転校生がやって来ました。〜大変です。息ができません〜
「ねぇ、お母さん。もっと大きいお弁当箱ある?」
そんな風に声を掛けられ、母、恵美子は娘の持っている弁当箱を確認した。
昨日の夜に「友達の分も作るから」と言われ、娘がいつも使用している弁当と同じ大きさの物を渡したばかりだ。
また作ってあげるのね。という気持ちと、よく食べる子ね。という気持ちが混ざり驚いてしまう。
先日も夫の則文と話をしていた。
娘が楽しそうに学校へ向かう姿が嬉しいこと。友達が娘の心を癒してくれているんだろうということ。そのせいか娘は最近、別人のように外の世界を見ようとしていること。不安も伴うがいつまでも自分達が娘を囲っているわけにはいけないこと。
そんな会話の中に夫から「メールの友達はとても男の子っぽい子らしい」とあった。
それなら、ご飯もよく食べる子なのだろう。
夕食時に娘が「お礼の話を友達にしたら、来たいって言ってたよ。でも土日は全部バイトが入ってるから来月でもいいかって。」と、話をしていた。
夫は「それは構わないが、別に土日でなくてもいいぞ?」と言っていたことに対し、「うん。私もそう言ったんだけどね。ちゃんと挨拶したいからって。」
そんなことを言う友達はなんと礼儀正しい子なんだろうと思ったばかりだ。
それにしてもバイトをし過ぎではないのだろうか。
そんな彼女に娘がお弁当を作りたいと思うのは仕方がないのかもしれない。
「これくらいでいい?」
一回り大きいお弁当を娘に渡すと娘は「このくらいならパン2つはなくなるかな…」とブツブツ言い、その後「ありがとう」と受け取った。
お弁当の下準備をするようで、娘はそのまま台所に立った。
その姿が嬉しそうに恵美子の目には映った。
「九十九。おはよう。」
「おはよう。」
いつもの場所にいつもの笑顔で山下が挨拶をしてくる。大分慣れた光景だ。
「九十九。今日、転校生来るって知ってた?」
そんな山下の言葉に驚き、首を振る。
「だよな。土間からメールが来てさ。放課後 教室に残ってたら先生に机運び手伝わされたって文句言ってたよ。」
土間は活動数の少ない部活に所属している。それでも授業が終わりすぐに帰る九十九や山下より多くの情報を持っている。
(転校生か……やだなぁ。)
そう思ってしまうのは仕方がない。だって転校生は何も知らないのだ。その学校のルールもその学校の人間関係も。
久しぶりに少し憂鬱な気分になる。
「いい人だったらいいね。」
山下がニコリと九十九に笑い掛ける。
あぁ。山下のこうゆうところに憧れる…と九十九は思った。
そうだ。彼の前では凛とした女でいるんだった。しっかりしなくては。と気合いを入れ、山下に向き直る。
「…そうだね。」と、笑顔を作った。
教室に着くとすぐにその気合いがポキリと音を立てて折れた。
見覚えのない机がある。
九十九の席の隣に。
(そんな気はしてたけど…)
確かに新たな机を置くと言ったらここしかないだろう。1番後ろの席で唯一、隣が空いていた。
(席替えを所望する!!)
心でどんな大きな声で叫んでも誰にも届かないことはわかっている。いや、九十九の表情で大体の思いは伝わったようで、クラスのメンバーが少し同情を含んだ目線を送ってくる。
「お…おはよう。九十九さん…。」
「………お…はよう。」
(鈴木様…助けて下さい。)
そんな思いも伝わったようで「……何かあったら言って。……変わるから。」
(鈴木さまぁーーー!!)
なんて優しいのだろう!……ん?………なんでこんなに優しいの?………なんでこんなに気を使われてんの??………まさか。……まさか。
九十九は周りの反応から転校生についてある憶測が浮かび上がる。
「九十九。転校生、男だぞ。大丈夫か?」
土間の一言で憶測が現実になる。
多分、九十九の顔が恐怖で歪んだのだろう。土間が珍しく心配そうな顔をした。
「席変わろうか?」
山下が九十九にそう提案してくる。すぐに飛びつきそうになる。
(いやいや。待て待て。私。しっかりしろ。)
なんと情けない行動を取る気だ。今まで誰にも甘えず乗り越えて来たことを、山下がいるってだけで何でも頼るのは良くないんじゃないのか。
彼は優しい。お願いしたら多分叶えてくれる。
それじゃダメだ。私の求める女じゃない!
そう、自分に言い聞かせる。そうでないとすぐに山下の手を取ってしまいそうだから。
山下の言葉に首を振り、自分の席に座る。
心を落ち着かせようと小説を取り出して読み出す。頭には一つも入ってこないが、周りはそれを見て大丈夫そうだなと思ったのか、日頃の雰囲気に戻る。
そしてHRが始まり、転校生が教室に入ってきた。
(…やっぱり男!…でかい!…怖い!)
