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九十九は男の絶滅を祈る  作者: 英知 圭
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ケンカをしました。母のお話を聞きましょう。


「いたーだきます!」


子どものお昼の挨拶が響き、九十九はハッと我にかえる。慌ててお弁当を広げ「いただきます。」と言い食べ始めた。


食べながらも思い浮かべるのは山下の顔だ。


傷ついた顔してたな。いっぱい謝ってた。

(いやいや。しょっちゅうあの顔してるし。)


教室であんなに怒ることなかった。皆が注目してたのに。

(いやいや。あの場で言わないと絶対、反省なんかしないし。)


お弁当食べたかな。一緒に食べたいって言ってたのにヒドイ断り方をした。

(いやいや。お弁当あげただけでも大分優しいでしょ!お母さんが作った豚の角煮を生ゴミにするのだけは許せなかっただけだし。)


自分の中の2つの意見が交差する。

九十九は自分の中のグツグツした気持ちがおさまらず、唇を噛む。



山下と付き合うようになって、九十九は色々なことが出来るようになった。


卑屈な自分を受け入れたこと。凛とした女性になりたいと思えたこと。そしてそれを実行しようと行動したこと。積極的に行事に参加して人と関わったこと。メールを打てるようになったこと。家族以外の人を信じられたこと。世界がキラキラ輝いていることに気付いたこと。


本当に短時間だ。

今までこんな短時間でこんなに前に進めたことなどなかった。

でも短時間だからって簡単だったわけではない。

どれも悩んだし、迷った挙句、覚悟を決めて飛び込んだ結果だ。

山下も知ってるはずだ。

だって全部に山下が関わっているんだから。


だから。


だから、山下に簡単に前髪を切られた時、とてもショックだった。


前髪は九十九にとっての壁だった。

一枚、自分の前に壁がある。そう思うだけで震えが少しおさまった。そうして少しずつ九十九は進めるようになった。

人の前に立つ時、学校に行く時、薄っぺらな前髪に全ての勇気を乗せていた。

今でもそうだ。前髪がないのに人の顔を見ることが出来ない。


いつかは切れる時がくると思っていた。悩んで迷って覚悟を決める。そんな日も近いのだろうと思ってた。

まさか、こんな風に決意も覚悟も持たないまま切られるとは思わなかった。


「……はぁ。」


ケータイで時計を確認する。まだ20分しか経ってない。こんなにも昼休みは長かったか…と思った。




早く家に帰りたい。

上原先生の言葉が終わるのをソワソワしながら待った。「また明日。」と言われた瞬間、急いで歩くと慌てて山下が付いて来た。

山下が何か言っている。でもだめだ。聞いてしまえばキツイ言葉を彼にはく。彼が反論しないのをいいことにヒドイ言葉を言い続けてしまうはずだ。


(そしたら多分、彼は私を嫌いになる。)


九十九は心のシャッターをさらに固く閉めた。

彼の声が耳に届かないように。彼が視界に入らないように。

山下を傷付けたくないと思う気持ちもあるが、本当は自分の発言を聞いて自分を嫌いになる彼を見たくなかった。


(もしかしたらもう嫌われてるかもしれない。…こんな根暗わがまま女…嫌われるに決まってる。)


住宅街のゲート前で山下が足を止める。九十九は急いで家に飛び込んだ。


「………はぁ……。」


やっと息がつけたような気がした。

ケータイを取り出し迷う。

今まで無視し続けたのにメールを出すのは癪な気がする。それとは別に山下に嫌われているかもしれないという考えもあった。

彼はもうメールを出しても返事をしてくれないかもしれない。

そう思った瞬間にケータイの電源を切っていた。

結果を知るのが怖かった。



「あら。おかえりなさい。り……髪!どうしたの!?」


九十九の帰りに気付いた母、恵美子は娘の顔を見て叫ぶように近寄って来た。

最近の娘の様子なら、前髪がなくなっても「可愛い!」と、喜んだかもしれない。しかし今、玄関で呆然と立つ娘の顔が、最近ではあまり見なくなった悲しそうなツラそうな表情だった。


「…言って?…言って!自分で切ったの?…誰かに切られたの?」


「……お母さん。」


ジワリと涙が溢れるように心が満たされる。そんな感覚がした。久しぶりに母に抱きつき、母も娘を守るように抱きながら部屋に入った。


九十九はポツリポツリと今日あったことを話す。


目についた髪を切ってくれると友達が言ったこと。断ったけど、最終的に勇気を振り絞って切ってもらったこと。少しだけど言ったのに10cm近く切られたこと。自分が怒ったことに対して全然話が通じなかったこと。「大っ嫌い」と言ってしまったこと。


