ケンカは終わりました。ハグをしましょう。
九十九は山下と仲直りしたいと思いながらも聞いてみたいことがあった。
彼の本意が知りたい。そう思っていた。
「……何で切ったの?」
「……え。」
「…髪。……切れば私がもっと前に進めると思った?」
「……?…前に?……いや……可愛いんだろうなって……思って……。」
彼は何を言ってるのだろう。冗談をいってるのか?いや、今この状況でこんな顔をしながら冗談なんて言わないだろう………多分。
大体、前髪がいくら長くても、まったく顔が見えない訳ではない。それこそ毎日のように近くで覗き込むように見ていた彼なら九十九の顔がどの程度かわかってるはずだ。
そう思った瞬間、朝見た自分の顔を思い出す。
とても不細工な女だった。
「……可愛くない。」
どんな贔屓目で見てもあれは可愛くない。
それを可愛いなど言う山下は目がおかしいか嘘つきだ。
「…可愛いよ。……それに……もっと顔が見たい…と思ったから…」
「…顔…見たい?」
「九十九も俺によく言うでしょ?…顔が見えないから上を向いてって。……俺も九十九の顔が見たいよ。」
山下の言ってることはよくわかる。だって九十九自身がよく思って、よく言ってることだ。
(……じゃー本当に?……本当に髪を切った理由はソレなの?)
九十九はポカンとした。
あまりにも想像の斜め上の回答に。
そしてすぐ後、ガツン!と衝撃が走った。
やっとわかった。自分の勘違いと彼のことが。
九十九はずっと思っていた。
彼は九十九よりずっと高い場所にいる。
そこから手を差し伸べてられているんだ。と。
山下は九十九に色んなことを教えてくれた人だ。
山下のおかげで出来るようになったことがいっぱいある。
彼は九十九を前に進めるよういつも行動してくれていた。
だから、今回のように思い切った行動が今までとは結びつかなかった。
なぜ彼はこんなことをしたんだろう。だって前髪は九十九の壁だ。前髪を切れば九十九がもっと前に進めると思ったのだろうか。いやでも今まで彼は九十九が自分で納得して進めるようにしてくれていた。こんな風に九十九の意思を無視したことなどなかったはずだ。
そんな風に悩んでいた。
そして先程の彼の発言だ。
『………土間が九十九の前髪は壁だって言ってた。…俺、よくわかんなくて。…でも九十九が大切にしてきた物なんだって……思って。』
よくわかんなくて。と言った。
それからの髪を切った理由が『可愛いんだろうなって思って』と『もっと顔が見たいと思ったから』だ。
そうか。なるほど。
彼は本当に何も考えてなかったんだ。
九十九に何か教えようとする気も。
九十九に何か出来るようにしてあげる気も。
九十九に前に進めるようにする気も。
山下の無意識の行動で振り回され、結果、九十九は前に進めていただけで、彼はそんな気は一つもなかったんだと。
勘違いしていた。
彼は高い場所から手を差し伸べていた訳ではない。
九十九の目の前に立って手を差し出していたんだ。
なんて馬鹿な勘違いをしてしまったのだろう。
なんて都合の良い解釈をしてたのだろう。
笑いがこみ上げてきた。
あ、そうか。隠す必要もないか。と声を出して笑った。
自分のことを言わなくても彼はわかっているはずだ。そんな風に思っている部分があった。
そんな訳ない。言わなきゃわかんないよね。
そう思い、自分から前髪について話した。
すると彼はひどく動揺していた。
意味がわかった上で何度も謝ってくれた。
「仲直りがしたい」というと不安げに手が伸びてきたので頬を擦り寄せてみた。
彼の冷たい手が徐々に温かくなってくる。
「…っ!…俺も!九十九と仲直りしたい!」
そんな彼の言葉を聞いて嬉しくてニコリと笑った。
よかった。私はまだ彼の隣にいられるのだ、と。
「…九十九。一緒にご飯食べていい?」
しばらくして山下がおずおずとそう言ってきた。
「…いいけど。…今日お弁当作ってきてないよ?」
「……う…ん。……知ってる。」
そう言っても明らかにガッカリした山下が「でも一緒がいい」と続ける。
九十九は弁当を作る際にどうしようかと迷った。
しかし結局食べてもらえず捨てる羽目になればショックが大きいだろうと作らなかった。
そんな時まで自分のことしか考えていないことを九十九は悔しく思った。
「……卵焼きだけ…ください…。」
「……卵焼き。」
九十九は少し渋ってしまった。
今日の朝は少しやさぐれていた部分もあってお弁当を適当に作っていた。
卵焼きも場所を塞ぐ為だけに作ったから、ただ卵に砂糖を入れて焼いただけの少し形の不細工な残念な作品だ。
「………嫌?」
山下の顔が強張ってくる。九十九は慌てて弁当を差し出した。それを見て山下がホッと息をはく。九十九も山下を見て息をはいた。
パクリと山下が卵焼きを口に入れる。
彼の目がキラキラと輝き出した。
「あっまーい!」
あぁ。何だか久しぶりだな。と九十九は嬉しくなる。
「うんまーい!」
続けられた言葉に「え、」と山下の顔を見る。
「わぁ。甘い卵焼き久しぶり。初めて食べたのと同じ味。この卵焼きが1番好き。おいしい。」
興奮気味に山下が喋る。その言葉を九十九はポカンと聞いていたが、次第に頬が赤くなっていくのがわかる。
(うわぁー。ヤバイ!嬉しい!)
