特別授業のお時間。〜難問です〜
「九十九!早く早く!」
「わっ待って待って!」
予鈴が鳴ってから起こされた九十九は山下に腕をグイグイ引っ張られ急いで教室へ向かって走っていた。
ようやく教室の前で彼は止まり、九十九の腕を離した。九十九は胸に手をやり息を整えようとするも寝起きの猛ダッシュはやはり心臓に悪いのだろうまったく整わない。
同じ速さで走った人とは思えないほど息を少しも乱してない山下が九十九の顔を覗き込む。
「間に合ったね。よかった。」
そう言って教室のドアを開けるとクラス中から視線を集めた。
(……また?…なんなの?)
朝にも同じように注目を集めた。一体なんなのか…そう九十九が警戒した時、目の前の山下がクラスメンバーに向かってピースサインを掲げる。
効果音でいうなら『ビシッ!』と。
一瞬クラスが静まり返った後、ドッ!と皆の声と拍手が響いた。
そのまま、クラスに入っていく山下はクラスの男子から背中やらをバシバシ叩かれる「よくやった!」と称えられている。
(………なんなの…コレ。)
昨日から今日にかけて、2人のクラスは喪中のような静けさだった。兎に角、太陽のような山下がどん底まで落ち込んでおり、いつもは存在感がない九十九が台風のような豪雨を振りまいていた。
2人を仲直りさせない限りこの空気は治らないとクラス全員が思っていた。
そしてやっと今、台風が去って太陽が光を取り戻したのだ。
山下を慕っている女子ですら2人の仲直りに拍手を送る程、この2日間は精神的につらかった。
しかし、そんなクラスの様子など知るよしもない九十九は謎でいっぱいだった。
しかし、その謎が解けることはない。
「明日は根元先生の講義だからな!この前のテストで60点以下だった奴は忘れずに来いよ!」
上原先生がHRの時間にそう言った後、気の無い返事が数名返ってくる。
明日は土曜日で学校は休みだ。
しかし、有名な塾の数学講師が講義に来てくれると前々から話が出ていた。
前回のテストで60点以下だった生徒は強制参加。
その他は希望参加だ。
「九十九は明日、講義出るんだよね?」
学校の帰りに山下からそう聞かれる。
「うん。何も予定ないし。」
「そっか。何時に家を出る?」
山下の言葉に九十九は「え、」と足を止めた。
「山下くんも出るの?土日はバイトでしょ?」
山下が成績が良いことは噂で聞いている。しかも理数系が得意だと会話の中で聞いていた。そんな彼が数学で60点以下の訳がない。
なので九十九は山下は講義には参加しないだろうと思っていた。
「うん。夕方からにしてもらう。講義も2時間くらいだったよね?」
「……いいの?」
「いいよ!どうせ忙しくなるの夕方からだし。学業優先でしょ?」
そう彼は胸を張っているが、九十九が講義に出なければ絶対、昼からバイトに入っているはずだ。
しかし、九十九は山下に甘えることにした。
元々、九十九はこうゆう講義などの参加を迷う。
クラスが違う人も当然多くいるし、講義をする講堂では誰が隣に座るかわからない。男に前後囲まれたら講義どころではなくなる可能性もある。
なので横に山下がいるだけで九十九には心強い。
山下の申し出は九十九にとってとても嬉しいことだった。
それになにより土曜日に山下と話せるのは特別な気持ちになる。
山下とのメールはとても楽しい。
しかし、やっぱり彼の顔が見たいと思うのだから仕方ない。
嬉しいな。と九十九はニコリと笑う。
その後、登校する時間を決めていると住宅街のゲートに付いた。九十九は「またね。」と別れようとし、ふと昨日のことを思い出した。
「…九十九?」
「…昨日、ヒドイことをしたね。ゴメン。」
「…俺が…もっとヒドイことをしたから。」
「ううん。それでも、あんなことしたらダメだった。…もうしない。」
「俺もしない。」
「うん。約束ね。」
2人で笑いあって別れた。家に着いたらすぐに『着きました。』メールを送る。
するとすぐに山下から返事が返ってくる。
その早さと内容に「ふふっ」と笑っていると母から「仲直りできた?」と声がかかり、ついビクリと体が跳ねてしまう。
九十九の顔を確認した母は満足そうに「よかったね。」と笑顔になった。
全てがバレバレで九十九は頬を赤くする。
「お母さんのおかげ。……ありがとう。」
それを聞いた母はさらに柔らかく微笑んでくれた。
次の日、いつもより遅く起きて準備をした九十九は両親に朝の挨拶をした。
「おはよう。」
「おはよう。今日は講義だったな。お昼に終わるんだったかな?」
「うん。12時に終わる予定だよ。今日お父さん達はどうするの?」
「買い物に行こうかと思ってたが…12時で帰るならお昼からにしようか?」
「ううん。講義伸びるかもしれないし、質問とかもあるかもしれないから。それに友達と一緒にいるから大丈夫だよ。」
