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九十九は男の絶滅を祈る  作者: 英知 圭
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ケンカをしました。マジギレです。


「おはよう。九十九。」


爽やかな笑顔がキラキラと輝く。

どうやら今日は機嫌がいいみたいだ。

クマもないし、顔色も肌ツヤもいい。もういっそ人間国宝が作る白磁のお皿のようにピカピカだ。


「…おはよ。」


九十九が眩しさに目を細めてしまうのは仕方のないことだ。


「九十九。昨日バイトでさ。」


久しぶりのように感じる山下の機嫌のいい口調にホッとし学校に向かった。

ニコニコ顔が何度も九十九の顔を覗く。やっぱり山下のこの顔が1番落ち着くと思った瞬間、彼の顔がカチリと固まった。


「よう。はよーさん。」


下駄箱前で津々見と出会い、挨拶をされた。


どれだけ津々見のことが嫌いなんだ。というか、基本、誰にでも友好的な山下がこれほど『苦手だ、嫌いだ』と態度に表す方がめずらしい。


九十九はそんなことを思いつつ、津々見に「ご苦労!」とばかりに片手を上げ、挨拶の代わりにする。それを見た山下が驚愕の表情をしたことに気付かなかった。


「社長かよ。」


ハッと鼻で笑った津々見がそのまま九十九に話し掛けてくる。


「つーかさ。昨日、初めてバスケ部で練習したんやけどさ。真剣、筋肉痛なんやけど。」


あー。確かに、と先日のクラスマッチの練習で体が筋肉痛でバキバキになったことを思い出す。

すると「九十九。」と山下より少しの力で引っ張られる。

ふと見た彼の顔は昨日と同じような不安顔だ。


(これはキリがないような気がする。)


いくら山下の機嫌を良くしても津々見と話すだけですぐにこの顔に戻ってしまう。

津々見を無視しても彼は隣の席だし、どうせそんなこと構わず話し掛けてくるはずだ。


どうにか2人が仲良くなってくれればいいのだけど…そう思うが山下のこの態度を見ると2人が仲良くなるより、津々見が自立する方が早い気がする。


(早く他の子と仲良くなってくれ。)


何となく肩がグッと重くなる気がした。




「……った!」


左目に急に痛みが走り、目をギュッと閉じる。

休み時間に隣の津々見からボソボソと話し掛けられ、適当に頷いていた時だった。


「九十九。大丈夫?」


「……大丈夫。前髪が目に入っただけ。」


頭の方からしてきた山下の声にそう答える。さっきまで自分の席に座っていたような気がするのに…とも思ったがあえて口にしなかった。


「つーか。伸ばし過ぎだろ。前髪。」


津々見の呆れたような言葉にめずらしく山下が「そうだね。」と同調している。


「あ、九十九。俺か前髪を少し切ってあげる。」


少し元気になった声で山下が言ってくるが九十九は首を高速で振った。


(絶対無理!絶対ヤダ!)


九十九はあの事件以来、髪は母に切ってもらっている。どうしても母では無理な時は知り合いの女性の美容師にお願いしていた。

男性が刃物を持って自分の前にいることが恐怖で仕方ない。女性の美容師でも首まわりの髪を切られている時は、緊張してしまうほどだ。


「大丈夫だよ九十九。俺が切るんだし。ね?」


前髪越しに山下の笑顔が見える。今は不安顔ではない。

それでも九十九は顔を横に振った。


「俺が切るの怖い?絶対イヤ?」


そう聞いてくる山下の顔が少し悲しそうに曇る。

本当にそういう顔はズルイと思う。九十九ははぁ〜っと大きめのため息をついた。


彼は家族並みに信用している人だ。ということは彼を克服しないといつまでも髪を切る行為を克服できないということだ。

大人になって家を自立しないといけない時が来ても髪を切るために家に帰るのか。

いやいや、そんな大人かっこ悪すぎる。


そう自分に言い聞かせる。

それしか自分を納得させることが出来ない。


そして、仕方なく「……わかった。」と呟いた。


すると山下から満面の笑みをいただいた。辺りが明るくなるようなそんな笑顔だ。


(やめい。照り返しが眩しいわぃ。)


顔を見なくてもそんな顔をしているのがわかる。少しやさぐれた九十九の心に、その笑顔は嬉しくない。


山下はすぐに自分のカバンを漁り、皮のペンケースような物を持ってきた。

それを開けると美容師が使うようなハサミやコーム、髪留めなどがセットされている。


何故こんな物を持ってる…とつい不審な目で見ると、山下は「これカットモデルしてた時に美容師さんから貰ったんだ。新しいの買ったからって。時々、髪切ってって言われるときあるからカバンに入れてたんだ。」


