特別授業のお時間。〜ご迷惑お掛けします〜
「いーい?九十九。絶対30分はお風呂から出たらダメだからね!絶対!」
山下が子どもを諭すように強く訴える。
あまりにも圧が強いのでつい頷いてしまう。
「あ、時間わからない?じゃー腕時計ここに掛けとくから。」
浴室のタオル掛けに腕時計を引っ掛ける。「壊れるかもしれないからいい。」と言うも彼が「壊れてもいいから。」となぜか懇願してきたのでしぶしぶ納得する。
「俺、少しバイト戻るから、九十九はゆっくり入っててね。お風呂から上がったらメールして。勝手に部屋から出たらダメだからね。熊でるかもしれないから!じゃー行ってくるね!」
熊…?と思いつつも、慌てたように出掛ける山下を見送り浴室に向かう。
案の定、洗濯機はなく広々と感じる脱衣室で制服を脱ぐ。
(やばい。なんか恥ずかしいんだけど。)
脱衣室にある洗面台に自分の姿が映ったのを見て羞恥のあまり急いで浴室に入った。
浴室に入ると湯船のお湯を体にかける。
噴水の水はあまりキレイな水ではなかったのだろう。ずっと少し変な匂いがしていた。
なので九十九は1番に体を洗いたかった。
(あ、よかった。ボディソープとシャンプーとコンディショナーはあった。石鹸だけだったらどうしようと思った。 )
ぷぷっと笑いが出た。
体だけ洗おうと思っていたが山下が使っているシャンプーを見たら使ってみたくなる。
使っちゃえ!と全身を山下の物で洗う。
洗顔だけは男物だったのでやめておいた。
湯船に浸かると全身の血がすごい速さで巡っていくのがわかる。やっぱり冷えきっていたんだなぁ…とその時感じた。
湯船でぼんやりしており時計を見ると50分近く入っていて慌てて浴室から出る。
すると入り口付近にバスタオルと着替えと袋が置いてあった。
袋を覗くと新品のブラトップシャツと下着が入ってある。
驚いているとメモが入っているのに気付いた。
『バイトの女の子に買ってきてもらいました。着て下さい。中身は見てません。』
と、何故か言い訳のようなことが書いてある。
正直、びしょ濡れの下着は身に付けたくなかったので、とても助かった。
でも、いつの間に…と思ったが、彼が出掛ける前に30分はお風呂から出るなと懇願していた理由がわかった。
新品の下着を袋から取り出し身につけ、多分、山下の私服であろうトレーナーに腕を通す。
「わぁ!大きい!」
山下は身長は高いが細身な印象だ。それでも彼の服を着てみると自分よりも大きいことに気づかされる。
スンスンと服を匂うと山下の香りがする。
自分自身も全身が山下の香りに包まれているので嬉しくなる。
その後、ケータイを確認すると親から着信とメールが数件入っていた。うっかり報告を忘れてしまっていたことに気づき慌ててメールを打つ。
『メール忘れててごめんなさい。少し色々あって遅くなります。なるべく早く帰ります。』
と返事をし、その後に山下にメールする。返事が来るかなと待っていると「九十九ー。」と玄関の方から声が聞こえてきた。
「あったまった?」
「うん。ありがとう。ごめんね。服も下着も。」
「ううん。あ、本当に俺が買ってきたんじゃないから。見てないから。」
「ふふっ。うん。ありがとう。」
山下がふわりと腕を広げてきたので、九十九は一歩前に進むと、ギュッと抱きしめられる。
「……うん。あったまってる。」
「ふふっ。」
「でも髪が濡れてる。乾かそう。」
ドライヤーはあったのか。と九十九は思う。
その後、山下が譲らなかったので彼にドライヤーをかけてもらった。
「うー。俺のシャンプーの匂いがするー。」
山下が九十九の後頭部に顔を埋めるようにしてそう呟く。
(…さすがに恥ずかしいんだけど……。)
さっきのハグもそうだが、髪を乾かされる行為も、今も。心臓が激しく鳴っている。
彼への気持ちを自覚したばかりなのに刺激が強すぎる…そう思いながらも、やはりどこか嬉しくてニヤニヤしてしまう。
「はっ!ヤバイ!つい楽しくってノンビリしてしまった。早く帰らないと日が暮れるね。九十九、帰ろうか。」
「うん。でも、本当にいいの?バイト中でしょ?」
「いいよ!元々、俺が最後までメール確認してバイトに行かなかったのが悪いんだし、本当にゴメンね。」