山下と仲直りしたことを昨日話しているため、2人はニコリと嬉しそうに笑い「そうか。」と納得してくれた。
そんな話をしながら朝食を食べ、九十九は家を出た。
いつもの場所には彼が立っており、九十九に気づいて「おはよう。」と笑いかけてくれる。
普段より少し時間が遅いだけなのにいつもと雰囲気が違って感じるのは九十九が今日を楽しみにしていたからかもしれない。
「…土曜日も会えるなんて嬉しいね。」
そんな本音がポロリと出てしまうのも少し浮かれていたからだ。そして、その言葉に山下は「…え!」と驚いた声を出した。
それを見て九十九は自分のテンションの高さと発言を振り返り、子どものようにはしゃいでいたことに気付いた。頬が熱くなるのを感じる。
土日に学校の行事とはいえ、誰かと予定を調整して出掛ける…そんな行為はいつぶりだろう。
昨日の時点で嬉しくてウキウキしていた。
そんな嬉しさがつい溢れてしまっていたようだ。
「……………。…冗談です。」
そんな言い訳を言ってみたが今更なのはわかっている。
「…………俺も嬉しいよ。…………九十九が嫌じゃなければ土日にも会いたいし、どこかに出掛けたい。」
そう呟く山下も少しずつ頬が赤くなっている。
(ああ。気を使わせてしまったかな。)
山下の表情を見て九十九はそう思った。
山下は優しいから、九十九の言葉を肯定してくれたのだろう。全て鵜呑みにしてしまうと彼は困ってしまうはずだ…九十九はそう思い、彼に逃げ道を作ろうと言葉を続けた。
「…あ、でも、土日はバイトだもんね。」
「今日みたいに夕方からにすればいいよ。」
「…え…と、でもそんなに頻繁に休まれると困るでしょ?土日が1番忙しいだろうし。」
「じゃー2週間に1回くらいにする。」
「……う……んと…。え…っと…………うん。」
(……なぜ、逃げ道を自らふさいでくんだ。)
そう思いつつも山下が快く休みに付き合ってくれるなら嬉しいな。と九十九はそれ以上そのことについては言わなかった。
学校に着き講堂に入ると、席は決められておらず好きな所に座って良いと言われる。
しかし強制参加の生徒は先生から「後ろに座るな。前に行け!」と言われて渋々前方に歩いて行く姿が見られる。
山下に「どこに座る?」と聞かれたので真ん中くらいの通路側に座る。いざとなった時、誰にも迷惑を掛けず逃げられる位置だ。
山下は九十九の隣に座る。
するとそこから女子の争奪戦が始まった。
講堂の席は4人がけの机がすり鉢状に並んでいる。山下の隣に誰が座るのか争っている隙に前後をササッと座る女子はくノ一並みの俊敏さだ。
そんなことに慣れているのか、まったく気にした様子のない山下は呆気にとられている九十九に「隣の席とか緊張するね。」とか「早くクラスの席替えもすればいいのに」とか、何やら可愛らしいことを言っている。
しかし、九十九にしてみれば周りの女子からチクチクと痛い視線を向けられているので「ちょっと黙ってて」と言いたくなった。
「ねぇ。勇也くん。」
九十九が黙ったのをチャンスだと思ったのか、山下の隣の席をゲットした女の子が話し掛けて来た。
「数学得意?私、苦手なんだ。教えてくれない?」
なんてテンプレートみたいな台詞だろう。そんな風に九十九は思うも、彼女の方を見ないように心掛けた。
多分、目が合ったら睨まれるか見下されるか、まぁいいことはない。それに、あまり見ない子だ。クラスが離れているのだろうか。どんな子かもわからないのに関わりたくない。
そんな事を考えながらノートを広げ講義の準備をするフリをしながら聞き耳だけ立てていた。
「俺も教えるほど得意じゃないよ。先生に聞くのが1番だと思うよ。」
ニッコリと能面笑顔を貼り付けて山下が言う。
「えー。絶対、私より頭いいもん。今度でいいから教えてー。」
山下は何も答えずニコリと筋肉だけで作った微笑みを浮かべる。
「…ねぇ。今度、山下くんのバイト先に行っていい?お客さんにだったら教えてくれる?」
「………ダメだよ。そういうのバイト先でされると困る。」
「えー。…あ、わかった。そんな事をしないからバイト先だけでも教えて!」
「……ダァメ。誰かに教えたら絶対広まるし、バイト先に来られても困るし、誰にも教えないって決めてるから。」
「………え、……」
つい、九十九が声を出してしまう。
すると山下と周りの女子全員から一斉に見られたので慌てて下を向き、教科書を見るフリをする。
(…えーっと…えーっと………どういうことかな?)
九十九は講義の始まる前に難問を提示されるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
特別授業は長い予定です^_^