転校生は180cmを超えている長身で、髪は明るい茶髪を少し長めに伸ばしている。
女子のテンションが少し上がるのがわかる。
山下ほどはいかないが転校生はとてもイケメンだ。男らしい顔つきで王子様というより武人のようなワイルドさを持つ。
制服を少し着崩しているがとても似合っていた。
体格もとても良く、制服の上からでも程よい筋肉が付いているのがわかる。
「津々見 大和です。」
そう彼が自己紹介した瞬間、九十九に雷のような衝撃が走った。息が出来ない。体が動かない。震えが止まらない。
一瞬にして九十九は2年前のあの場所、あの時間に戻ったような感覚になった。
『なあ、お前マジで話、聞いてんの?』
彼、ヤマトが九十九に向かって話かける。
殴られた頬が痛い。首に突きつけられたナイフがヒヤリと冷たく、全身に緊張が増す。
(怖い、怖い、怖い、怖い。……誰か!)
そう心で叫んだ時、グイッと顔を引っ張られる。
「…九十九?…九十九、大丈夫?」
目の前に山下がいた。
九十九は止めていた息を震えながら吐く。
周りを視線だけで確認すると教室だ。あの場所ではない。
山下は何度も声を掛けていたのだろう、それでも反応しない九十九の顔を上げさせて、現実に戻してくれたに違いない。だって教室のメンバー全員が九十九を凝視して騒めいていた。
「上原先生。保健室行ってもいい?」
山下の声に上原先生はハッとし「すぐ行ってこい。」と許可をくれる。
「ほら。行こう。」
そう言って山下は九十九を連れて保健室に向かって行った。教室は騒然となるがクラス全員、九十九の真っ青な表情と震える体を見ている為、何となくその理由を察し深くは掘り下げはしなかった。
保健室で九十九は山下に背中を撫でられていた。
どのくらい経ったのだろう。九十九の呼吸が整い手の震えが治った頃に山下が九十九に話し掛けた。
「……九十九。大丈夫?」
チラリと山下の顔を見る。彼がそこにいることが1番の安心だった。
やっと周囲に視線をやる余裕ができた。
保健室には初めて来る。薬品の匂いが鼻に付く。
保健室の端には机に座り、こちらを見る保健医の先生が目にとまる。向こうが苦笑いをしながら首を傾げたので九十九も頭を下げる。
この学校の保健室の先生は男性だ。その為、九十九は寄り付きもしなかった。
「……ゴメン。……教室帰ろう。」
突然のことでパニックになったがもう転校生の存在は認識した。だから大丈夫なはずだ。そう思い九十九は立ち上がろうとする。
「……九十九。…彼と知り合い?」
そんな九十九の腕を山下は少し掴み、再度イスに座らせる。
山下の言葉に九十九は首を振る。
(多分、彼は彼ではない。…そう思いたい。)
「男だから苦手?」
九十九は少し考える。もちろん男は苦手だ。でも山下が言っていることは、九十九の顔色が真っ青になり震えるほど拒否する理由だろう。
それなら、転校生が男という理由だけではない。
「………名前。」
「…名前?」
「……2年前、私を襲った人の名前。…ヤマト。」
そう言うと山下の顔が一瞬にして驚愕の表情に変わる。次第に苦しそうに九十九から目を晒す。
「下向かないで。」
そう言うと山下はゆっくり顔を上げる。
その時には苦しそうな顔から情けない顔に変わっていた。
九十九には乗り切れてない2つのことがある。
1つは夜の外出。2つ目は『ヤマト』という固有名詞だ。
この2つのことだけが九十九をあの時のあの場所、あの時間に戻してしまう。
しかし学校でこんな状態になってこんなに早く回復したのは初めてだ。
時々、学校行事の話し合いで授業が終わるのが遅くなり日が沈んでしまうことがある。そんな時は母に電話をして車で迎えに来てもらわなければ家には帰れない。帰ってからも落ち着くまでひたすら母に抱きついているしか治す方法がない。
(…やっぱり山下くんはすごいなぁ……)
そんなのほほんとした考えをしている現状が今までにない現象だった。
「教室、戻ろう。」
再度、山下にそう言うと、彼はギュッと九十九の手を握る。いつの間にか向かい合って両手を握られていた。
「九十九は俺と一緒にいたくないの?」
え、どうゆうことだろう。意味が分からず、つい保健室の先生に視線をやる。
すると、呆れたように見ていた先生は「はいはい。落ち着いたんなら教室に帰りなさい。」と2人を保健室から追い出す。
それでも山下は食い下がり「2限目から戻ろう。」「少しお話ししよう。」と九十九を引き留めようとする。
山下のそういう行動が九十九の気持ちを呆れさせ、教室には平静な気持ちで戻れたのだった。
(お礼を言った方がいいのかな。いやいや。図に乗る可能性があるのでやめよう。)
頬を少し膨らませたイケメンがこちらを見ている気がするが、頑なに目線を合わせないよう心がけた。
読んでいただきありがとうございます。




