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九十九は男の絶滅を祈る  作者: 英知 圭
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クラスマッチ終盤。〜お片づけまでがクラスマッチです〜


あ、こいつらバカだ。

土間は目の前の光景を見て心からそう思った。


試合中、相手チームの強いディフェンスで山下が転倒した。ヒョイと立ち上がる山下がチラリと九十九の方を見てすぐに彼女から目を離す。

その後の表情を土間は見てしまった。


何と表現すればいいのだろう。当てはまる言葉が出てこない。ただ、その眼差しで見られたら誰もが固まってしまうほど冷淡な無表情だった。


その表情は本当に一瞬で、すぐにいつもの人好きする顔になった。


ありゃ九十九にカッコ悪いとこ見られてキレたな。と土間は開けてはならないパンドラの箱を開けた相手チームに同情した。

想像通り、その後の山下のプレイは凄惨としか言いようがなかった。


観客にはわからないような嫌がらせが相手チームに注がれる。ミスを誘導し心理的に揺さぶりを掛ける。

相手チームはバスケ部員が多いからか気丈に山下を抑え込もうとしているが、試合前のような勢いが欠けている。

ザワザワと不穏な気持ちが続く。それは試合が終了し山下が九十九に話し掛け機嫌がなおるまで続いた。


山下を怒らせてはいけない……この試合をしたメンバーの全てがそう思うのであった。




グラウンドで閉会式が行われた。

九十九のクラスは全クラスで3位だった。

バスケチームは優勝した為、担任の上原先生からジュースを買ってもらっていた。

「あんな頑張ったんだから もっといいの買ってよー」と愚痴を言っているものの何だかんだで嬉しそうな顔をしていた。山下はいつもの澄ました微笑みだ。

その後は体育館等の片付けをして解散となる。

九十九は体育館に戻り、バレーコートの片付けを手伝う。支柱からバレーのネットを外し巻いていく。男子生徒は支柱を片付けようとしていた。


「九十九。終わった?」


山下から声を掛けられる。バスケは特に片付ける物がなく、床をモップで軽く拭いて終わったらしい。九十九ももう終わると頷いた。


「九十九。これ プレゼント。」


スッとジュースを渡される。それはバスケチームが上原先生から買ってもらっていたジュースと同じだ。


「……バスケの?」


「違うよ。これさっき買ったやつ。」


意味がわからず九十九は顔をしかめた。

それを見て山下が少し慌てだす。


「九十九。頑張ったでしょ?上原先生は知らないけど俺は知ってるから、俺からの『頑張ったで賞』」


少しポカンと山下を見てしまう。


「…九十九。…物買ってもらうのとか、持ってもらうとか嫌いだもんね。…こうゆうのも嫌い?……怒った?」


山下が少し焦りながら九十九の表情の変化を観察している。

以前、卵焼きのお礼にとくれたミルクコーヒーをいらないと拒否した件について言っているのだろう。


「…『頑張ったで賞』?」


「…う、うん。…一緒に飲みながら帰ろ。」


「……ありがと。」


九十九の中で今回のクラスマッチはとても頑張った行事だった。優勝は出来なかったけどやりきったと胸を張って言える。それでもやはり、バスケチームのように褒められご褒美をもらう光景に「いいな。すごいな。」と思っていた。


それに彼は「上原先生は知らないけど俺は知ってるから」と言ってくれた。それが嬉しい。


山下からジュースをもらうと、彼は嬉しそうに笑った。プレゼントした方が嬉しそうなんて不思議だ。

九十九はふふっと笑う。

それを見て山下が驚愕の表情をした。


「…っ笑……っ!」


そして、固まる。

突然、大きく口を開けて固まる山下に逆に驚き顔を覗き込んでしまった。


そんな時、大きな声が響く。


「あーー!支柱外さなくていいよ!」


「…え?そうなん……わっ!」


九十九は声の方へ振り向こうとしたがその前に突然、山下より抱き寄せられ、180度回転しながら押し倒される。

驚きのあまり目を見開いていると回転した先でバレーの支柱がまっすぐこちらに向かって倒れているのが見えた。

スローモーションで映像を観ているような感覚がするが体は一切動かず声すら出ない。

支柱が山下の頭に当たりそうに見えた寸前でギュッと九十九は目を閉じた。


ガゴッ!…ガンガン


硬い物同士がぶつかる音がした後、大勢の悲鳴が体育館に広がる。


「………っ!……や…」


震えて声が出ない。


「…はぁっ…九十九、大丈夫?」


九十九はドクン、ドクンと自分の心臓の音しか聞こえない。


(……怪我……山下くん…怪我…。)


ギュッと抱きしめられていた体を離し、九十九は山下の頭を触る。いや、怪我を探すように髪の中に手を入れまさぐりだす。

グリグリ頭皮を確認するように指を這わせる。


「……わ、……九十九っ」


(…ない。タンコブない。…血も出てない。……あ。背中?……背中に当たった?)