そんな時までニコニコと笑顔な彼が無駄のない手付きで髪を切る準備をしていく。


心の準備もできないまま髪をコームで梳かし、髪留めで切らない髪を分けられる。

「九十九。目閉じてて。」と言われギュッと目を閉じると「あ、下向かないで。」と言われ少し上を向く。


「じゃー切るね。」


彼の言葉とハサミの刃の音に心臓がギュッとなるのがわかる。


(大丈夫。だって山下くんだもん。)


シャッ……バサッ!


(………ん?……今、微かなハサミの音に対比しないほどの髪が落ちる音がしたような……)


「あ、ダメだよ。目開けたら危ないから。」


そう言われ、開けそうになった目を再び閉じる。

シャッ…パサッとそれが少し続き、その後 微調整をするように山下の顔が近づく気配がした。

クラスの女子がキャッと声を出してるが、今の九十九にとってそれどころではない。


(もしかして…いやまさか。…もしかして…)


山下の微調整をしている位置がどうにもおかしい。心臓が違う意味でドキドキしているのがわかった。

その後、フワフワとした物で頬に着いた髪を取られる。


「……出来た!」


山下がそう言ったので九十九は目をパチリと開ける。山下と目が合った。

そう。何の隔たりもなく、彼と目を合わせたのだ。


「わぁ。可愛い。」


ニッコリと極上の笑顔が九十九に向けられているが、彼女にとっては恐怖でしかない。


「…っ前髪がない!!」


「え、あるよ?」


慌てて九十九は前髪を確認する。今まで頬まであった物が眉毛あたりまでしかない。


「前髪ってゆーのは眉毛から頬までの髪のことを言ってるの!」


「えーっと。多分そんな風には言わないと…」


「何でこんな勝手なことするの!?少しって言った!」


「だって髪が目についてたし、その方が可愛いし。」


「そういう問題じゃない!!」


九十九の大声を初めて聞いたクラスメンバーは最初は騒めいていたが、ヒートアップする九十九の声に次第に静かになっていく。


「…おい。髪なんてすぐ伸びるんだから落ち着けよ。」


津々見が声を掛けてみるが「お前は黙ってろ!」と言わんばかりの九十九の睨みに口を閉じた。


「…わ、わかった!じゃー俺も罰として髪切るから!坊主にする!」


「そういうことじゃない!!」


山下が坊主にして何になる。九十九の髪は戻らないし、いっそ周りの女子から恨まれるだけだ。

それに、九十九の言いたいことは髪だけのことではない。それがうまく言葉に出来ずモヤモヤした物が渦巻く、またそれを全く理解してない彼に対してもイライラした。

何を言っても響かない。

今、九十九にとって山下は言葉を理解しても内容を理解していないAIのような感覚がした。


「……形は元に戻っても…戻らない物がある。」


九十九がボソリと言った言葉に山下が初めて顔色を変えた。



「…………大っ嫌い。」



その言葉も小さい声だった。

しかし静まり返ってした教室に響く。


「……あ…や、………ゴメン。……ゴメン。ゴメン。九十九。ゴメン。」


九十九はスッと心のシャッターを閉めた。

誰の声も聞きたくない。誰とも関わりたくない。


「ゴメンね。ゴメン。もう絶対しない。九十九、許して。ゴメン。」


山下の悲痛な声が教室に響くが九十九には届かなかった。次の授業の準備をしようとすると目の前に切った髪と美容師セットがあったので、片手で机を滑らせそれを机下に落とす。そして、机に教科書とノートを広げた。


「わっ」


いきなり机上の物を落とされ山下が慌てる。サッと鈴木が箒と塵取りを持ってきて片付けを手伝ってくれる。


「あ、ありがとう。」


チラリと九十九を見るが、山下も鈴木も瞳に映ってないようだ。


「九十九……。」


再度、謝ろうとすると授業のチャイムが鳴り、教師が入ってくる。仕方なく自分の机に戻ろうとした山下を土間が唖然とした顔で見ていた。


「…九十九を怒らせたの…お前が初めてかも。スゲエ…」


そんな称号いらない!!と心から叫びたい気持ちで山下は土間を睨んだ。




読んでいただきありがとうございます。

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