「ううん。そんなことないから。でもありがとう。……しげさんとバイト先の方に挨拶してもいい?」
あまりにも迷惑を掛けてしまったので一言お礼が言いたかった。しかし、忙しい時だと返って迷惑かもしれないので少しためらう。
「…え!うん、大丈夫だよ。行こう!」
山下に手を繋がれ部屋を出る。来た方とは逆の方へ進み少し階段を降りると、急にオシャレな観音扉が見える。山下は迷わずそこを開け入っていくと扉のイメージにとても合うかっこいいお店に繋がった。
「わ、バイト先がアパートと繋がってるの?」
「うん。直通できるの。通勤3分。」
ニカリと笑う山下が可愛い。
そして、彼の全身を改めて見ると白いシャツと腰から足の脛あたりまであるエプロンに黒のストレートパンツのギャルソン姿がとてもかっこよく、お店の雰囲気に合っていた。
「あ、オサムさん。」
そう言って山下が呼び止めた人は、以前送られてきた写メよりずっと若くてカッコいい。
パーマがかかった髪を軽く後ろに流しており少しだけ額に垂れた髪が大人っぽさと色気を醸し出している。山下より体格がよく、よく鍛えてあるのが胸筋の厚さでわかる。
(わぁ…私ガンバレェ…)
見た目からして男らしいオサムを前に、久しぶりに自分の中の男性恐怖症の片鱗が見える。
「俺、今から送ってくから。」
「おー。そうか。気をつけて行けよ。」
そう軽く返したオサムさんがチラリと九十九を見る。
「…っ!…あ、…あの。……ご迷惑をお掛けしてすみません!」
少し声が震えたが、九十九の精一杯だったので勘弁してほしいと思う。
「いや、今日は本当にゴメンな。まさかこんなことになるなんて思わなくて。」
「……!………いえ!」
そんな会話をしていると店の従業員が足を止めていく。
「あ、九十九。この人がベテラン先輩の良一さんで、この人がバイトリーダーの律子さんで、この人がバイト遅刻して来た貴人さん。」
「いや、俺の説明ひどくねぇ?」
貴人さんと紹介された人が肩を落としつつ言う。
全ての人に頭を下げて九十九は「ご迷惑を掛けます。すみません。」と深々と頭を下げた。
「九十九が謝ることないから。全部悪いの貴人さんとオサムさんだから。」
「…おい。」
「本当だから。九十九は被害者だから。」
この状況でそれを言われると謝る意味がなくなるから少し黙ってて。と九十九は山下に『しっ』と指を立てる。すると彼がやっと黙ってくれたので再度、皆さんに頭を下げた。
「あ〜〜。九十九ちゃん。本当に今日はこっちも悪かったからそんなに謝んないでくれ。じゃないと後が怖いから。…あ、いや。兎に角、遅くなるし帰りな。また今度遊びに来なよ。」
オサムさんが苦笑いしながらそう言ってくれたので九十九は頭を上げ、小さく頷く。
「じゃー少し行ってくるから。」
そう言って山下はエプロンを外し、迷わず九十九の手を繋ぎ引っ張っていく。扉を出る前に九十九はペコリとお辞儀するとオサムが軽く手を挙げて仕事へと戻って行くのが見えた。
また少し階段を降りアパートの方へ回り管理人室に行く。しげさんこと、重之へ挨拶とお礼をする。
「うん。顔色も良くなったね。気をつけてお帰り。」
そんな風に優しく言われ九十九は再度、頭を下げた。重之に対しては山下も「本当にありがとう。」と一緒に頭を下げてくれた。
そして、女の子達に囲まれて来た道を山下と歩く。
「九十九。頬まだ赤いね。冷やすもの持って来ればよかった。ゴメンね。」
「大丈夫。家に帰って冷やすよ。それにもうそんなに痛くないよ。」
「俺、九十九のご両親にちゃんと説明するから。」
「え!うち来るの?」
「え!行くよ!こんな姿でこんな痛そうな頬して、絶対ビックリするでしよ?絶対、心配するでしょ?九十九だけの言葉じゃーダメでしょ?」
九十九は少し考えて「確かに。」と思った。
どんなに九十九が説明して「大丈夫だから。」と言っても納得する両親の姿が想像できない。
「じゃーお願いします。」
「うん。てか元々、俺のせいだから。」
そう悲しそうに呟く彼の手をギュッと握りしめ家に向かった。
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