彼からの「おいしい!」がずっと聞きたかった。
まさかこんな手抜きで言われるとは思わなかったが「1番好き」って言ってくれた。
「九十九?」
「…ふふっ…嬉しい。ありがとう。」
ニマニマが止まらない。
今日は朝からやさぐれてて最悪の日になると思っていたはずが、まさかこんな幸せな日になるなんて思っていなかった。
うん。明日から頑張れる。
身だしなみもちゃんとしよう。お弁当もちゃんと作ろう。勉強も頑張ろう。山下ともいっぱい話そう。
(山下くんはやっぱりすごいと思う。だって無意識でもこんなに私を前に向けてくれる。)
ニマニマとお弁当を食べていると「……九十九。」と声が掛かる。
「なに?」
「ハグしよう。仲直りのハグ。」
「…どうして?もう仲直りしたよ?」
「……だってかわぃ……………仲直りの証に!」
「……あかしに…?」
「……ダメ?」
「…う〜ん。………食べ終わったらね。」
そう九十九が言ってからしっかり5分でパンとおにぎり計5つを山下は食べ終わってしまった。
「……ちょ!…まっ…」
「…九十九。急がなくていいから。」
そんな言葉を言ってはいるが、山下はチラチラと九十九のお弁当の中身を確認する。
山下に軽はずみなことを言ってはいけないと心からそう思いつつ急いでご飯を食べる。
「ご馳走さまでした。」
と九十九が手を合わせ、山下を見た時にはすでに両手を広げた彼が待っている。
その姿がご主人の帰りを待つ犬のようで、つい「ふふっ」と笑ってしまう。
九十九は腕の中にそっと寄り添うと、フワリと山下の腕が肩を包み込む。ベンチに座ったままだったので九十九は腕を背中に回さず彼の服をギュッと握った。
(…あ…やっぱり気持ちいいな…)
…はぁ…と息をはくと、山下の心臓が少しずつ速くなってきている。
立ってハグをした時より身長差が少なくなり、九十九のおでこが山下の首にあたる。
(…なんでかな。ピッタリはまったような感覚になるのは……)
「……九十九?」
「……ん?」
「眠いの?」
「…うん…ねむい……ねそう…」
「…寝ていいよ。」
「……ん……ちゃんと…じゅぎょ…まえ…おこし…て……………。」
そのまま、すうすうと寝息が聞こえ始める。
昨日、朝方まで眠れなかった九十九にとって、安心と幸せと暖かさで夢の世界へ真っ逆さまに落ちていった。
それとは逆に山下は色々なものと戦っていた。
心臓発作とか本能とか欲望とか……
「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!」
ブツブツ呟いていると九十九が「…ん、」と動いた。山下はピタリと独り言をやめる。九十九が頭を山下の首にすり寄って、再度寝息をたて出した。
「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!!」
ギュ〜ッと力を入れたいが九十九が起きてはハグが終わる。力加減を間違えないようにしていると逆に変な力が入り筋肉痛になりそうだ。
「……写メ撮りたい!!……いや、ダメだ。絶対怒られる。絶対嫌われる。……でもバレなきゃ……いやバカバカ…。」
もう最後には何と戦っているのかさえわからない状態だった。
予鈴がなり九十九を起こさなくてはならない。
そう思った瞬間、理性が少しだけ負けてしまったのは仕方ないことだ。
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