる。


「って言ったのかよ!………うーーー。九十九ちゃんマジ同情する。九十九ちゃんマジ逃げてほしい。」

「どうゆう意味だよ!無理矢理じゃないし!」


良一は2人のハイペースなやり取りに口を挟めないでいると店のドアベルがカランカランと鳴った。


「「いらっしゃいませ!」」


一瞬にして接客用の仮面を被った2人が笑顔で振り返る。そんな様子に「この2人ソックリだ。」と良一は思う。


「…え!?…九十九?」


山下の素っ頓狂な声にオサムと良一が注目すると、入り口には渦中の人、九十九が立っていた。


山下と目が合うと強張った顔が少しだけホッとしたように柔らかくなる。

そんな九十九の後ろから母の恵美子がスッと姿を現した。


「あ、突然すみません。昨日は娘がお世話になったようで。ご挨拶に伺いました。」


丁寧な言葉とキレイな一礼をする母の恵美子に気付いたオサムは素早く前に出た。

「九十九さんのお母様ですか?私、この店のオーナーの葛見と言います。……いえ、昨日は山下を無理にバイトに入らせた結果、このようなことになってしまい、こちらこそ申し訳ありません。」

そう言い、礼を返す。

先程、高校生相手に「キモイ!ウザイ!」と言っていた人とは思えない大人な対応に良一は驚いた。

2人は大人の会話のやり取りを交わし「これ、皆さんで。」と恵美子が持って来たお菓子をオサムが受け取っていた。


その隣では山下が九十九に「今日は会えないって言ってたのに!」と嬉しそうに笑顔を振りまいていた。

「朝は会えないって言ったの。忙しい時間だったらオサムさんだけに簡単な挨拶してすぐ帰るかもって思って言わなかったの。ゴメンね。」

「ううん。大丈夫。」


山下のニコニコ顔がふと真面目な顔に変わり、九十九の顔を両手で包み込み、マジマジと見はじめた。


「……山下くん?」

「頬の腫れ、引いてるね。痛くない?」

「ああ!うん。昨日すぐに冷やしたからもう大丈夫だよ。痛くもないよ。」

「よかったぁ!」


自分の近くで芸能人並みのキレイな顔がパッと花が咲いたように笑みを浮かべる。

しかし、その後すぐにまた真面目な顔をして頬より下に目線を向け何かを探るように見はじめる。


「…山下くん?」

「……。九十九の私服初めて見た!可愛いね。」


またニッコリと山下が笑う。


(あなたほどではありません。)


つい、そんな風に思ってしまうのは目の前の彼が美しく微笑んでいるからで卑屈ではない。


今日の九十九は白のシャツに膝下まである水色のスカートをはいていた。靴は少しヒールのあるストラップパンプスで少しだけいつもより山下の顔が近い。

ここ最近、九十九は自分から服を買っておらず、全て母が「りんちゃんに似合いそうだったから!」と買ってきてくれたものだ。

なので持っている服は母好みのスカートが多い。


「………山下くん。…みんな見てるから手を離して。」


彼の表情や発言、頬に添えられている両手に羞恥を覚えるが、それよりもチクチクと刺さる母とオサム、あと多分、良一の視線が気になって仕方ない。

山下は周りの様子を見た後に照れたように苦笑いをして手を離してくれる。


「九十九、せっかく来てくれたんだし何か頼んでかない?」


ニコニコと嬉しそうに山下が聞いてきたので、九十九は母をチラリと見ると、それに気づいた母は「いいわね。甘い物でも食べよっか?」と言ってくれた。


いつか山下に迷惑をかけず彼のバイト先にお客として来れたらいいなぁ…と思ってた九十九は嬉しくてつい満面の笑みになった。



読んでいただきありがとうございます。

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