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九十九は男の絶滅を祈る  作者: 英知 圭
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ケンカをしました。反省してます。許して下さい。


「…つ、九十九。お昼……。」


昼休みのチャイムが鳴り、山下が九十九の側に寄ろうとすると無言で目の前を通り過ぎられる。


「九十九。待って。ゴメンね。本当にゴメン。」


謝りながら九十九の跡を追うと、九十九は足を止めて山下を振り返る。自分を見てくれたことに山下は少しホッとした気持ちになるが、九十九の顔を見ると全ての感情を削ぎ落としたような無表情で山下は吐いた息を止める。

いつものミニバックから弁当を取り出し山下に差し出すと、彼は反射のように受け取る。

そのまま九十九は歩き出す。


「……え。…やだ。…一緒に食べよう。…ゴメン。もうしない。絶対しないから。…一緒がいい。一緒に食べさせて。…ゴメン。」


必死に九十九に付いて行こうとするが、そうすると足を止められ「付いてくるな。」という目で睨まれる。


「…やだ。……九十九。ゴメン。……ゴ………。」


九十九の唇が少し動いた。

それが「嫌い」と読み取れ、山下はその場で唖然と立ち尽くした。


全てを見ていたクラスメンバーは動かなくなった山下に何と声を掛けていいのかわからず、シンと静まり返る。



「あーーー!!もう!お前来い!」


と土間が山下を連れていくまで、とても重い雰囲気だった。







「馬っ鹿!!女の髪を勝手に切るやつがいるか?普通!キレられて当然だろ!」


「………勝手じゃない……」


「馬鹿!5mmくらいだろうと思ってんのに5cm以上切られたら、勝手に切られたのと一緒なんだよ!」


「まぁ10cmくらいやっちまってたもんな。」


合いの手のように津々見のツッコミが入る。


土間は山下と津々見を連れ理科室に来ていた。教室より離れているし人があまり寄り付かないので絶好の場所だ。薬品臭いのとカビ臭いのと気持ち悪い模型がたまに傷だがそんなこと気にする男達ではないと無視をした。


「何でこいついるの。嫌いなんだけど。」

「え!俺、嫌われてんの?何で?」


苛立ってるのか山下があけすけに物を言う。

それに対して空気の読めない声を津々見が出す。


「んなことどうでもいいんだよ!…つーか、あんだけあからさまな態度とられてんだから嫌われてんのくらい気付け!そして黙ってろ!」


少し不満そうな顔をしたが今は自分のことを話す時間ではないことを理解したのか津々見が黙った。


「いーか。俺はお前がすげぇのはわかってる。あいつがあんなに表情豊かになったのも、他人の言葉を聞いて反応するようになったのも、たまに喋るようになったのも、全部お前が変えたんだって思ってる。」


「え、あれでも?」


「そうだよ!あれでもマシになった方なんだよ!2週間前までだったらお前の発言にも基本無視だ。……ってか口挟むな。」


津々見が再度、口を閉じる。


「でもな。あいつが持ってるトラウマとか枷はあいつが少しずつ納得して我慢して頑張って克服して行ってるもんだろ?それをいきなりお前が外せるもんじゃないんだよ!」


「……前髪に何の関係ある?」


「馬鹿!…あいつの前髪は壁だろ?他人に距離を置くための壁なんだよ!」


「……壁なんていらないでしょ?」


「〜〜〜っ!!…だから!それを決めるのはお前じゃないっつってんだよ!それを外していいと思うのも、外すのもお前じゃなくてあいつ自身じゃないと意味がないっつってんの!」


「……。」


「…はぁ…。あいつ、男が刃物持ってる時点でダメだろ?お前に前髪切らせるってだけでもスゲー勇気振り絞ってたと思うぞ。…なのにお前は…」


なかなか話の通じない山下に土間は深いため息をつく。


「…刃物…嫌い?」


「あ?…いや、前に…文化祭準備の時にカッター持って歩いてたらスゲー怯えた顔してたから……ってか、あいつの嫌いな物、苦手な物は全部あの事件関連だろ。」


「…………。」


山下が再度黙る。

逆に津々見は「事件って何だ。」と聞きたそうな目を土間に向けてくる。


「兎に角、お前はもっと真剣に謝れ。」


「……謝ってるよ。」


「違う。さっきみたいなんじゃなくて。本質から謝れ。自分がしたことの何が悪くて怒られたのか、あいつが何に対して怒ったのかちゃんと考えて謝れ。」


「……勝手に髪を切ったことでしょ。」


「違う。いや、違わねーけど。あいつがお前にどういう気持ちを抱いたか、しっかり考えろ。」


「…………。」


「…はぁ…。……俺…何度かあいつ怒らせよーと思ったことあったけど…あいつ、怒んねーんだよ。全部諦めたような顔して………だから……今回、ある意味スゲー進歩だなって思う部分もあるんだよな。……でも、もしダメだった場合…多分後退する。だから山下。お前、頑張れよ。」


