放課後は練習の時間。②
「九十九。おはよう。」
「………………。」
爽やかに朝の挨拶をする山下を苦渋に満ちた顔で九十九が見上げる。
「……えーっと。……筋肉痛?」
頷くと、筋肉が軋むため「……うん。」と呟く。
なぜ、部活をしていない山下はあんなに激しくバスケ部員と試合をしていたはずなのに飄々としているんだろう。
自分の日頃の運動不足を棚に上げて九十九は山下のポテンシャルの高さに嫉妬する。
「……あれ。……怒ってる?……九十九?」
首を横に振りかけて、ビリッと激痛が走る。
「……怒ってない!」
九十九の必死に発した言葉に山下がショックを受けたような顔をし顔の血の気がなくなっていく。
(違う。違う。違うから!あたたたたた!)
焦ると変な力が入り筋肉に次々と激痛が走る。
それに耐えるように下を向き力を分散しようとする。
「…………九十九。……俺…また何か……。」
(違うからぁーー!!いたたたた!)
そんな喜劇……いや悲劇は筋肉痛の痛みに耐えた九十九の必死の弁解で、学校に到着前に幕を閉じた。
しかし「痛いから、ちょっと話し掛けないで。」と言われた山下にとってはある意味、悲劇は続いている。
「……九十九。ご飯食べ行ける?」
昼休みになった。
朝、話し掛けるなと言われた手前、声をかけていいのかと迷った山下がオズオズと九十九の様子を確認しつつ話し掛ける。
昼休みにもなると筋肉痛に大分慣れ、痛いながらも動けるようになっていた九十九は山下に頷き、お弁当入りのミニバックを持ち、席から立ち上がる。
その様子を見て山下はホッとしニコニコ顔に変わった。
いつもの場所でいつもの挨拶をする。
「いただきます。」
「いただきます。」
そして、山下がいつもの言葉を言おうとし、九十九の弁当を見る。そしてピシリと体を固まらせた。
「………卵焼きがない!!」
絶望的な顔だ。
この顔だけ見ると、九十九の弁当に卵焼きが入っていなかった時の顔だとは誰も思わないだろう。
昨日の九十九家の夕食はお鍋だった。
九十九の作るお弁当は基本、夕飯の残り物なので、今日はほぼ作らなくてはならない。そんな技術も時間も九十九は持っていない。
なので今日は冷凍のミックスベジタブルとベーコンとご飯を炒めてケチャップで味付けしたケチャップライスに卵の薄焼きを上に乗せただけのオムライスがお弁当の大半を占めている。あとは端にポテトサラダが添えられているだけだ。ちなみにこれは夕飯の残りだ。
(だって、オムライスの横に卵焼きっておかしいでしょ。)
本当はただ作る時間がなかっただけなのだが、自分に言い聞かせる言い訳は必要だ。
ショックを隠せない山下は弁当から目が離せない。
そんな山下の目の前にサランラップに巻いた黄色いものが差し出される。
それを凝視した後、九十九の方に目線を送る。
「………今日はこれで我慢して。」
そう言って九十九は山下にそれを押し付け、自分のお弁当を食べ始める。
山下は押し付けられた物のサランラップを解いていくと中には手のひらサイズのオムライスが入っていた。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
隣から言葉にならない何かが聞こえてくる。
九十九はチラリと山下を見るとキラキラした目でオムライスを凝視した後、パクンと1口食べる。
手のひらサイズと言っても結構大きめのオムライスが1口で半分なったことに少しギョッとする。
「……っ…オムライスーっ!!」
(…だよねー!言うと思ったー!)
そんなお昼を終えての放課後。
今日は体操服ではなく、Tシャツとハーフパンツを持って来ていたので、それに着替え体育館に向かう。途中で山下も一緒になり体育館に入る。
山下も着替えを持って来ており白の大きめのTシャツと黒のスウェットパンツが爽やかだ。
体育館に入った瞬間にキャーッと女子の叫びが聞こえる。
すぐに山下と離れて丸山に一礼をする。
「今日も頑張ろう。」
丸山の一声に気合いが入り、強く頷く。
そうして、2日目もひたすらボールを拾いまくる。途中からはバレー部員の本格的な試合に混ぜてもらい必死で動いた。流石にバレー部の本気の豪速球は逃げてしまい「そこは取らなきゃ!ってか逃げ足速いな!」と大爆笑が起きた。とても楽しかった。
ついつい楽しくて時間を忘れ30分ほど押してしまう。慌ててバレー部員の方々と丸山にお礼を言うと「明日、頑張ろうね。」と丸山から背中を叩かれる。
それに大きく頷いた。
着替えて下駄箱に向かうと、空が少し赤みを帯びており、少し気持ちが騒めく。
「…九十九!走れる?」
山下の言葉に頷き走り出す。しかし、先程まで息の上がる練習をしていたので、あまり早く走れない。
「九十九。荷物!」
そう言い山下が手を出すので、つい荷物を渡してしまう。それを山下は自分の荷物と一緒に持ち、片方の手をさらに差し出してくる。
「急ごう。」
(………えーっと。…その手は…)
差し出された手をどうすればいいのかと思った瞬間、山下の手が九十九の手を掴む。
(……ひょえ!!)
心の中では叫べたが、体は驚きすぎて声が出ない。体がピシリと固まった。
「行こう!」
そんな九十九をお構いなしに引っ張り、山下は走り出す。
「…わっ…まっ…はっ…」
多分、言いたかった言葉は「わぁ!待って!速い!」だったのだろう。それは九十九の住宅街に着くまでに言葉になることはなかった。
息を切らしてゲートに手を着く九十九に、山下は預かっていた荷物を渡す。
「九十九。早く。日が沈むよ。」
九十九は息を切らしたまま頷き、フラリと家に向かって歩き出す。
夕陽に照らされて建物が真っ赤に染まっており、東の方はすでに暗くなり始めていた。いつもなら、体中がゾワゾワしだし震えそうになる光景だが、今の九十九には上がった息と山下と繋いだ手の感触がダブルとなって襲って来ていた。いっそ、そんなことどうでもよかった。
(はぁ…はぁ…キツイ。息が整わない。……ってか手…繋いでしまった。誰も見てないよね?)
九十九の手を簡単に包み込める大きな手。
九十九をグイグイと簡単に引っ張っていける強い力。
やはり彼も男なんだなぁと思う。
でも、男に触られたにも関わらず九十九が震えずにいるのは、その相手が山下だからなのだろう。
繋いでいた手を見る。
顔が火照っていくのがわかった。
(恥ずかしい。男子と手を繋ぐなんて多分 小学生以来かも。誰も見ていませんように。)
そう思い家に向かっていると、玄関では今にも走り出しそうな母の姿が見えた為「母さん?」と九十九が声をかけると駆け寄られた。
「よかった!よかった!遅いし何かあったのかと思った。日も暮れるしどうしようかと…」
母が九十九に怪我はないか確認するようにペタペタと触りながらそう言われ、心配を掛けてしまったことに気づく。
「ごめんね。楽しくて夢中になってたら時間を忘れてて。日が暮れる前にって猛ダッシュで帰ったからメールも出し忘れてた。」
「無事ならいいの。よかった。」
母の顔色に血の気が戻ってくる。
九十九は母に抱きつかれながら家に入った。
その後すぐに山下へ『無事、着きました。』とメールを送ると『よし!セーフな。クラスマッチ頑張ろうな。また明日。』と返事があった。
今夜も両親には九十九がいかに頑張ったかを話すと、昨日と対して変わらない内容を嬉しそうに聞いてくれた。母もその話を聞いてようやく本当に安心したようだった。
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