全てが自分の心情中心で、この内容だけだと山下だけが悪者だと、聞いた人のほとんどが思うだろう。


(自分の正当性を必死で訴えて…彼を傷付けたことの言い訳みたいだ。)


九十九はそんな風に自嘲した。

そして自分に寄り添っている母の顔をチラリと見る。すると母は愛おしい物でも見るような瞳で娘を見つめニッコリと笑った。


「怒って当然よ!その場にお母さんがいたらもっとヒドイことを言ってやるんだから!」


そう胸を張り頷いてくれる。


(ああ。やっぱりな。私の浅はかな考えなどバレない訳がない。)


そんな風に思いながらも、どんなに娘が悪いことをしようとも絶対の味方でいてくれる母が嬉しかった。


「髪を切られるなんて怖かったね。でも最後まで学校に残るなんて頑張ったね。本当に偉いね。」


母が頭を撫でてくれる。いつ以来だろう。こんな風に落ち着くまで抱きしめられ撫でられたのは。

今日は前のように震えて動けなくなったわけではない。でもずっと力を入れていたのだろう。母の腕の中で力が抜けるのがわかった。


「………その髪を切った友達と、これからどうしたい?」


「…え。」


しばらくして体が緩んだ頃、母がそう話してきた。


「もうその子とは仲直りしたくない?もう一緒にいたくない?」


そう聞かれた瞬間に「そんなことない!」と咄嗟に思った。そして暫くして「でも逆にもう嫌われているかも…」と少し俯く。

そんな娘の様子を見て母はホッとしたように微笑んだ。


「お母さんもね。時々お父さんとケンカをするの。」


突然の話の変化に驚き九十九は顔を上げた。それに思いつく限り両親のケンカなど見たことがない。


「…ふふっ…ちゃんとバレないようにケンカしてるの。…だってお父さんヒドイのよ。ずっとずっと楽しみにしてた記念日よ?一緒に計画立てようって話してたくせに結局は私一人で全部決めて、全部予約して、挙句に忘れてられていて仕事休み取れなくてキャンセルして。」


ふつふつと母の怒りが本気になってきたような気がして九十九は唖然とする。


「そしたらもう爆発するしかないでしょ。盛大に怒ってやったわ。そりゃ謝って来たけど、ただ謝られても逆にイライラしてくるから顔も見ないようにしたし、話もしなかった。」


「…ふふっお父さんはその後どうしたの?」


「ずっと『ゴメン』って謝ってた。でもそんな言葉が欲しいわけじゃないの。私が何に対して怒っているのか知って欲しかった。あの時は記念日を忘れてたことにも怒ってたけど、それよりも私の存在がお父さんにとって頭の端にもいないようなちっぽけな物だって言われたような気がして悲しかった。それに気づいてほしかったの。」


あ、それわかるなぁ…と九十九は思う。


「でもね。全然ダメ!私の想いには全く気付いてくれなかったの!…だからね…」


「…だから?」


九十九は母に前のめりになって話を促す。


「…だから。………許してあげたの。」

「え!!」


母の意外な返答に驚く。


「すごい悔しいし、気持ちが理解されなくて悲しかったけど、でもお父さんもわからなくても一生懸命悩んで考えてくれたから。だから許したの。」


先ほどまで母は少女のような顔をしてプリプリと文句を言っていたが、今は母の顔に戻っていた。


「ずっと一緒に過ごして来たからって彼の考えが全てがわかるわけがないもの。それは私も同じ。だって違う人間だもの。だから仕方がないって諦めたの。………なぜだかわかる?」


なぜだか…?諦めた理由?…九十九は頭を傾ける。


「お父さんと離れてられないからよ。」


九十九は母の発言に驚いて九十九は母の顔を見る。


「お父さんにムカッとするときもあるけど、それでも一緒にいたいの。一緒に生きていきたいって思うの。…だから、お母さんはお父さんと大きなケンカをしても最後は許してあげるの。」


「まぁ、悔しいからそんなこと教えてあげないけど」とボソリと言った母の顔が可愛くて九十九は「あはは!」と声を出して笑う。


そんな娘を見て母は微笑む。


「……その友達はどう?……これからも一緒にいたいと思う?…もうダメだと思う?」


母は再度、九十九に穏やかに聞いて来た。


(…私は………)


九十九の答えは決まっていた。



読んいただきありがとうございます。

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