土間がボソリボソリと言葉を続ける。

山下は「……うん。」と言うしかなかった。





「その弁当、マジであいつが作ったのか?」

「……うん。」

「うわ〜マジかー。あいつが弁当………つーか実際、お前にはどのくらい許してんの?」


説教は一区切りして、弁当を食べ始めた山下に土間が聞いてくる。


「…どのくらいって…?」

「よく喋るとか笑うとか…」

「…?…よく喋るし、笑うよ。」

「マジか。そんで?」

「…それで?………ほぼ毎日メールしてる。」

「え、あいつメールとかすんの?」

「……………。」


津々見が話に加わると山下が口をつぐむ。


「なんだよ!!少しぐらい話に入れろよ!」


この後も何度か津々見の悲痛の叫びが理科室に響き渡るのだった。






「…はい。以上。HRは終了です。じゃーまた明日。」

担任の上原先生の締めの言葉を聞いて、クラスメンバーは部活へと立ち上がる。

いつもは全てを終えて筆記用具を片付ける九十九だが、今日はHRが始まる前から帰り支度を終わらせ、カバンを膝の上で抱えた状態で待っていた。

その為、上原先生の言葉を聞いてすぐに早足で教室を出る。

「わ…ちょっ…」

慌てて山下はカバンを持ち、九十九を追いかけた。

生徒がいなくなる、話し掛けても良いスポットまで九十九をチラチラ見ながら歩く。


「………九十九。本当にごめんなさい。もう絶対しません。何をするにも九十九の許可を取ります。…何だってします。ごめんなさい。許して下さい。」


「…………。」


「九十九。九十九。こっち見て。…ごめん。少しだけ俺の話を聞いて下さい。…九十九。」


「…………。」


前も同じようなことがあった。確か付き合って2日目だ。でもあの時はまだ山下の声が九十九に届いていた。今は全く届いているような気がしない。どんなにしつこく九十九の顔を覗いても眉ひとつ動かさないし歩調も変わらない。瞳にすら映ってないような気がした。


案の定、あの時の同じように何も言わず住宅街のゲートを九十九は無言で過ぎていった。


「…っやばいやばいやばいやばいやばいやばい!」


ゲート前で山下は頭を抱えて膝を折る。

心臓がドクンドクンと嫌な音を立てている。


「…どうしよう…このまま…やだやだやだ。」


不安がどんどん大きくなり自分の体を何度もさする。目をギュッと閉じて頭を抱えたまま蹲っていた。

…どのくらいそうしていたのだろう。いい加減遅いな、と思い山下はケータイを確認する。


「え!25分経ってる!」


何かあったのではと慌てて立ち上がり、九十九の家まで駆け足で向かい九十九に初めて電話をかけてみる。


『おかけになった電話は電波の届かない場所にある、または電源が入っていない為かかりません。』


「…………。」


心臓がキュッと縮まるような感覚がした。


これは多分……そういうことなのだろう。


山下は九十九の家の前に着くとソロリと門に近づく。

玄関横の大きな窓に薄いレースカーテンが引いてあり、人のシルエットが見える。

そこから「あはは!」と楽しげに笑う九十九の声が聞こえた。


ズキリ…


心臓に何かが刺さったような痛みを感じる。

息をしているはずなのにとても苦しい。

九十九の家をゆっくりと後ずさりながら離れた。


あぁ。もうメールは返してもらえないのか。

もう話してもくれなくなるのか。

九十九は言ってた。

『戻れない物がある』と。

もう今までのような仲には戻れないのか。

何てことをしてしまったんだろう。

何で深く考えず行動してしまったんだろう。

何度、間違えれば気付けるようになるんだろう。

もう遅いのに。

今更そんなこと思ってももう遅いのに。


山下は九十九から離れる為だけに歩いていた。

九十九の声を聞いてると苦しくなる。

もうそこには戻れないと言われているようで。


無事にアパートにたどり着いたのはいっそ奇跡に近いほど山下は絶望の中だけを歩いていた。



読んでいただきありがとうございます。

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