少し離れていた体を再度 抱きしめ肩や背中を触る。


(…血はない。……腫れもない?)


「…っつ……九十九!…わ…九十九!!」


山下より抱き合っていた体を剥がされる。

九十九は急に体を離されて怖くなり、両手で山下の服を掴む。


「……怪我。」


「…大丈夫。怪我してないよ。」


そう言う彼の全身は真っ赤だ。


「……支柱が…」


「うん。ステージにぶつかって、俺には当たってないよ。」


どうやら、ステージ横に立っていたのが幸いしたらしい。倒れてきた支柱は、山下が九十九を押し倒し屈んだことでステージに当たり、そのまま横に転げ落ちたようだった。


「………っ」


そう説明を受け、やっと九十九は息が出来るようになった。同時に涙も溢れてくる。


「わ、九十九。泣かないで。…ごめんね。驚いたね。」


死ぬかと思った。山下が死んだらどうしようと思った。九十九は震える手で山下の服を掴んだまま離さなかった。


「ひとまず、体育館から出よう。ね。九十九。」


多分、多くの人が九十九達の周りにいるのだろう。しかし、そんなことどうでもよかった。山下がいなくなることだけが怖かった。


山下から背中をさすられるも、涙がおさまることはない。

その間に山下は周りの人と少し話し「自分は大丈夫」「九十九を連れて帰る」と伝えていた。


「ほら、九十九。立って。」


山下が抱きかかえるように九十九を立たせ、両手で掴まれた服を離そうとするも、九十九が嫌だと首を振った。


「じゃー手を繋ごう。ね。」


ギュギュッと山下の服を掴んでいる九十九の手に山下は自分の手を添える。

九十九は戸惑いながら山下の服から手に移し変える。

そして、九十九を引っ張りながら歩き出した。


体育館に残った生徒は唖然とし、その光景を見送った。

同級生の1人がポツリと呟く。


「あいつ。嬉しそうだったな。」と。




帰り道、多くの生徒が2人を見ていた。

山下が女子と手を繋いで歩いていること自体が大事なのに、その相手の女子が泣いている。

あまりに意味不明な状態に周りは少し混乱していた。しかし、山下の満面の笑みが、近づいて来ようとする人を「邪魔したら許さん」と牽制する瞳に変わるのを見て、誰もが触れてはいけない、近寄ってはいけないと思い知らされる。


山下はクラスメイトに九十九と山下のカバンを持ってきてもらうように言い、下駄箱でそれを受け取りお礼を言った。

そのカバンを山下は九十九と繋いでいない方の手で持ち歩いている。


「…九十九。大丈夫?」


そう聞くと九十九は首を振り、山下の手をギュギュッと握りしめる。それが嬉しくて可愛くて山下は短い道中、何度か同じことを聞いた。


九十九も住宅街に近づく頃には落ち着き出していた。


「…怪我…ホントにない?」


「ないよ!また確認してもいいよ!」


山下の満面の笑みに九十九は首を振る。

しばらくすると住宅街のゲートに着いた。2人は足を止める。


「家まで行こうか?」と聞いてきた山下に首を振るも、手は離しがたかった。


「………………。」


一時、手を繋いだまま黙っていたが、山下は何も言わず付き合ってくれていた。


本当に怖かった。山下を失うかと思った。先程の気持ちを思い出しただけで心臓がギュッと痛む。

彼を失ったら自分はどうなるのだろう。と九十九は考えるも結果にまで至らない。


九十九は初めて両親が自分に対し過保護になる意味がわかった気がした。


(…大切な人が死ぬかもしれない…そう思うことはこんなに怖いことなんだ。)


そうして九十九はあることに気付いた。


繋いだままの山下の手を持ち上げ、体温を確かめるように自分の頬にくっつける。

男だとか、他人だとか、そういう負の感情が少しも湧いてこない。


そうか。彼は私の『大切な人』なんだな…と。




読んでいただきありがとうございます。

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